笑顔と爪痕と甘い嘘 *

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    「寒いはずだわ……」

     思わずそんな声が漏れてしまった。それもそのはず、生徒入り口で靴を履き替え外に出て見れば雪が降っていたから。私はふぅと一つ息を吐いてからマフラーに顔を埋め転ばないようにと足元に力を込めつつ歩き出す。
     最近新調したばかりの、ネオンピンク色のイヤホンを携帯電話のイヤホンジャックに差し込み、その先を両耳に突っ込む。ランダムで設定されていたプレイリストからは、季節感ばっちしなアリアナグランデのサンタ・テルミーが流れてきた。大きな温かい手が待っている……。早くその手で暖めて欲しくて、ひたすら歩く。ああ、もうすぐクリスマスだなぁ……。

    「——!?……きゃっ!」

     これだけ気をつけていたにも関わらず、正門に向かう途中に、不覚にも転んでしまう事態。その弾みで耳にはめていたイヤホンも地面に落ちた。

    「痛ったぁ……」

     私は咄嗟に、キョロキョロと周りを見渡した。よかった……誰もいないみたいだ。この校内で、私を知る面々に、こんな恥ずかしい姿を見られていたらきっと死ぬまで馬鹿にされるだろうな、と青ざめながら、側に知った顔がいなかったことにひたすら安堵する。

    「名前ちゃん!大丈夫!?」

     ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間——物凄いスピードでこちらに向かってきた人物が、尻餅をついたままでいる私の目の前まで駆け寄って来て手を差し伸べてくる。そっと顔を上げてみれば、その相手は、ずいぶんと見知った顔だった。

    「げっ、リョータくんじゃん……」
    「ん、彩ちゃんに先行っててって言われてさぁ」

    「だいじょぶ?立てる?」とリョータくんが差し伸べてくれた手を更にぐっと前に出して来たので私はとりあえず、その手を取って起き上がらせてもらうことにした。

    「痛ったいし……恥ずかしいなぁ、もうっ……」
    「あはは、ばっちし見てたよドリフばりのやつ」
    「誰にも言わないでね?ほんと焦ったんだから」
    「大怪我しなくてよかったね。あ!そー言やさ、さっき三井サンと出くわして伝言預かってるよ」
    「えっ?寿から?」

     そう聞き返しながら、先ほど転んだ際に耳から落ちてしまったイヤホンを乱雑にコートのポケットに仕舞いこみ、なんとなくの流れで私とリョータくんはそのまま一緒に正門の方へと歩き出す。
     今日は珍しく、バスケ部がお休みの日で『掃除当番だから校門前で待ってろ』と昼過ぎに寿から私の携帯電話宛にメールが飛んで来ていたのだ。

    「うん。ちょっと遅れるから先に駅行ってろって伝えてくれって言われたんだよねー」
    「あ、そーなんだ……。じゃあ一緒に彩子と寿のこと駅で待ってようか」
    「そー思って出てきたら、ほら?クラスメイトがすっ転んでんの目撃しちゃってさ?」
    「!!……もーぅ、一生言われそー」
    「言わないって俺そんな意地悪じゃないでーす」

     そんな感じで私とリョータくんは、緩く他愛の無いことを話しながら、いつもよりもゆっくりとしたペースで駅に向かった。駅からは私・寿ペアと彩子・リョータくんペアの行き先が分かれる。私たちは駅の外に設置されている自販機から温かい飲み物を買う事にし、外のベンチに腰を掛けてしばし、二人が来るのを待つことにした。不意に会話が途切れたとき、ポケットにいれていた携帯電話のバイブレーションが鳴って、メール受信を知らせる。メールを開ければ相手は寿で『彩子見つけ次第学校出る』といった内容の文章だった。


    「——宮城?」

     そのメールに返信をしようと文字を打っていると聞き慣れない声が私の親友の名を呼んだ。リョータくんはもちろん、私も突然の声掛けに驚き、一緒になって顔を上げた。

    「お、やっぱ宮城だ」

     目の前には学ランではなく緑色のブレザー姿の男子生徒がひとり。髪の毛は、流川くんくらいの長さでサラサラヘア。しかしこちらの彼は、流川くんの漆黒ブラック色の髪の毛とは異なり、少し茶色味がかっていた。そしてまさに——美少年と称されそうな、綺麗なお顔立ちをしていた。ん?と言うか今『宮城?』って、言ったよね?誰だろう。高校生だよね、この制服どこの高校だろう。
     などと、一瞬でたくさんの疑問符ばかりが私の頭をよぎった。そうして私はその男子をもう一度気付かれないようにチラと盗み見てみる。髪の毛制服、校章——なにかのスポーツ部らしき肩から下げられたエナメル調の黄緑色のバッグ。

    「へぇ、彼女いたんだな……意外。」

     彼は爽やかで柔らかい表情でなんだか楽しそうにそんなことを呟いた。……な、何者?リョータくんの知り合いか、何かなんだよね……?

    「……彼女じゃねーし、てか何してんだ?」
    「ああ、俺はちょっと、牧と待ち合わせだ」
    「牧?へえ、仲いいの?そっちのが意外ー」

     綺麗なお顔立ちのわりには、意外と声が低いんだなぁ……リョータくんも彼との再会に喜びっていうよりは何だか唇を尖らせて不機嫌そうだし。ほんと誰なんだろう、この人。あ、リョータくんと同じ中学だったとか、かな……?

    「新生湘北バスケ部の調子はどうだ?」
    「まぁ、ヤル気はじゅーぶんだね」
    「そうか。でも、冬の選抜は俺たちがもらうぞ」
    「わりーけど、はいそーですねとはいかないね」

     彼が誰なのか正体も分からぬまま、二人は緩く会話を進行していく。冬の選抜ってことは、彼もバスケ部ということだろうか。見たことないな、じゃあ陵南ではないってことか。あとどこだっけ他に試合を見に行った高校。えー覚えてないよ。わたし……試合中は湘北のメンバーしか見てないからなぁ。

    「そうだ。いま、三井サンとかも来るぜ」
    「……三井?」
    「そっ。あの人も冬は出るらしーからね」
    「へえ……三年は結局、全員残ったのか?」
    「いや、三井サンだけ」
    「……ふうん、そうか」

     おぉっ、と……!?寿のことを知っている、ときたか。となれば確実にバスケットボール関係に違いない。だとすると肩からぶら下げているそのエナメルのバッグに高校の名前が記載されているのでは!?と思ったのは制服がブレザーって事と見るからに、育ちのいいお坊ちゃま風の雰囲気=強豪校なのではないか?強豪校ならバッグなどに学校名が記載されているのでは?と瞬時に思ったからである。

    「……しょう、よう……?」

     言ってしまってからハッとする。なぜ私は馬鹿正直に口に出してしまったのかと。心の中で呟いたつもりだったのに……案の定、リョータくんの視線がゆっくりと私の方に向く。それに合わせて目の前に立っていたそのイケメンの視線も私へと落とし込まれる羽目になった。

    「あ、あはは。すみません、翔陽高校なんだなーと思いまして、つい……」
    「ああ……うん、そうです」

     ——ああ。うん、そうです。って、なんか言い回し変じゃない?と思ったけど目の前の彼がキラキラオーラを放ちながら「よろしく」なんて爽やかに言ってのけるから思わず口をぽかんと開けてしまったではないか。私はブルブルと頭を振ってから、やや目を逸らし気味で「ど、どうも…」と小声で返した。翔陽ってあの、私立の翔陽高校だよね?転校するときに湘北の他に候補にあがったあの高校だ、たぶん……。

    「——じゃあ、俺は行くよ。宮城、またな。」
    「おぅ。牧にも言っとけよ冬の選抜はぜぇーんぶ倒して、この湘北が行くって」

     リョータくんは勝気にそう言い軽く手を挙げて言葉を返していた。そんな二人の動向を見ていた私は思わず、背を向けて立ち去っていく彼の背中めがけて「あ、あのっ!」声を張った。彼が立ち止まり、再度こちらを振り返る。そして私と目が合うと「ん?」と言いたげに少しだけ首を傾げてみせた。

    「何年生ですか?」
    「……え?」
    「あ、私はリョータく——いや、宮城くんと同い年でして……」

     なぜ去って行く彼を呼び止めてまでそんなどうでもいい質問をしたのかはよく分からない。でも単純に知りたかった。相手が寿の事を知っているという事実が私をこうして無意識に彼を呼び止める一つの材料になったのは言うまでもないだろうから。知っておきたかった、私の知らない寿の事を。私のいない間に起こった、寿のバスケットに関する全てのことを——。

    「やっと、俺のこと気にしてくれた?」
    「へ?」

     思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。反射的にリョータくんを見た私の目に映ったリョータくんの表情は、誰がどう見ても「げっ」っと言いたくなるような、歪んだ顔だった。

    「俺は翔陽の三年だ、部活は——」
    「宮城ー、名前ー!」

     その彼の後ろから聞き慣れた声。視線をそちらに向けて見れば、寿の隣には彩子の姿もあった。寿は「おーい」と言って、手を高くあげている。そんな寿と彩子が翔陽の彼の横を通り過ぎ私たちの元へと向かってくる。
     気の短い彼氏のことだ——すこし息が上がっているのは、走ってきたからだろうことを察する。その餌食になった彩子をちょっとだけ哀れんだ。でも彩子の性格を鑑みると、私とリョータくんがきっと待ちくたびれているだろうと思って暗黙の了解って感じで一緒に走ることを了承したのかもしれない。まあ、どっちでもいっか。彩子はそんなに疲れていないみたいだし。マネージャーってだけあって体力あるもんね、彩子って。たぶん、寿よりも……なんて口が裂けても言えないけど。


    「待っただろ?」

     そうニヤニヤしながら言った寿は狭いベンチを一瞥してリョータくんと私の間に無理やりに入り込み腰を降ろした。私にはそんなに負荷がかからなかったがリョータくんは思い切り尻で押しのけられたらしく「あだっ」と言いながら前のめりになってベンチから落ちたあげく膝をついていた。寿はそんなリョータくんをゲラゲラと笑って見下ろし更に私側に寄ってくると私の左手をぎゅっと握った。「冷めてっ」とか言いながら。そのときようやく気付いたらしい少し離れた位置に立ってこちらを見ていた彼のことを「誰だ?」と、言いたげに寿が目を細めて見据える。

    「……ん?お前、藤真か!?」

     なぜか「うおー!」とか歓喜?の雄叫びを上げ自ら握って来た私の手をパッと離すと寿は、勢いよくベンチから立ち上がった。

    「……三井。」
    「おぅ!珍しいな、こっちの駅使わねーだろ?」

     どうやら彼の名前は��フジマ�≠ニ言うらしい事をいま初めて知る。寿は嬉しそうに彼のほうへと歩み寄って行った。とは言っても数メートル程の距離でしかないけれど。

    「この子、三井サンの彼女!」

     リョータくんが膝をパンパンと掃いながらやや苛ついたような声色で、私を親指で指差しながらフジマさんに向けて声を張る。

    「ああ……へえ。三井の、か……」
    「藤真、何やってんだ?こんなとこで」
    「いや……お前のかわいい彼女が、湘北前ですっ転んだところを見てな」
    「え、なんだよお前、俺達のこと見てたのかよ?声掛けてくれりゃよかったのに」

     驚いたように、リョータくんもそう言って反応する。寿は、そんなリョータくんとフジマさんを交互に見てからやっと私に視線を移した。しかしその表情はさっきフジマさんと再会したときとは打って変わって不機嫌そうに片方の眉毛が歪んでいる。え、なぜ……。どこに怒る要素あったの?

    「危なっかしいから、着いてってやろうかなって思ったんだ。宮城と別れたあと、危険だろ?」
    「……着いてって、だと?藤真ぁ、お前が着いてくる事の方が危ねぇよっ」
    「ははは、なんでだよ。ただの冗談だろ?」
    「冗談に聞こえねーから危ねェっつってんの」
    「悪かったよ、ほんとに冗談だ」
    「ったく、ほんとかよ」

    「相変わらずスカしてんなァ」と言った寿の声質が明らかに低い。何か嫌な予感がして私は思わずリョータくんを見る。すると何かを察したらしいリョータくんと彩子が、クスクスと笑っていた。どうやら私を助けてくれるつもりはないらしい。

    「んでも、ま、サンキューな。藤真も気をつけて帰れよ。じゃあな」

     後頭部をガシガシと掻いたあと、寿はやや唇を尖らせながらそう彼に告げる。何に対してのサンキューかは不明だったが、まぁ自分の中で上手く折り合いでもつけたのだろう。もしくはさっさと切り上げて帰りたいとかそんな感じかも知れないけど。だって現に寒いし、この場所。

    「ああ。三井と宮城、マネージャーも……あと、名前ちゃん?じゃ、また」
    「おいおいおい、待て待て待て!」

     相変わらず爽やかに言い放ちその場を去ろうとするフジマさんの腕を寿が引く。まるでコントだ。けれどフジマさんは動揺することもなく「ん?」と寿に首をかしげてみせるのだ。

    「名前ちゃんだぁ?誰が許可してンな呼び方、」
    「寿!!」

     勢いよく私が立ちあがり顔を真っ赤にして寿の名を叫ぶ。寿は「あン?」と言いながらこちらを振り向きそれに合わせるようにフジマさんも私の方へと視線を向ける。まったく恥ずかしすぎる。なんでそんなことで言い合いをしてるんだ、私の幼馴染兼、彼氏は……。フジマさんと同い年とは思えない。フジマさんの爪のあかを煎じて飲め。

    「もう、いいから。フジマさんもごめんなさい」
    「いや、俺は気にしてないよ」
    「……チッ。行こうぜ名前。帰る帰る。さびぃ」

     言葉の通り寿は舌を打ち鳴らしたあと駅の中へと向かって歩いて行った。取り残された寿以外の私含むメンバーの間に不穏な空気が立ち込める。

    「……二人も。フジマ、さんも……じゃあ。」

     気まずすぎる状況に、私はそれだけ言い残してぺこりと頭を下げて、赤くなった顔を隠すようにマフラーの中に埋もれさせ、早歩きで彼氏の後を追った。きっとリョータくんと彩子が上手く説明してくれるだろうと願って。でも——最後にチラとフジマさんの顔色を窺おうと盗み見たとき雪がふわふわと舞っている中、彼が小さく笑ったのが見えた気がした。深い意味はないけれど、それにちょっとだけ、ドキッとした。
     それにしても綺麗な顔立ちだったなぁ……アイドルみたいだった。きっと翔陽では流川くんくらい人気があるんだろうな。てか、あーあ、ほんと情けない。私の彼氏ももっとこうあーいう大人の対応が出来ればパーフェクトなのに。

     とにかく初手——あんな恥ずかしい茶番を繰り広げてしまったのだから出来れば私のことは忘れて欲しい。そして私も、今日あったことは忘れることにしよう。





     —


    「寒かったな」
    「ん、寒かった」

     寒い、死んじゃうと文句を漏らしながらも何とか寿の家に辿り着いたとき寿と片方ずつではめていたイヤホンを寿が耳から外して返してきたのでそれを受け取った。この日は、彼の家におじゃますることになっていたのだ。
     寿の家は先週こたつを出したと言っていたから寿のお母さんとこたつに入ってぬくぬくミカンとか柿なんかを食べたいなぁとか一人で勝手に考えていたらガチャ、と玄関の鍵を開ける彼の動きが目に入って来て、思いがけず声を掛ける。

    「あれ?今日、おばさんいないの?」
    「あ?もちろん、いねーけど」

     ……もちろん、いねーけど。とは?つい先程もフジマさんの言葉遣いに対して何か変なのと思ったことを不意に思い出す。だってなんか言い回し変じゃない?と、今も同様に思ったからだ。
     困惑している私を横目で見た彼がニヤッと口角を吊り上げたのを確認してさーっと血の気が引いた。急いで回れ右しようと寿宅の玄関の扉に背を向けたと同時に玄関の扉が開いてしまう。逃げる間もなく、太い腕が私にヘッドロックを決める。「うげ、」なんて色気の無い声を残して私は家の中へと連れて行かれることとなった。


    「うぅ〜さびィさびィ。名前〜風呂入ろうぜ」
    「はっ!?な、何で!?や、やだよ……!」
    「なんか急に劣情を抱いちまってよぉ」
    「は、はぁああ!!?なに言ってんの!?」

     抵抗も虚しく寿に連行されてバスルームに向かった。狭い脱衣所の中、顔を赤らめて「嫌だよ?絶対に入らないよ?」と、尚も抵抗を続ける私を無視して彼が、浴槽のお湯を出すためのボタンを押す。そうして上のシャツをさっさと脱いだ寿の鍛え上げられた無駄のない筋肉質の身体が露わになった。

    「ぎゃー!!変態スケベすけこまし!な、なんで勝手に脱いでんの〜っ!!」

     両手で目元を覆うがその肉体美を拝みたい衝動に駆られ、チラと見える範囲で指を開けばすぐにそれがバレてしまったらしく「見てんじゃねーかよ」と安定のノリツッコミと痛くないデコピンを食らう羽目になった。あわあわしている私のブレザーを脱がした彼はさっさと私のブラウスのボタンに手を掛けご機嫌にも口笛を吹きながらそれを一つずつ外していく。
     やめてよ、と言いつつも本当はやめないで欲しいとでも言いたげに寿の腕を掴む私の手にはさほど力は入っていない。まったく矛盾した身体だ。パサッと身につけていた衣が、洗濯籠の中に落とされていく。恥ずかしさで、上手く判断できない頭の片隅で必ず持って帰らなくては誤解が生まれる……!なんてことを考えていた。


    「名前……」

     上下、お揃いの下着だけになった私の前に彼が立ちとりあえず両手で下と上を隠したがっている私を、ぎゅっと抱き締める。私は彼よりも遥かに小さくて細いだろう。故、彼の逞しい身体に抱き締められると私はそれだけで溶けてしまいそうな恍惚とした気持ちになる。自分の方が遥かに変態なんだろうなと、こういうとき改めて実感する。ああ、上下お揃いの下着を着ていてよかった……と安堵しながら、私は彼の胸と腕に身を任せた。

    「……名前」
    「ん……」

     艶っぽく名前を呼ばれたと同時に、くちゅ……ぴちゃ、と唇が重ねられた瞬間、ふたりの唾液が混ざり合う音が、脱衣所内にいやらしくも響く。彼の執拗な舌が私の口内に侵入し、舌先で歯茎を丁寧になぞり一頻りなぞれば私の舌に吸い付く。どうやら、呼吸もさせてくれないらしい。

    「ん、なぁ——さっきよ、」
    「んっ……?」
    「藤真のこと見て、どー思った?」
    「え」

     彼の片手が背中を撫でたので、ぞくっとした。その手はブラジャーのホックを外してまたもそれを脱衣籠へと放り込んだのでぎょっとする。まじで、ちゃんと持って帰らないと……!

    「まぁ、いいか。萎えるよな、悪ィ」
    「……えっ?——んっ!!」

     そのまま激しい口づけを続けながら更に自分の身体に私の身体を密着させる彼。裸の肌は幾分、衣類を身に着けていたときよりも温かく感じる。私は苦しげに瞼を閉じたまま吐息も漏らせない。だが腕はしっかりと寿の腰に回し背中、ときには引き締まったヒップにも手を這わせて力を込めてみたりする。寿は私の自分に対するそんな愛撫も愛おしく感じているかのように、たまに少しだけ目を細めに開けて口角をやや吊り上げ、愉しそうに笑うのだ。


    ——チャララララ〜ン♪ オフロガワキマシタ。


     いまの私たちの雰囲気には決して似つかわしくない機械音でお風呂が沸いたことを告げる。それでも彼の熱くて濃い口づけは止むことなく継続している現状。それから逃れたい気持ち半分、興奮して後押しされたような気持ち半分で私は何とか言葉を発する。

    「んふっ……入る、なら……早く、んっ」
    「ん、そだな」

     彼は私の腰を抱いたまま、浴室の電気を付けて中へと進んだ。ブラジャーは先ほど外されたが、下はまだ履いたままの状態だったので、待ったをかけるように彼の顔を見上げて私は呟く。

    「え……あ……っ」
    「……ん?なに、」
    「い、いや……パンツ……」
    「ん、脱がせてやるよ。洗いっこしようぜ」

     なおも楽し気にそんな可愛らしい言葉を放つと彼は後ろ手でバスルームのドアを閉めた。そして私を抱きしめたまま今度は手を伸ばしてボディソープをたんまりと手のひらに出し、いやらしい手つきで滑らせて、私の身体を泡だらけにする。

    「あっ、私も……してあげる、よ」

     私もボディソープのボトルに手を伸ばしそれを相手の肌に塗りたくる。脱衣場での行為で、既に興奮気味の私の身体は熱を上げている。熱い——まだ最後の一枚は、身についたままなのに。

    「——ね、早く、脱がして……」
    「ん?あぁ、でも遊んでからな」

     そう言って彼はシャワーを勢いよく出す。はじめは冷たい水が出て来るので、それを直に浴びてしまった私は思わず「ひやっ!」なんて可愛げのない声を出す。しかしすぐにシャワーの水は適温になってバスルーム内はまたたくまに熱気で視界が霞んだ。

    「ほら……俺にもしろよ、名前」
    「……!はぁんっ!」

     湯気に気を取られていたら彼が私の胸を下から掴み先端を親指で擦るので思いがけず声が出た。二人シャワーを浴びながらの前戯。実は脱衣所での行為だけで、私の秘所はすでに彼を欲しがっていた。

    「気持ちいか?」
    「あぁっ……あっ、んんっ」

     泡まみれだった私を、シャワーのお湯が丸裸にしてしまった。彼は一度シャワーを止め私を抱き寄せたまま、自分の手にまたボディソープをたっぷりつけ、私の下着の中へ片手だけでなく両手を前と後ろから滑らせてきた。

    「ああっ……はあっ!」
    「……っ」
    「ん、あっ……いっ……!んあ!」

     前からは、つんと出た突起と蜜口、後ろからは蜜口の後ろにある蕾を、彼のぬるついた指が往復する。突起だけを震わせたり蜜口に指を挿れたり不規則な刺激でまた私を攻め立てる。しかし後ろの蕾だけは慣らすように優しく愛でる。

    「あぁ……んんっ!」
    「どうだよ、いいのか?……悪ィのか?」
    「はぁっ……気持ち、い……い……んっ」
    「名前のここ……とろっとろだぜ……?」

     私は下半身が脱力し膝を落としそうになりながらも彼から愛撫を受け自分も負けじと寿の下半身に手を伸ばして泡のついた細指で上下に擦り愛撫してみた。

    「ンな——!おい、急に触ンなっ」
    「して、って……自分で、言った」

     根元から先まで、ゆっくりゆっくりと白い泡を絡ませてゆく。角張りの下をきつめに握ったまま軽く上下し先端の割れ目を親指で円を描くようにしてみたら彼の先端からは泡とは違う透明な液体が滲み出て来た。私は快楽に酔いながら、喘ぎながら彼の体液とボディソープの泡とを混ぜ合わせ続けた。

    「——手ぇ、つけ」

     そう言って、私の手を浴槽の縁につかせた寿。真後ろに寿が立っている気配。えっ?と聞き返す間もなく「もっとケツ出せよ」と言いながら水分を含んでぐっしょりしてしまったショーツを一気に足首まで下げた彼に私も片足ずつ脱ぐのに協力した。

    「寿……はやくぅ……わたし、もう……」
    「まだだろ。シャワーでこの泡流してからな」

     彼はそう私の耳元で囁くと再度シャワーを出し私の背中からシャワーをあてて、徐々に降ろしていく。寿が調子に乗って乳首や下半身にシャワーを当てて私を弄ぶので朦朧とした意識の中で私は腰をくねらせたり、お尻をもっと突き出したりと待ちきれないとでも言いたげな行動を自然と取ってしまう始末。

    「んはぁ……寿ぃ……っ」

     私は左手で自分のお尻を掴み外側に肉を寄せて彼の愛撫を待った。本当に無意識の行動だった。自分でも何してるんだろうと頭の片隅では思っている、思っているけど手が勝手に……しかし私の要求をしっかりと理解したらしい彼の「ふはっ」と嬉しそうに笑った声が室内に響きハッとする。

    「ったく……ここ舐めて欲しいのかぁ?名前は」
    「——!!ち、ちがっ……!」

     じゃぽんっ!とシャワーの取っ手を浴槽に投げ入れて彼は私の秘部に唇をつけた。まずは丸見えの奥まった後腔をくるくると円く舌先で突つく。次に唾液を馴染ませ、後腔にそのまま舌先を出し入れする。同時に指で突起を擦る。私が、自身の手で後腔を広げているために彼は自分の指を自由に使える状態だ。

    「ああ!寿っ……!だめぇ……っ!」
    「イッとけよ……、ほら……っ」

     膣内に長い指が入り壁を刺激する。恥ずかしい箇所を全て攻め立てられ圧してくる絶頂に耐えるが、それはもっともっとしてという寿への訴えになってしまう。だが、それもすぐに限界になる。

    「……んっ、ひさ……もう、だめぇっ……!」
    「ん、イケ。」

     寿は舌と指を私の秘部から離そうとはしない。私の限界が近いのを察した彼自身もかなり我慢していたらしく「あぁ、やべェ」とくぐもった声で言うと一層動きを速めた。私の腰の揺れもまた、それに合わせて激しくなる。

    「あっ!あっ!あっ……やっ、だめっ!」

     バスルームに短息的な私の声が響く。その声が一層甲高く響き渡ったとき、私は達した。

    「ああぁっ……!………っ」

     膝から床に崩れ落ちそうになった私の腰を寿がしっかりと支えてくれた。そうして「俺も限界」と、ちゃんと用意していたらしいゴムを装着した姿に呆れを通り越して感心していると猛った先端を達したばかりの私の膣口に当て、子宮目掛けてバックの体制のまま一気に突かれた。

    「ああっ!……だっ……めぇ、もう……んあっ」
    「っだぁー、ンなに……締めん、なっ、てェ、」

     二人の荒い息に、パンパンと肌がぶつかる音が加わる。激しく奥を突いたかと思うと、ギリギリまで抜き、入口で先端部だけを出し入れしたり、また奥まで射したり。当然、絶頂への波が互いに押し寄せてくる。

    「名前……俺、イキてぇ……っ」
    「んっ!んっ!い、いっしょ……に……!」

     いままで腰首を掴んでいた手を私の両肩に移動させると彼の動きは更に強く、速くなった。

    「んっ!ひ……さし……もう、だめっ……!」
    「……っ、くっ……名前……っ」
    「あ、あっ……!あ、」
    「イクぞっ……出るっ、出るっ……ぐっ……!」

     私の膣内がぐぐっと収縮したと同時に彼の体液が一気に流れ込んできたと錯覚するくらいに彼のそれがドクンドクンと脈打っている。私は浴槽に手をつき寿は私の腰に腕を回して支えてくれる。しばしの余韻に浸りすぐには抜かない。そして、はぁ、はぁ……と乱れた呼吸を互いにゆっくりと整えた。

    「はぁ……。さってと、」
    「……え?」

     最近の彼は後戯も忘れない。寿は自身を抜くとボディソープを手に付けて私の秘部に塗りたくりご丁寧に指まで奥に突っ込んで中を弄る。またも襲ってくる快楽に、私の緩み切った口元からは、だらしなくも喘ぎ声が漏れる。

    「んっ、寿っ……またっ、」
    「ちゃんと、きれいにしねーとなァ」
    「あっ、イッちゃう……、ああっ!」

     しっかり達したのを見届けた彼が、名残り惜しそうにも指を抜く。そして今度はシャワーを押し当ててきて洗い流してくれるのだが敏感になっている部分に向けて当てられたとき、私は不覚にもまた、直ぐに達してしまった。


    「はぁ、はぁ、はあ……」
    「悪ィ……ちょっと、やり過ぎたか?」
    「う、ううん……だいじょぶ、」
    「ごめんな、ほら……」

     そう弱々しく言って、彼がまだ呼吸の荒い私を抱き上げてくれたので、そのまま一緒に、浴槽に浸かることにした。体の小さな私を寿が後ろから抱き締める。暫く無言だったが私がようやく落ち着いた頃に、それを待っていたらしい寿が口火を切った。

    「……怒って、る、よな……?」
    「えっ?ううん、怒って無いよ」
    「そか。いや……なんか、調子乗った」
    「だね。あーあ下着濡れちゃったよ。どうしようかな……」
    「スカートの下何も履かないで帰ればいーんじゃねぇの?ちゃんと家まで送ってくぜ」

     私の無言のオーラに、殺意を感じ取ったのか、寿が慌てて「うそうそ、部屋で乾かそうぜ。ヒーター付けるし」と、矢継ぎ早に言う。もはや私はそれに溜め息をつくしかなかった。

    「んでもよ、まぁまぁよかっただろ?」
    「……え、……う……どうだろ」
    「おっ?まだ足りねぇのか?なんなら……」
    「もう当分しないよ?罰あたえないとね。」

     ばっさり言い切った私に彼は「え」と固まったあと、やっぱり「ちぇっ」と言いたげに、小さく舌を打ち鳴らしていた。なんだか予想通りの反応だったのがおかしくて、私はプッと吹き出す。

    「あ?」
    「今度からはやっぱり……ベッドで、ね?」
    「え、今日!?朝までかっ?すげー性欲だなぁー名前、いいぜ相手してやるよ」
    「いや、だから当分しないってば」

     私が振り返りそう言うと「あっそ」と、素っ気なく言い返してきた寿。でもそのわりにはあまりにも幸せそうに笑っていたので、思わず彼の首に腕を回して触れるだけのキスをしてあげた。特に驚く様子もなくそれを素直に受け入れた彼の濡れた手が私の頬に添えられる。まるで、慈しむかのように、優し気で温かい大きなその手のひら。

     そして窓の外では、こちらも楽しそうに、未だ止むことなく、白い雪が舞っていた。










     劣情 の意味も知らずに。



    (ひさしぃ〜、お風呂入ってんの〜?)
    ((!!?))
    (ひさしぃ〜、開けるわよ〜?)
    (ちょ!ちょっと待て!!いま上がっから!!)
    (あら、そう?二階に名前ちゃんいるの〜?)
    (い、いる!待ってもらってんだよっ!!)
    (なら上がったらお菓子持って行きなさ〜い)
    (わ、わーったから! あっち行けクソババア!)


    ※『 Santa Tell Me/Ariana Grande 』を題材に

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