思い出が帰る場所

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     会って「好き」を伝え合った人よりも、会っていないけど「好き」を想い合った相手の方が忘れられないらしい。

     恋は目ではなく心で見るもの。だから恋のキューピットはいつの時代も、盲目に描かれているのかもしれない。





     *


    『いいか?相手から��好かれてるか嫌われてるのか�≠カゃなくて��大切にされているかどうか�≠ナ判断すること』

    『好きか嫌いかで判断すると気まぐれで咲かせる花が綺麗に見える事もあるから、注意が必要だ』

    『本当に見るべきところは花じゃなくて心の奥にある、根っこの部分だ』


     高校三年生の夏。突然同級生から告白された。付き合う気なんてなかったけど、なかなか返事を返せずにいた私に言った、水戸くんの言葉だ。
    ��好きか嫌いかで判断すると気まぐれで咲かせる花が綺麗に見える��——って。相変わらず高校生らしからぬ台詞が印象的すぎて、衝撃的すぎて、その足で告白してきた男子に「お断りします」と伝えに行った事をふと思い出した。

     突如、上司・部下として再会を果たした元婚約者の事も��好き�≠ゥ��嫌い�≠ゥで判断するのではなく、もっと別の見方をするべきなのだろうか。

     東京には、好きになった人がいる。神奈川には好きだった人がいる。
     私は今また、人生の重大な選択肢を迫らせていた。それでも、迷ったらドキドキする方へ向かいたい。高校時代、バスケットを必死に追いかけて輝いていた彼がそう、教えてくれたから。


     『迷ったら、ドキドキする方へ——』


     あの台詞を私に投げかけてくれたのは誰だったかな。リョータくん?桜木くん?流川くん……?それとも——あれ、誰だったっけ?





     *


    「ねえ、藤真さん。お願いがあるんです」
    「お願い? 何?」
    「私には、上手に嘘をついてくださいね」

     信頼関係が作れたら互いに心を開けると言うが不信感を抱いたら手遅れ。私は彼に「不信感」を抱かせてしまったのだろうと思う。
     結婚するとかしないとか。それよりもただ愛していると気づいたのは、彼が私の元を去った後のことだった。私はいつも大切なことに気づくのが遅いのだ。

    「嘘なんか、つかないよ」
    「それは……あまり上手な嘘じゃないですね」
    「……。」

     あのとき見せた彼の呆れたような優しい微笑みを今でも鮮明に覚えている。約束を守ってくれてありがとう。彼は私に一度だって嘘をついた事はなかった。


    『俺だって、興味も何もない女を食事に誘ったりなんかしないから』

    『俺は、人前で泣く女は嫌いだ』

    『俺と、結婚しよう』

    『月曜日、アイツが来たよ』

    『おしまいだな、俺たち——別れよう。』


     彼から貰った言葉に��嘘�≠ネんて一つもなかった。嬉しい言葉も諭すような言葉も冷たい言葉も全て嘘はなかった。繋がって交わって結ばれて、ここから始まっていくんだって思っていたけれどあっけなく終わってしまった。それが事実。それ以上でも以下でもない。
     それでも私は、とっても幸せだった。

     別れてから気づいたこと。本当に好きだった人とは、もう友達にはなれないということ。自分が思っている以上に「好き」だった、ということ。タイミングが全て。何年付き合おうが別れなんて本当に一瞬の出来事。
     一人でも生きていけるけど、あなたと生きていきたかったんだって痛いほどに思い知らされる。別れた次の日に『おはよう』の連絡が来ない時に実感する寂しさ。あと一年出会うのが遅かったら上手くいってたかもとか無駄なことばかり考えて結果、他人よりも遠い存在になる。

    ��一生�≠ネんて言葉は信じてはいけない。相手の優しさは相当だった。意外と時間が経てばどうにかなる。
     けど——ほんとに、ほんっとうに幸せだった。思い出は永遠だ。


     『嘘なんか、つかないよ』
     

     うん。本当にあなたは私に嘘なんかついた事は無かったよね。でも——今のあなたはどうなの?��元婚約者�≠�部下に持ってしまった今のあなたは、私に嘘を一つもついていないって言える?





     *


     藤真社長は取っつきづらくて話しかけにくくて近寄りがたくて、そばにいると緊張し過ぎて全身が筋肉痛になってしまいそうな人だった——。

    「お前のセンスは家出したのか?」

     会議室。照明が落とされスクリーンに白い光と映像が映されている暗闇の中、プロジェクタの光の端を浴びた社長の姿に、ふと視線が止まってしまう。社長は指を交差させた手で口元を覆い卓上の資料を眺めていたが、その視線がギロリと私に向けられた。
     ほんと男前だよなぁ……と、そんな事を思っていた矢先の出来事で、私は思わずビクン、と肩を揺らして小さくゴホンと一度、咳払いをしてから「あの、」と言葉を返した。声が裏返る。

    「私の企画は……さほどよろしくないですか?」
    「よろしくないか、って?そんな上品なものじゃない。まったくなってない」
    「……」

     こうして鋭く指摘してその場にいる全員を戸惑わせる態度も神経質そうな表情も、全て作り物のように思えた。

    「——俺は、誰と話してるんだ?」
    「……」
    「おい、名字。」
    「——あっ、はいっ!」
    「上の空だな、大事な会議中だぞ」
    「す、すみません……」

     全て演技なのではないかって。隙がなさ過ぎて同じ人間だとは思えない。手が届かない人とは、彼のような人の事を言うのだろう。なんだか同じ部屋にいることすら不思議な気がした。


     *


    「みょうじさん」

     相変わらず規律正しそうな印象を与える彼女。藤真社長の唯一、信頼している相手——みょうじさん。

    「後片付け、私がやりますよ」

     彼女に用件だけ伝えると私はさっさとテーブルの上に置かれた複数のコップをお盆に乗せ黙々とテーブルを拭いた。一度、給湯室にあるシンクで台拭きを洗いに行った。給湯室から戻ってきたら何故かまだ彼女がいたので驚いた。彼女は橙色になっていく窓の外を眺めているようだ。

    「私の企画……よくなかったですかね?」

     ぽつり。そう俯いて呟けば彼女がそっと視線を投げて寄越したのが目の端に映る。気が付けば、定時を十五分も過ぎていた。後片付けを引き受けていなければ今頃、駅で水戸くんのお店に向かう電車を待っている時間だっただろうに。

    「そうですね、社長はお気に召さなかったのだと思います」
    「結構、頑張ったんですけどね。��センスは家出したのか�≠ネんて、嫌味満載でしたよねぇ〜」
    「あれは、嫌味では……ないと思いますよ。」
    「えっ?」

    ��全てを知ろうとするから全てを失ってしまう。知らないことがあっても、相手を信用すること��
     高校時代、別れた幼馴染に彼女ができたと噂が立って落ち込んでいた私に、親友の彩子が掛けてくれた言葉が、ふと脳裏によみがえってきた。

    「きっと、おせっかいですよ、社長なりの」
    「おせっかい……ですか? あれが?」
    「ええ。社長はセンスの無い資料なんかにはいちいちあんなふうにコメントを返したりしません」
    「センスの無い資料なんかには、いちいち……」
    「おせっかいも、百回続けば愛情ですよ。」
    「……。」

     そうして彼女は「ずっと頑張れる人なんてこの世にはいないです。逃げ場を作っておかないと、人生は苦しくなるものだから」と、意味ありげにつぶやいた後、綺麗に微笑んだ。
     遠回しに社長が私に逃げ場を作ってくれているとでも言いたいのだろうか。そんなふうには見えないんだけどなぁ……うーん、よくわからない。


     *


    「確かにコンプライアンスや炎上対策に奔走する昨今のテレビ業界は出演者の意向に沿ったエッジの利いた演出も尖った企画もできなくなった」

    「………」

    「清廉潔白なタレントでは笑いは取れない。テレビマンの手を煩わす事なくギリギリの線で勝負してくれる、バランス感覚の優れたタレントが歓迎されているからなぁ」

    「…………」

     先方と仕事の電話をしていたはずが、ひょんなことから珍しく世間話に脱線したのか藤真社長がそんな話をし始めた。一般的な世間話といえば、昨日は何を食べただとか、そう言えばこのあいだあの人と会ったとかそういう話が普通なんだろうけど……世間話がテレビ業界の話とは。やっぱり��社長�≠ヘ違うなぁとしみじみ思う。私は逆立ちしても、同じ目線に立つ事はできないんだろう。と、そんな事を考えていると社長が通話を終了し携帯電話をデスクに置いたのがチラッと見えた。

     私は資料の仕分けに駆り出されていたのだが、その作業はもう終わってしまっていて社長にそれを伝えると「俺が終わるまでそこで待っていろ」と冷たく言い返された。ので、今こうして何度も資料を読み返しているという始末。だって、やる事ないし。

    「——社長、もう少しで終わりますか?」
    「まだだ。確か10分前にも同じ事を言ったはずだが」
    「す、すみません……」

     電話を切ったあとも、パソコンに向かっている社長にいそいそ近付くけれど、ギロリと睨まれてしまい、小さく溜め息をつきながらまたソファに座り直した。
     社長室には藤真社長がパソコンのキーボードを指で叩く軽快な音が響いていてその音だけで私は感心してしまう。よくそんなに早くキーボードを叩けるものだなぁ。キーボードは一切見ずに画面だけを見ながら。しかも両手で。私なんか未だにキーボードと画面を交互に見ながらしか出来ないのに。


     ——コン、コン、コン・・・

    「——失礼します」とみょうじさんが社長室に入ってきて、何やら分厚い資料を社長に手渡す。

    「社長、例の件の資料です」
    「ああ、あの話はどうなった」
    「現在、返答待ちです」
    「そうか」

     それを受け取りながら社長とみょうじさんは私には分からない事を淡々と話している。
    「例の件は」とか「あの話が」とか、もしかして私がここにいるから濁した言い方をしているのかな。仕事の話だとしても何だか私だけ、のけ者にされているみたいだ。まるで二人が私の目の前で内緒話でもしているようで、ちょっと嫌だなぁ。

    「……」

     藤真社長のしているお仕事の内容は私にはよく分からない。専門知識や、どうして彼がこういった職についたのか、なんて事も未だに知らない。ましてや秘書でもないのだから当然といえば当然なのかもしれないけど何だか淋しいなとも思う。
     私は藤真社長の��婚約者�≠セったはずなのに、みょうじさんの方が社長の役に立っているような気がする。いや、役に立ってるんだろうけど。実際、私なんかこうしてソファに座って社長からの指示を待っているだけだし。

    「頼むぞ」
    「はい。では、失礼いたします」

     一通り話が終わったようで、みょうじさんが凛とした雰囲気をまとったまま退室して行った。私は同性ながら改めてみょうじさんは素敵な人だな、と思った。頭が良くて美人で仕事ができて。私が思うのだから社長だって……ああ、駄目だ。思考がマイナスの事ばかり考えてしまう、何か気が紛れるようなことでもしないと。

    「……あ、」

     そうだ!と思い、私はソファから立ち上がって社長室の奥にある給湯室からココアを入れて持って来た。心を込めながら作ったココア。我ながら美味しそうに出来たと思う。
     トレーに丁寧に乗せて、藤真社長のいる部屋へ戻ると相変わらずパソコンをカタカタと操作していて私の方を見てもくれない。そんな藤真社長に近付き、ココアの入ったカップをそっとデスクに置いた。

    「社長、ココアどうぞ」
    「……ああ。」

     それだけ言うとパソコンの画面を見たままカップを手に取りココアを一口飲む藤真社長。しかし一口飲んだだけで直ぐにカップをデスクに置き、またパソコンを操作しだしてしまった。
     私は思わず眉を下げた。折角唯一、今私が社長に出来る精一杯の事だったのにな。ココア、いらなかったのかな。ずっとパソコンに向かっていて疲れてるだろうから甘い物でもって思ったのに。

    「………」

     ソファにのそのそ戻りトレーをソファに放ってそのままソファに座り込む。そっと目を閉じれば相変わらず社長がパソコンを操作する音がした。ココアを飲んでくれている気配はない。


    「………藤真、さん」


     自分でも聞こえない程小さな声でそ人の名前を呟いた。目を瞑った事で眠気が襲ってきて、私の意思とは関係無く思考も自然と停止する。

     私が彼の名前を呟いた直後、パソコンのキーボードを叩いていた軽快な音がピタッと止まった気がしたけれど——きっと、気のせいだろう。そのまま私は、深い眠りに落ちていったのだった。


     *


    「……ん?」

     どのくらい寝ていたのだろう。ソファから身体を起こすと見慣れないブランケットが私の身体にかかっていた。みょうじさんがかけてくれたのかな。おかげで寒くもなく熟睡できた。お礼を言わないと。

    「あれ……?そういえば、社長は……?」

     私が眠る前までパソコンの前にいた社長の姿がない。なんとなくブランケットを持ったまま部屋から出ようと立ち上がったとき、みょうじさんがノックもせずにタブレットと睨めっこをしながら社長室に入ってきた。そして私に気付くと「名字さん」と、声をかけてくれた。

    「起きられたのですね」
    「あ、はい……みょうじさん、これ、ありがとうございました」

     ブランケットを見せながらお礼を言って、頭をぺこりと下げると彼女は一瞬きょとんとした顔をする。何故そんな顔をするのだろう?と不思議に思いながらも——

    「あの、寝ている時にこれをかけてくださって」

     と繋げると、みょうじさんはやっと分かったような顔をして「いいえ」と呟き品の良い顔を小さく横に振った。

    「それは私がかけた物ではありません、おそらく社長でしょう」
    「え……?」

     ——藤真、さんが?
     顔を赤くする私を放って持っていたタブレットを社長のデスクの上に置いて給湯室に向かいコーヒーを入れだすみょうじさん。何だか私を放置する所とか、社長に少し似てる気がする。
     私がブランケットを置いて給湯室に近付くと、彼女がコーヒーのカップを差し出してくれた。

    「インスタントコーヒーですが、よかったらどうぞ」
    「あっ、ありがとうございます……」

     そういえば——社長にもココアを入れてあげたっけ。一口しか飲んでくれなかったけど……と、受け取ったカップに角砂糖をぽちゃぽちゃと入れながら、ぼんやりそんな事を思い出していると、「甘党なんですね、名字さん」と、みょうじさんがクスっと笑った。

    「あはは……。あっ!そ、そういえばみょうじさん、藤真社長はどこに?」
    「社長は出掛けられました。すぐに戻ると仰っておられましたよ」

     コーヒーの中に何も入れない彼女と、角砂糖を何個も入れる私……自分がひどく子供っぽい気がして苦笑すると彼女は静かにコーヒーを飲んだ。
     藤真社長は出掛けちゃったのかぁ、何処に行ったのかな……と、頭の中で考えていたとき今までみょうじさんがコーヒーを入れていた場所のすぐ横に見覚えあるカップが置いてあるのが見えた。

    「あ……それ……」
    「これですか?先程、社長がお飲みになったものだと思います」
    「えっ? 社長が?」
    「ええ。」

     やっぱり。紛れもなく私が社長にココアを入れたカップだ。その中身は綺麗に空になっている。私がじっと空になったカップを見つめていると、みょうじさんが私のその様子を見て少しだけ笑うような気配が横からした。

    「あの社長がココアをお飲みになるなんて……と不思議に思っていたんですが」
    「……」
    「おそらくこのココアは名字さんが用意なさったのでは?」
    「は、はい……そうですけど……」
    「やっぱり、そうでしたか。社長もやはり名字さんにだけは、お優しいですね」
    「えっ?……え?」

     ��誰かを大切に思うという事は、その人を傷つける覚悟をするということだ�≠ニ——過去に彼、藤真さんが言っていたことを不意に思い出した。
     私が目を丸くしていると、またみょうじさんはくすりと笑いコーヒーを上品に一口飲んでいた。


     *


    「藤真社長、おかえりなさい」
    「ああ」

     みょうじさんが言っていた通りすぐに戻ってきた社長はジャケットを脱ぎネクタイを少し緩めると早々にパソコンの前に座った。
     無意識にニコニコしている私を変に思ったのか怪訝そうに眉を顰めていたけど椅子の背もたれにゆっくり背中を預けた社長は「名字」と私を呼んだ。

    「後で冷蔵庫を見てみろ」
    「え、冷蔵庫ですか?……はい、分かりました」
    「もう少しで終わる……それまでそこで大人しく待っていろ」
    「……は、はい。」

    「大人しく待っていろ」ってことは、やっぱり。帰りは、送ってくれるということかな……?
     そんな私の思考はつゆ知らず眉間に皺を作ったまま私をちらりと見て社長はそれだけ言い、またパソコンを打ち出した。その様子に微笑みながら給湯室に備え付けてある小振りの冷蔵庫を開けるとそこには私が大好きなケーキの箱が入っていてますます頬が緩んだ。直接渡さないのがなんだか彼らしいというか、なんというか。

     ケーキをお皿に乗せて室内に戻ると、やっぱり相変わらず社長はパソコンに向かっているけれど私は彼の言う通り、このケーキを食べながら大人しく待っていようと思った。
     それにしても——本当にみょうじさんの言う通りだなぁ……。私は甘いケーキを頬張りながら先ほどみょうじさんとコーヒーを飲んでいる時に彼女が微笑ましそうに言っていた言葉を思い出していた。


    『先日私がココアをお出しした時は、一口も口を付けることなく突き返されましたよ。しかし名字さんの出したココアは飲み干したようですね』

    『それに出掛ける際、私に��名字の好きなケーキは何処に売っている�≠ニお聞きになったので今頃買いに行かれているのだと思います。』


    『名字さんは、社長にとても愛されていますね』


     私は隠しきれず、頬が緩みっぱなしだ。社長にそれがバレないようにと必死に取り繕ったが相手があの��藤真健司�≠ネら、こんな私のちっぽけな感情なんかは、もうすべてお見通しなのだろうと思う。
     ソファに座り穏やかな気持ちでパソコンに向かう藤真社長の真剣な顔を見つめているとパチリと目が合って、気恥ずかしくなる。頬を染めながら私が微笑むと藤真社長もほんの少しだけ口の端を上げてくれた気がした。それはすぐに眉間に力が入ったいつもの顔に戻ってしまったし視線もまたパソコンの画面へ注がれたけれど、私は、とても嬉しくて、とても幸せだった。

     愛を伝えるのは「愛してる」や「好き」だけではない。「おはよう」や「ありがとう」だって、素敵な愛情表現だし言葉を必要としない愛情表現だって存在するということを、今は形の違う関係だけれど、こうして彼から教えられた気がした。

     やっぱり彼は私に嘘をついた事などなかった。彼が私に見せてくれた事、してくれた事の全てが嘘偽りない——��真実�≠セった。





     *


     彼が姿を消してから半年が経とうとしていた。今日は幼馴染から久しぶりにちゃんとしたデートのお誘いを受けた。待ち合わせの時間は21時。
     彼を待っている最中、中学時代の友人から電話が入り、軽く世間話を交わした。会話の中で彼氏から仕事終わりにデートに誘ってもらった旨を伝えると彼女は『いいねぇ、愛されてて。同棲してるのにデートなんてさ』と、言った。

    「……うん、愛してるよ?お互いに努力して」
    『え? 努力なの?』
    「無償の愛なんて注げないから。他人なんだし。私が怖いのは、もう一度愛すること。誰かに恋をして、また失うこと」
    『何〜? ずいぶんと悲観的じゃない?』
    「運命の相手ってよく言うけど。私、そんなの、いないと思ってるしね」
    『えぇ〜!?夢がなぁ〜い』
    「だから運命の相手にす・る・の!意思がないと続かないのは、仕事も家族も同じじゃないかな」

     誰に似たのか……我ながら説教じみた言い方になってしまったことは反省するが、嘘ではない。素直な本心だった。確かに見方によっては悲観的なのかもしれないが単純に、もう傷つきたくないだけなのだ。
     彼女との通話を終えると、一通のメッセージが届いていることに気が付く。


    三井 寿

    悪い、少し待ち合わせの時間に遅れる!でも東京タワーは登れるよな!?



    名前

    東京タワーはまた今度にしようよ。その代わり、今日の食事は全部、寿の奢りね!



    三井 寿

    そこはジャンケンだろ!



    名前

    何それ、カッコわる〜(笑)



    三井 寿

    うっせ!とりあえず急ぐわ!



    名前

    了解。気をつけてね




     約束していた相手が少し遅れるとの事で一人、ふと登ってみた東京タワー。そこから見える夜景を眺めて、私は小さくため息を漏らす。

     彼の住む高層階のマンションから見える景色も同じように絶景ではあったが、毎回なんの捻りもなく、ただ「綺麗です」と同じ言葉を零していた私に対し彼は「この綺麗な夜景は残業してる人の数なんだろうな」と言っていた。あの言葉と綺麗で儚げな横顔が、今でも忘れられない。

     今頃あなたは誰かを抱いて、愛を鳴いているのでしょうか。それでもあなたの人生がラブストーリーでありますように。そう、願っている。










     言葉を使わない 愛情 とは。



    (寂しい、って言って欲しかったのかも知れない。
     君のいない夏は退屈だった、って——)


    ※『 あなたを愛してるfeat.中村舞子/MAY'S 』を題材に

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