※動物死ネタ有のため閲覧注意※





「あっ、三っちゃんお疲れー！」

駅前のコンビニから外に出るとバスケ部の同い年が数人、こちらに手を振って通り過ぎた。

「おお……」

俺は手に持ったビニール袋をさりげなく体の後ろに隠す。中の物を見られると少し厄介だからだ。周りを見渡して他に知ってる顔がいないことを確かめると俺は道の反対側にある公園へ向かった。

三日前、駅へ向かう途中にあるこの公園で小さな子猫を見つけた。入り口の端にダンボールがあったことから、それが捨て猫であったのは明らかだった。ヨロヨロとおぼつかない足取りで近寄ったそいつは、俺を見上げて力なく鳴いた。

放っておくことなど出来なかった。俺はそいつを箱に戻して安全を確保してやると向かいのコンビニに走った。キャットフードと水を与えるや否やそいつは逆に大丈夫か？と心配になるほどの勢いで全てを平らげた。

「……ごめんな。俺は飼ってやれねぇんだ。いい飼い主見つけろよ」

部活で使っているタオルを箱に敷いてやるとそいつは小さな前足を交互に突っ張って心地よさそうな寝床を作り上げた。小さな頭を撫でられてゴロゴロと喉を鳴らしていたのが愛らしかった。……一回きりのつもりだった。でも次の日もそいつはそこにいたんだ。


「人通りは多いはずなんだけどな……」

ひとり呟きながら俺はハァとため息をつき今日も公園へ足を踏み入れる。

「ん？先客か……？」

女子が一人、大きな木の下にしゃがんで、子猫を前にチッチッと舌を鳴らして手招きしている。

「……仕方ねえ、出直すか」

俺がその場を去ろうとしたとき子猫の小さな鳴き声が聞こえた。「あっ」と言う、女子の声に振り向くと子猫は俺のそばまで寄ってきていた。

「あ、あの……それ……」
「……あ？」

俺が手に持つビニール袋を見てそいつが控え目に笑って言った。

「ご飯あげてたの、あなたですか？」
「あ、いや。その……なんだ……」

俺が慌てる様子を見てその彼女はクスッと笑う。

「私、昨日からこの子のこと見に来てるの。キャットフードの空き缶があるから誰かが面倒見てるんだなって思ってたんだけど……」

彼女は俺の足元にいる子猫をヒョイっと持ち上げて箱の方へ向かうと振り返ってニコッと笑った。

「ご飯、あげて？」
「……お、おう、」

箱の中で必死にキャットフードを食べる子猫を眺めながら俺は隣の彼女を見た。セーラー服を着てるが、紋章を見ると、この辺じゃある意味有名な中学、和光中の名前。なんだ、年下か……？

「ねえ、コーコーセイ？」
「え？」
「私、和光中なんだけど……知ってる？」
「まあ……。不良の溜まり場だろ？あの中学」
「失礼な！みんながみんなそうじゃないのに」
「あそ、そりゃ失礼しました」

子猫は缶を綺麗に舐め尽くすと自分の毛づくろいを始めた。

「俺は湘北。いま一年だよ」
「あー湘北高校かぁ。ふうん」

子猫の頭を撫でながら彼女はまた控え目に笑う。

「最近の若者も捨てたモンじゃないねー」
「オイオイ、お前のが年下だろ？だいたい、男子高生にどんなイメージ持ってんだよ」
「え？いじめるじゃん最近の子は。弱いモノを」
「バーカ、俺は優等生なの。見捨てられねえだろこんな小せえ体して凍えてんだもんよ」
「……」

彼女は俺を横目で上から下までさっと見た。

「捨て猫に餌やってる姿とか、友達が見たらどうなんだろうね」
「……！！　だ、誰にも言うんじゃねぇぞ！」
「誰に言うの、あなたの交友関係知らないのに」
「そ、そうだよな。たしかに……」

彼女は眩しそうに俺を見ながらクスクスと笑う。

「イイ人だね。学校でもっと人気でちゃうかも」
「は？俺が人気者って、なんで知ってるんだよ」
「ははっ、否定しないのね。んー……なんかキラキラしてるからそっち側（・・・・）のひとだと思ったけど」
「う、うるせぇ！やめろよな、揶揄うの」

さっき会ったばかりなのに、まるで昔から知っている幼馴染と話しているかのような居心地の良さを感じる……不思議なやつだ。

ふと見ると、公園の時計の針はもう八時近くを指していた。辺りはすでに暗くなり街頭の明かりが俺たちの周りを照らしている。

「こいつ、今日も貰われなかったのか……」
「うん。かわいそうだね……」

喉を鳴らしながら一心不乱に毛づくろいを続ける子猫は自分の置かれている状況など全く気にかけていないようだ。なんだか健気にも思う。

「ねぇ、名前つけてあげない？」
「名前？名前か……候補がなくもねえけど」
「え！ほんと！」
「バカ、三日も世話してると愛着が湧くんだよ」
「なになに！？」
「……、みーちゃん。」

シンと一瞬その場が静まり返る。とたんに彼女は盛大に吹き出し豪快に笑う。

「お、おまえ失礼だな！！」
「ゴメンゴメン！その見た目から、そんな可愛い名前が出てくるなんて思わなかったからさ」
「違げーって、フルネームちゃんとあんだよ！」
「えー、なに？」
「ミツコ・デラックス」

「略してみーちゃんな」と鼻を鳴らして言えば、彼女はやっぱり腹を抱えながら愛嬌のある明るい声で笑った。年下の割に、大人っぽいなと思う。

「ったく。ほら、ここ見ろよ。耳の先端が欠けてるだろ。だから��みーちゃん�≠ﾈんだよ」
「あ、ほんとだ！なるほどねえ」

途端に真剣な顔で彼女は満足げに頷いた。

「よし、君は今日からみーちゃんだよっ！」

子猫は嬉しそうに小さな声で、ミャアと鳴いた。それから俺は毎日部活終わりに子猫の様子を見に行った。それは彼女も同じだったようで、たまに訪ねる時間が重なることもあれば、俺の方が後になることもあった。そんなときはキャットフードの空き缶と「お疲れさま」と書いた女子が好きそうな柄の小さなメモが置いてあるのだった。

その後、週が開けても子猫を貰っていく人は一向に現れなかった。決して目立たないわけではないのに子猫の入ったダンボール箱は、いつもそこにあった。


「おう、」
「あ、お疲れ様ー」

俺は時計を見上げた。もう九時近くを指している。今日はバスケ部の練習が長引いてしまった。

「何だ、今日はやけに遅い時間までいるんだな」
「……まあね。あなたこそ遅くまで大変だね。　なにか部活とかやってるクチ？」
「ああ、バスケ部。試合が近けーんだよ」

俺はしゃがんで子猫の頭を撫でた。すっかり俺たちに懐いた様で手を差し出すだけで頭を擦り寄せてくる。

「ウチさぁ……もう一回聞いたんだけど、やっぱダメだった」
「……だよな」

子猫を気に入った彼女は、これまでに何度も親に頼んでいるらしいが答えはいつもノーみたいだ。

「うちも聞いてみっかな……ダメ元で」
「……うん。それがダメだったら、お友達とかに聞いてくれない？これから梅雨に入るから心配」
「それはいいけどよ。つか、おまえは友達に聞けないのか？」
「それは……」

俺は、黙り込んだ彼女の横顔を見つめた。肌寒い夜風に髪がなびくと、少し潤んだ瞳が見えた。

「私の周りはさあ、みんなイイ奴なんだけどね、育てられるかどうか……安パイは洋平くらいしか思い当たらん」
「……洋平？」
「あー、なんか今日、寒い……ね」
「ん？ああ……そうだな、雨降ってたからだろ」

俺は学ランを脱いで彼女の肩にかけてやった。

「え！わ、悪いよ。あなたが風邪引いちゃう」
「俺はこれがあっから大丈夫だ」

俺は肩からかけていたバッグの中から、白と黒のジャージの上着を取り出して袖を通した。

「私、そっちでも良かったのに……」
「そっちのが暖ったけーだろ。俺が今まで着てたんだからよ」

彼女はハッとして目を見開いたあと少し口をすぼめて言った。

「あ、ありがと……」
「んぁ？聞こえねぇなー」
「あ、ありがと！！って！」

言ったあと顔を真っ赤にして俯く彼女の頭をくしゃくしゃと撫で、俺は両腕をあげて伸びをした。

「そろそろ行こうぜ。暗いから送ってくよ」
「……。じゃ、じゃあ……駅まで。」

彼女はダンボールの中の子猫を撫でながら「おやすみ」と名残惜しそうに声をかけた。


「早く家を見つけてやれるといいよな」
「うん。暗い中で独りぼっちなんてかわいそう」

俺は隣で下を向いて歩く彼女の手を握ってジャージの上着のポケットに突っ込んだ。

「え、ど、どしたの！？」
「寒いんだろ？　手も冷てぇし……こうした方が暖ったけーから」

彼女はしばらく目をパチパチとさせたあと、また小さな声で「アリガト」と呟いた。ポケットの中でギュッと握り返した手は、力を入れたら折れてしまいそうなほど細くて小さかった。


次の日の朝、耳元でうるさく鳴る目覚し時計を止めると俺は、一目散に階段を駆け下りた。目的の人物は今まさに玄関を出ようとしたいるところだった。

「母さん、ちょっといいか」
「あら、今日は早いのね」

母さんは眠そうにドアを押してたくせに俺の声を聞くなり満面の笑顔を向けて来る。

「あの……猫、飼っちゃダメか？」
「……猫？なんでまた急に？」
「学校の近くに捨てられてんの見つけたんだよ。いつまでも貰い手が見つからないみたいで……俺、部活で忙しいから母さんの助けも必要になると思うけど……」
「んー、いいわよ」
「へ？」
「バスケばっかの寿が、猫を飼いたいなんて……珍しいわね、いいんじゃない？」

母さんは微笑むと「行ってきます」と言って外へ出て行った。

「……ま、まじかよ」






—


「おい」

俺は部活終わりに急いで公園に向かい子猫の入った箱の前にしゃがみ込む彼女に声をかけた。子猫を連れて帰ることを教えてやりたかったからだ。

「あ、お疲れ……さま。」

俺の声にビクッと肩を震わせて気まずそうに顔を背ける彼女。

「おーい、名前ー！」

公園の入り口の方から声がして振り返れば四、五人の中坊が叫んでいる。手を振りながらこちらへ近づいてくるそいつらに気づいた彼女は一目散に別の入り口から逃げて行ってしまった。

「あ、おい！」

俺の声は「あ、逃げた！待てー！」と叫ぶ中坊らの声に掻き消され、奴らは俺のことなど気にせず彼女のことを追って走って行く。


「……なんだよ、あいつ」

俺も立ち去った彼女らの後ろ姿を見つめて呆然とその場に立ち尽くす。そのとき俺はハッとした。

——お友達に聞いてくれない？
——おまえは聞けないのか？
——安パイは洋平くらいしか思い当たらん
——洋平？

昨日の彼女の横顔がまぶたに浮かんだ。さっきの中坊の中にその「洋平」とやらがいたのか？結局その日、彼女は公園には戻らなかった。翌日俺は部活の練習が終わると急いで昇降口へ向かった。

「ちっ。まだ降ってんのかよ……」

昼からポツリポツリと降り出した雨は今や本降りとなり地面に大きな水たまりを作っている。俺は地面に反射した街灯の光が漆黒の闇に映し出す道を辿って公園まで急いだ。スニーカーにじんわりしみる雨が足元を冷やした。

「……いた！おい！」

雲の隙間から漏れた月明かりに包まれて、彼女はまた大きな木の下に腰掛けていた。膝の上のダンボールに雨がかからないよう丸めた体は俺の声に反応するとビクッと震えた。

「お前びしょ濡れじゃねぇか何やってんだよ！」

彼女は控え目な笑顔を俺に向ける。

「傘……忘れちゃってさ。へへへ」

俺は「バカやろう」と呟いて彼女の頭の上に傘を差した。宙を見あげたその顔は、ゆっくりと泣き顔に変わった。

「……ねえ、みーちゃん、死んじゃった。」

俺は黙って小刻みに震える肩を見つめた。

「私には……みーちゃんしかいないのに……」

そっとダンボールを地面に置き、子猫を持ち上げ彼女が抱きしめる。濡れたまつげが微かに動くのを見て俺は正面から子猫ごと彼女を抱きしめた。


「……俺が、いるだろ」

冷たい体を更に強く抱き締めると、唇から漏れた吐息が耳元をくすぐった。

「一緒に埋めてやろうぜ」
「……ん、」
「おまえは、俺が守るよ」
「……」
「ひとりに、しねえから……」

——俺が守ってやる。だから、

みーちゃんしかいないなんて、言うなよ……。


「好きだ」
「……え、」

俺の背中に回された右腕が力なくシャツを握りしめた。地面に落ちた傘が雨に打たれる音を聴きながら俺は彼女にそっと口付ける。

雨と涙に濡れた冷たい唇の感覚が俺の頬を火照らせた。俺たちは抱き合ったまま二人の体に包まれた子猫の温もり、命の灯が消えて行くのを静かに見送った。

「おまえが……好きだ」
「……私も、あなたが、好き。」


何度か触れるだけのキスを重ねたあと俺達は子猫を大きな木の下に埋めて花を買いに行き、子猫を埋めた側に、そっと供えてあげた。

公園を出て彼女は別れ際に幸せそうな顔で、俺を振り返って言った言葉。


「湘北、絶対私も行くから、待ってて！」


子猫と彼女、三人で過ごした日々の出来事と……あの日の彼女の最後の笑顔が、いまでもしっかり目に焼き付いている——。


——待っててやるよ。ずっと、待ってるからな。










　それは今でも 恋 なのですか？



（ねえ花道ー、バスケ部員ってあれだけ？）
（あ？知らねえ、たぶんな。）
（なんだ、名前。人探しか？）
（洋平……。うん、でも……いないみたい）
（あー、あれか！��猫の人�£Tしてんのか！）
（洋平っ！声が大きいって！！）
（ハハハッ、本当に湘北なのかー？その人）
（あぁ……、幻だったのかも知れないね。）