君と駆け抜ける午後
ほらね?こんなにもナマエちゃんは淫ら。不埒な空気に刺激された性感帯は、いつにも増して敏感で。その瞳で俺を誘って。
その瞳は
どこまでも綺麗なんだ。
今日は快晴。
俺はレディーたちにデザートとドリンクを持っていくため、キッチンを出た。
ドアを開けると、そこには突如この船に降り立った謎の少女、ナマエちゃんの姿。
「わ!サンジくんだ」
俺が急にドアを開け放ったもんだから、ナマエちゃんは少なくとも驚いているようだった。あたりまえか。
「なにしてたんだい?」
俺はそばにあったサイドテーブルにお盆を置いて、ナマエちゃんのもとへ、一歩、歩を進める。
「あは、ちょっとね。私ああいう賑やかなの得意じゃないから」
言いながらナマエちゃんは、甲板で騒ぐルフィいらを指差して、どうぞ、と俺に道を譲る様に手を促して、身を通路の壁に寄せた。
「ありがとう、別にあんなのに混じる必要はないよ」
ナマエちゃんは、ウソップお手製のうちわを手に、ぱたぱたと自分に冷風を送っている。
季節は6月。梅雨は蒸し暑い。
「……ていうか、ナマエちゃんなんかいい匂いがするね」
「え!?」
俺がそう言うと、ナマエちゃんは、ぱっとうちわで扇ぐのをやめた。
「そ、それは裏を返せば汗臭いってこと……?」
「そう聞こえた?おかしいな、そんなこと言った覚えないけどね、俺」
「……」
急にナマエちゃんは黙った。
そして唇をとんがらせながら、小さく言う。
「サンジくんて、いじわる」
意地悪。
意地が悪い。
知ってる。
「それは、偏見かい?」
「ちがうよ」
「ならナマエちゃんだっていじわるだ」
「……!もうっ」
ナマエちゃんは、くすくすと笑った。
小さく響いた笑い声が、頭を通り抜ける。
それだけで、彼女の微笑みだけで、いやなことなんて全て忘れてしまえそうなくらいに。
「……」
風が吹いた。
梅雨の季節に似合わない、少し冷たい、細い風だった。
その風は甲板から入ってきて、ナマエちゃんの髪をすり抜ける。彼女のシャンプーらしき匂いが香り、俺の鼻孔をかすめる。
ナマエちゃんは目を瞑ってその風が通り過ぎるのを待っていた。
『綺麗』だった。
正直、
いままで見て来たでレディーの中でもずっと。
ずっと。いちばん。
ずっと、『儚い』。
「……」
どうしたら、そんなに何にも染められずに、生きていけるんだ?どうしたら、『綺麗』になれるの?汚い俺には分からない。
こうして全てに於いて、一定の距離を保たなければ生きていけない、俺には。
剣士みたいな真摯さも
狙撃手みたいな無邪気さも
船長みたいな一途さも
俺にはない。
「……サンジくん?」
ふいに、ナマエちゃんが俺を覗き込んだ。
あ、駄目だ。なに考えてる。
こんなときに、覗き込むなよ。
まだ思考が終わってない。
表情に────
「泣きそうだよ?」
出る、じゃないか。
「……そんなこと、あるわけないだろ」
「うそ。現にいま、泣きそうな顔してるよサンジくん」
「……」
ああ。
この子は。
馬鹿だ。
「……仕返しか」
それなら納得だ。
「なに?」
「ううん。何でもないよ」
俺は前を向き直して、甲板を見据えた。
あいかわらず賑やかな仲間の声。
「あ、もうわたし時間だ。そろそろ行くね」
ナマエちゃんも俺と反対の方向へ身体を向ける。うちわを持ち直して、にっこりと微笑む。
時間?
「……サンジくん?なに?」
自分の目の前に腕を広げられたことに、不信感からか眉をひそめる彼女。冗談じゃない。何のために、わざわざ足音に聞き耳を立てて、偶然を装ってドアを開けたと思っているんだ。
俺はふっと微笑む。
「行かせないよ?」
ナマエちゃんは、ますます眉をひそめた。
「なに言ってんの?冗談はやめてよね」
冗談?
「そっちこそ。なに逃げる気満々なの?冗談だろ?」
首を傾げてみせると、
「いじわる……」
彼女はしょげた。
「意地悪、ね。ていうかナマエちゃんさ、まだお昼寝の時間じゃないでしょ?」
彼女の肩が、ぴくりと動く。
「俺がデザートを持って出て来る時間を見計らって、こっそり抜けて来たんだろ?」
あーあ。
教えてくれよ、頼むから。
「お望みなら、既成事実……作りますよ?お姫様」
どうしたらそんな『綺麗』に、
人を騙して生きて行けるんだ?
「………」
ナマエちゃんは溜め息を吐いた。
まるで全ての悪いものを吐き出すかのように。
それすら、
『綺麗』だ。
そして口元を上げて、
「逆光源氏計画?」
完膚なきまでに、『美しい』。
そんな瞳をして俺を見ないで。
さあ、
この子はどうやって汚そうか?
壊したい、乞わしたい、請わしたい、
────恋わしたい。
君と駆け抜ける午後
縫いとめた心[ PREV | NEXT ]
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