がんばる君へ new
真っ白な雲が流れていくのを見ていた。日差しが暖かくて、昼寝にはもってこいだなと言えるような、そんな穏やかな午後。俺は、寝転がって目を閉じる。甲板で騒いでいる船長や狙撃手の声。音楽家の楽器の音、カモメの鳴く声、波の音。
普段は当たり前になっていて気付かないような、小さな音までしっかりと耳に入ってくる。
心地いいな……このまま寝入ってしまいそうだ、と思っていたとき。
「ねぇゾロ」
密やかな声。ついさっきまで隣で自分と同じように寝転がっていたナマエの声だ。彼女はいつの間にか起き上がっていたようで、俺の横で膝を抱えた体勢でいまは空を見上げている。
「ァん?」
「人を好きになるって、どういうことかな」
ナマエがいきなり突拍子もない事を言い出すのもさすがに慣れては来たが俺は今された質問の内容に思わず小さくため息を吐いた。
「……さぁな。急になんだ」
「……好きになっちゃいけないってわかってる人をどうして好きになっちゃうのかなぁ、って」
伏し目がちで話す彼女の表情はやや暗い。
いつもの底抜けの明るさと笑顔が嘘のようだ。
「好きになっちゃいけねぇ人?……例えば?」
「好きな相手がいる人……とか。あっ、違うよ?私が好きなんじゃないよ?たっ、例えばの話ね?」
慌てて『例えば』を強調するナマエの動揺は明らかだったけれど、あえてそこはスルーした。
「しょうがねーだろ。そういう感情って、自分でコントロールできねぇだろうしな」
「……そ、そうかな」
それでもまだ浮かない表情のナマエ。どうやら今回の悩みは相当のモンらしい。そして何故そんな相談を俺にするのか謎だ。けれども……
「お前はアレか、奪いてぇのか?」
こちらもたまには真剣に相談に乗ってやるかと、そう訊ねてみるとナマエは勢いよく顔を上げた。
「ちち、違うよ!そんなこと全然思ってないよ!ただ……」
「ン?ただ?」
「どうやったら、諦められるのかなぁって……」
尻すぼみして言ったナマエはまた押し黙る。
他人の、しかもナマエの恋愛相談になんて乗ってる場合じゃないんじゃねーのか、と自分で自分に突っ込みと入れたくなる。が、どうも落ち込んでいるナマエは見たくなくて俺は言葉を続ける。
「まあ、よくわかんねーけど……無理に諦めようとかは、思わなくてもいいんじゃねーのか」
真剣に、しかも後押しするようなことを言ってしまう自分はやっぱりバカだなと思う。
「好きなもんは好き。それでいいだろ、いまは」
「……え?」
「焦んなってことだ。いつかその気持ちが変わったときに結論出せばいいんだからよ」
いま言った言葉の半分は、自分にも言い聞かせたつもりであることは心の奥に秘めておく。
「この気持ち、いつかは変わるの?」
じっとこちらを真剣に見つめながら聞いてくるナマエ。俺はゆっくりと視線を正面に戻す。
「きっとな。それがそいつへの気持ちが薄れて別の誰かを好きになるか、どうしてもそいつがいいと奪いたくなるか、それはお前次第だと思う」
「……」
「どっちにしろ、そんとき考えりゃいいだろ」
あくまでもこれは俺の個人的意見にすぎないけれど、それでもナマエは頷きながら俺の言葉に真剣に耳を傾けていた。
「……そっか」
「ああ」
「そうだね!!」
そう言って顔を上げたナマエの表情はいつも通り明るくて、まあ……よかった、と思った。
「そっか、好きでいていいんだ」
ポツリと呟いた後に「あ、違うよ?私じゃなくてね」なんて、今になってもまだ否定しようとするナマエがおかしくて思わず吹き出してしまう。
ナマエはなんで笑うの、とふくれていたけどすぐにまた笑顔になって今度はふたりで笑い合った。
「……ありがとね、ゾロ。ゾロっていい奴だよね」
「あ?………そこは��いい男�≠チて言えよ」
素直に褒められるのが恥ずかしくて、照れ隠しに言っただけなのに……
「うん、いい男ってのも認めるよ」
なんて言われてしまったがために、ますます返す言葉に困る。けれどナマエからまた「そう言えば、」と言葉を紡いでくれた。
「ねえねえ、ゾロ。」
「……?」
「そろそろ誕生日でしょ?」
「……あ?そうだったか?」
「そうでしょ、11月11日でしょ?」
「あー、もうそんな時期か」
「なにか欲しいものある?」
「ゾロには特別お世話になってるから私奮発しちゃうよ」なんてワクワク顔で言われてしまうと堪らない。だって俺に欲しいものなんてない。あるとすれば……
「……」
「……え? ないの? なにも?一個も?」
「……ナマエ、」
「えっ?」
「おまえ。」
「……」
突如その場に沈黙が広がり、カモメの声とか遠くから聞こえるルフィたちの笑い声だけが、二人のあいだを無情にも通り抜けていく。
「おまえ……から、貰いたいもんなんてねーよ」
「……あっ、そういう意味か。びっくりした」
「……」
「……そっか、じゃあ私が勝手に選ぶね」
「人の話聞いてたかァ?だから、いらねーって」
「いいの!私が選ぶの!」
俺の言葉を遮ってまで強くそう言われてしまえば当たり前に返す言葉もなく俺はまた口を閉ざす。
「ねえ、ゾロってさぁ?」
「……あ? 今度はなんだよ」
「何で特定の相手いないの?ゾロモテるでしょ」
好きな人でもいるの?と興味津津といったふうに聞いてくるナマエ。
さっきは焦るなだとかナマエに言っておきながら自分自身焦る気持ちがないとは言えない。だから少しくらい気付かせてもいいだろうと開き直る。
「いる。」
「え……!」
言いよどむことなく肯定してみれば、ナマエは、心底驚いたと言いたげに俺の顔を真っ直ぐに見つめ返して来る。
「けどそいつ、他に好きな奴がいるんだってよ」
「あ、そうなんだ……」
「しかも、その男にも好きな相手がいるってのに諦めきれないらしい。まったく不憫なもんだ」
「そう……」
「そいつ、俺にくだらねー相談ばっかしてくるし人の話聞かねぇし鈍感だし、全然女らしくもねぇヤツなんだけどな」
「……」
「なんでかわからねぇが、」
「……」
「……好きらしい、どうやら俺は。そいつを」
そのまま俺が押し黙ったからいくらなんでも少しは気づいただろうと思ったけれど、ナマエがいきなり立ち上がったのでぎょっとする。
「ゾロも辛い恋をしてるんだね!!」
なんて何やら楽しそうに言うので呆れ返って言葉も出ない。
「同じ悩みを持つ者同士!辛いときは励ましあってお互い頑張ろうよ!」
「わたしも諦めないから、ゾロも諦めちゃだめだよ!?」と、さっきまでぐちゃぐちゃと悩んでいたくせして、諦めないなんて堂々と宣言してくるナマエ。どっちだよ、やっぱこいつバカだな。
そんなナマエは、もちろん俺の気持ちになんかに気づいているわけもなく、しまいには……
「大丈夫!!ゾロはいい奴だからきっとその子も振り向いてくれるよ!!」
と言い残し、背中に音符を
「……」
ナマエが去った後の甲板は今では静かで、まるで台風が過ぎ去った後のようだった。ナマエの鈍さは呆れを通り越して笑えてくる。パタパタと船内を駆けていくのが聞こえなくなってから俺はまた寝転がり、空を眺めて目を細める。
「気付けよ、ばーか。」
もちろんこの声は彼女には届かないけれど
なんだか、清々しい気分ではある。
「……諦めちゃダメだよ……か。」
想い続けるなんて柄じゃねえけど、ナマエに後押しされちまったしな。いつかは振り向いてくれるっていうし(あてになんねぇけど)
「仕方ねえか……」
長期戦覚悟で、待ってやろうじゃねえかよ。
さっきよりも心なしかもっと青く見える空。俺は数分前と同様に遠くの波の音を聞きながらゆっくりと目を閉じた。
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