いい加減くっつけ

島から船に戻る帰り道。夕焼けを通り越し、夜に姿を変えた街並みを横目に帰路に着く。この島に上陸して何日経ったのだろうか。毎日、変わらない風景に安心を感じつつも、普段とはちょっと違った要素に静かに胸を高鳴らせていた。

じっと、前を歩くゾロの背中を眺める。
出会った頃と比べて少し背が伸びたゾロは、背中だけ見ても更に男らしくなったなと感じられた。「男性」というのを抜きにしても出会ったときからゾロは私よりも先に成長してしまう。その背中を追いかけることは慣れていた。
だけど、慣れたからといって、飽きたということは決してない。今もそうだ。前を歩くゾロに、なんかしたくて堪らない。

それは意地悪とか悪意があるものではなく、ただ単純にかまって欲しいがための行動だった。だけど私がちょっかいをかけると、大抵、ゾロは烈火のごとく怒るのだ。

口元を軽く尖らせて、ゾロの背中をじっと見つめる。スタスタと先を歩くゾロは、自分から一緒に街に出ようと誘って来たにも関わらず、私に構うことなく帰路を急ぐ。

──足の長さが違うんだからそんなに速く歩けないってば。

恨みがましい視線を向けつつも、ゾロの服の裾を引く。思ったよりも強く掴んでしまったようだ。反動でゾロがぐいっと海老反りになってしまう。
突如かかった重圧が気に食わなかったのだろう。ゾロはものすごく嫌そうな顔をして私を振り返った。

「だあああっ!ひっぱんなっ!!」

やっと立ち止まってくれた。
ほんの少し胸が高揚したのも束の間で、ゾロが乱暴な手つきで私の指先を振り払ってしまう。確かに少し強く引っ張ってしまった私が悪いのかもだけど、そんなに本気で怒ることないじゃんか。

「ごめんってば。でもゾロ歩くの速いからァ」
「ナマエの短い足と違って俺の足が長ぇんだから仕方ねェだろっ」

甘えたように言ってみてもなにひとつゾロには通じない。憎まれ口を残したゾロは、乱暴な手つきで掴まれた裾をぐいっと自分の方に寄せて、また私を残して歩みを進めてしまう。

数歩分、早歩きしてその背中に追いつく。そのまま普段のスピードで足を進めていると、その距離が離れないことに気がつき、ゾロがいつもよりも歩みを遅くしてくれたことを知る。

気をよくした私は、えいっと一歩分飛び込んだ。これで晴れてゾロの隣に並んだことになる。そのまま距離が離れないことに、口元をにんまりと緩めた。だけど、機嫌がよくなったのも、ほんの一瞬だった。気持ちが上向くままにゾロに話しかけようと試みたが、ゾロは相変わらず怖い顔をしたまま、まっすぐに前を向き、一心に歩みを進めていたからだ。これではさすがの私でも、会話をスタートさせるきっかけが見い出せない。

浮かんだ気持ちがまた沈んでいく。悔しくてゾロの腰に掛けられた刀の柄の部分に手を伸ばし、意味もなく、ぶんぶんと二回揺すってみた。私の何気ない行動ひとつに対しても、ゾロは過剰なまでの反応を示した。

「やめろって言ってんだろっ!ナマエッ!!」
「だってぇ………」
「ったく、鬱陶しいやつだな……」

チッと舌を打ち鳴らしたゾロにまたしても手を振り払われる。挙句の果てには、もう刀にちょっかいをかけられないようにと、がっしりと刀の柄の部分をゾロの掌で覆われてしまう。
チラリと上目遣いでゾロの表情を確認したが、ひどく顰めているということを印象づけるだけだった。ぼうっとその表情を見上げていると、ゾロは咎めるように唇を尖らせ、私の額を小突いた。

「あー、ったく。しゃきしゃき歩けっつの」
「わかったよう……もう、すぐ乱暴するんだから……」
「人聞きの悪いこと言うなっ!」

額に二回目の衝撃が落ちる。痛む額を右手で抑えながらゾロを睨めつけたが、ゾロの鋭い視線が返ってくるだけだった。
不貞腐れて唇を尖らせたのは、ゾロだけじゃないし。
ぶすっと腑に落ちない、というのを隠しもせずにゾロの隣を歩く。

「行くぞ」と誘って来たのはゾロだ。
私はそれに同意しただけなのに、ゾロはまるで私が居ない者かのように振舞う。無視して、先に歩いて、話しかけても反応してくれなくて、ちょっかいかけたらやっとこっちを向いてくれるけれど、それも長くは続かない。こんなの、一緒に来た意味なんてないじゃない。

出会った頃みたいに深い意味も持たずに、気兼ねなく手を繋ぎたいなんてわがままを言うつもりはないけれど、ちょっとくらい構ってくれたっていいじゃないか。

右手の人差し指をそろりと伸ばす。
ゾロのズボンの後ろポケットに突っ込んで引っ張ってみたけれど、力が弱かったのか、特にゾロは反応を示さない。そんな状態でじっと見上げたところで、ゾロがこちらを振り返ることはない。

小さく溜め息が漏れる。
眉を顰めて俯いていると、途端に目の前が陰った。
顰め面のまま、目線だけを上げると、ゾロが怪訝そうな顔をして私の顔を覗き込んでくる。

「……なんつー顔してんだよ」

私が膨れっ面をしていることに気付いたゾロは呆れたように長く息を吐き出した。
私がこんな状態になっているのは、間違いなくゾロのせいだ。それなのに、あたかも自分が迷惑を被っているのだと言いたげなゾロの態度が気に入らない。結果、私はますます唇を尖らせて、不愉快であることを表に出さざるを得ない。
ふいっと視線のみならず、顔全体をゾロから反らすと、ゾロが小さく笑う声が聞こえた。

その音に釣られて横目でゾロの表情を確認してしまう。ゾロは笑っていた。
泣く子と地頭には勝てない、とでも言いたげなその表情に、ますます気持ちの奥底が意固地になっていく。ゾロが私のことを適当に扱うから怒ってるのに、どうしてゾロは笑ってんのよ。

「お前なァ、何でそんなに機嫌悪ぃんだよ」
「だって……ゾロが無視する……」
「あー……もう、悪かったって」

笑いながらゾロは、先ほど小突いたばかりの私の額を労わるように撫でた。跳ねた手のひらはそのまま下ろされると、私の右手を掴んだ。
暖かな熱がじんわりと肌に馴染んでいく。
出会った頃から触れていた体温は、気持ちが成長することで差が付いた大きさの違和感を、いとも簡単に打ち砕く。

右手を強く引かれた。
突然の衝撃に、思わずバランスを崩しそうになり、たたらを踏んでしまう。
足元がおぼつかなくなった私を振り返ったゾロは、小さく笑い、一方的に掴んだだけの手を離し、今度はお互いの指を絡めるようにして握ってきた。

「おら、ナマエ。さっさと船戻んぞ」

あぁ、もうこの人のこういうところが堪らない。
私が考えていることなんて絶対に解ってくれないくせに、自分のしたいようにしてるだけのくせに、私がしてほしいことをさらっとしてくれる。

普段は、単なる仲間だとか、目を離すと危ないから俺が保護者をしてるだけだ、なんて口にするくせに、この手の繋ぎ方は誤解しちゃうじゃん。
羞恥と悔しさでいっぱいになった私の頬は、夏の暑さになんて負ける気がしないほど、燃えていることだろう。

「……どこで覚えてきたの、こんな握り方」
「別にどこだっていいだろ。嫌なら離す」
「嫌じゃないけどぉ」
「けどなんだよ」
「……知らないっ!」

悔し紛れに憎まれ口を叩いてみた。
怒ったふりをして、絆されたりしないと振る舞いたかった。だけど、私がいくら眉をハの字にしていても、ゾロの態度は変わらない。そういうのも全部、見抜かれているからこそ、ゾロはこの手を離さないんだ。

「つーか、ナマエの方こそ、この前こういう握り方してきただろうが……どいつに教え込まれたんだよ」
「私は───……」
「あァ?」
「私はナミから教えてもらったんだもん。ゾロみたいにやらしくないもん」
「……はっ。だと思った」
「なによぅ」

さっきまでちょっと怖い顔してたくせに、またしても機嫌良く笑うゾロがよくわからない。
ニヤニヤとした口元を隠さないゾロは、怪訝そうに見上げる私を見下ろし、口元をさらに歪めた。

「俺はこういうのは、お前としかしたことがねぇからな」
「えっ……ゾロ、童貞なの?」

思うがままにポツリとこぼすと、繋いだばかりの手をいとも簡単に振り払われた。

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