いつだって君はずるい

たとえば────
それは他人からすれば至極他人事で、どうでもいいことなんだろうなと思う。
ただそんな些細なことで傷つく私が、大袈裟なだけなのかもしれない。

私は現実から逃げていて、
“仲間”なんてできなくていいと思っていて
知性も運動も、戦闘すらも、できなくていいと思っていて、
宴も目立たずに、ただしたいことだけして生きようって思ってた。

だからどんなに後ろ指差されたって平気だった。この世界に降り立った瞬間から、自分でそう決めた道だったから。

海図が解けなくても、
ダンベルが上がらなくても、
船に乗り遅れて笑われても。
戦闘力が一味の中でビリでも、
規則をやぶって逃げ出しても、
逃げ足すらビリでも。

なんにも悔しくなんてなかった。

この人生は捨てよう。
たった数十年でしょう?
次に生まれ変わったらもっと楽しいことがたくさん待ってる。

前世の人生とは違うから。
どんどん狭くなる視界だって知ってたはずでしょう?苦しくなることだって目に見えていたでしょう?

それなのに。



「………」

後ろに手を組んで、カツカツと靴底の音を響かせて、知らない島の、道路なんだか、土なんだかよくわからない道の上をひとり歩く。

腰に掛けた重くないポシェットがやけに重くて笑った。悔しくないと言い聞かせるのに涙ばっかり出る自分に笑った。麦わら海賊団の船内で、ほんのちょっと、悔しい思いをしただけだ。(ジャンケンに負けてサンジくんのおやつ貰い損ねた)このクソったれなプライドのせいで自分の思いがうまくいかなくて。

「…へっくし!」

夜も更けてきた知らない島の海風。
潮の匂いが鼻腔をかすめた。思わず出たくしゃみ。三寒四温といえども、3月の夜はまだ冷える。

「あー…」

鼻水をズズッと啜って、私もたいがいガキだなぁと思う。

そんなことを考えていると、小さな広場が目に入る。歩きながら、寒いしこのまま無意味に歩いているのも無駄な労力だと思ったから、適当にベンチに座ることにする。そう思って広場内に足を踏み入れると、ベンチには既に先客がいた。

「………」

他に行こうか、と思ってあたりを見渡しても、この広場はあまりにも敷地が狭すぎて寛げるような空間はないらしく、ベンチしかなかった。どうしようとただ立ち尽くしていると、「ナマエ?」と自分の名前を呼ぶ男の人の声。

同姓同名の人がいるのかと思って見渡しても広場には私しかいなかった。

「…私?」
「テメーしかいねぇだろ」

自分を指さして問うと、そんな答えが返ってきた。誰かと思ってよく目を凝らすと、酒瓶を煽ったロロノアゾロだった。

「なんだ、ゾロか」
「なんだとはなんだ、失礼なヤツだな」

ゾロにバレないように涙をこっそり拭いて、彼の座るベンチに近づく。もう一個の隣のベンチに座ろうと目をやると、ゾロ愛用の三本の刀が置いてあってそれは敵わなかった。
どけてよ、と目で言うと、ゾロは気づいたらしかったけどなぜか無視して、私の右腕を急にぐいっと引っ張った。

「!?」

ゾロの前に立たされる形。手はまだ離れなかった。

「ちょっと、なに」
「いーから」
「………」

そして、沈黙が生まれた。広場の周りは島民たちの家が立ち並び、カチャカチャとどっかの家の食器洗いの音が聞こえた。お皿同士のぶつかり合う音。
広場の前を1台の自転車が通り過ぎた。

「………」

ゾロの手はいまだに離れなくて、腕を掴まれたまま。どうして自分が今、こんな状況なのかわからなくて、とりあえず気まずかった。

紛らわすようにその腕を見詰めていた。するとゾロの腕がするっと下に動いて、私と手を繋ぐような形になった。

「……」

恥ずかしくて思わず顔を反らすと、ざりっと靴が地面を擦る音がした。私の音だ。
その音のすぐあと、ゾロはふと私の手を持ち上げた。何かと思ってまた目を向けると、ゾロはまじまじと私の手を見詰めていた。

「あ、あの…」

手を引こうと少し動かすと、爪の先にちゅっとキスされた。

「えっ」

思わずそんな言葉が。
顔があつい。どうしよう、急にすごく緊張してきた。

「泣いてただろ」

ゾロはぽつりとそう言葉を発した。
バレてる。なんて返せばいいのかわからなくて、私はただ無言で。

「………」
「………」

今はなにを言っても言い訳にしか聞こえなさそうで。

「………」
「………」

たとえば、こいつが、私が泣いた理由を少しでも訊ねてくれたら。

「………」
「………」

たとえば問い質してくれたなら、
私はきっと失敗なんてしなかった。

「………」

このつまらないプライドが意地を張ることもなかったのに。


「…ッ」

ただ、この空気がどうしても優しかったんだ。
バカな私の心には。

「………」
「…っ、っく」

流れる雫を必死で押さえた。
ただ顔を背けることで必死だった。

「う、っく、ひっ…」

空いてる左手で口を押さえる。醜い嗚咽が駄々漏れだった。
ゾロは私をわかってた。
ここで抱きしめられでもしたら、私はきっと彼を平手打ちする。

そんな甘いもの、私にはいらない。

このプライドがそんなこと許したりしないの。

「ご、めん」
「…別に」

ただこの手だけは離れてほしくなかった。
私が泣きやんだ後も離れなければいいと密かに願った。心の奥で。

「………」

震える指を、
強く握ってくれていた。

私が泣きやんでも、
この手を離さないでいてくれたら。


「…もの好き、だね、ゾロ」
「ああ、知ってる」

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