半田が虚偽彼氏

※n年後設定


 彼女いない歴イコール年齢。この人生で告白された回数はゼロ。女友達は一応いるけどそう多くはない。かろうじて義理でバレンタインチョコをありがたくももらったことはある。
 そんな、なかなか切なめのステータスを持つのが俺、半田真一だった。まだ言われたことはないけど、ばーちゃんあたりに「真一ちゃんのお嫁さんはどんな子だろうねぇ」とか言われたらたぶん俺は死ぬ。まだその辺には想いを馳せないでくれよ、ばーちゃん。

 家から程近い距離にある商店街。引っ越し経験のない俺は、幼い頃からよくここの世話になっていた。商店街はいい。手とか繋いでベタベタいちゃいちゃしてる男女が正面から歩いてきて虚しさに駆られることがないから。カップルが地元の商店街をデート場所に選ぶことは、早々無い。
 今日は青ひとつ見えない曇り空で、朝から気分もあまりノッてなかった。だから特に用事もないけど、気晴らしにいつものスポーツショップにでも行くかと、使い古したスニーカーを履いていたところで、母さんにおつかいでケチャップを二つ頼まれた。片方はストック用だ。そこに気は回るのに何故突然切らすのか。あれやろうぜあれ、ローリングストック。ちなみにこの言葉は、中学のパソコン授業の時、自分の必殺技名を戯れに検索しようとしたら出てきて知った。はい余談終了。
 大学に入った今でも、俺はサッカーを続けている。本格的な就活はまだまだ先だけど、なんとなく、将来はサッカー関連の仕事に就けたらいいなと、最近はよく思うようになった。たぶん俺にはプロになる実力はないんだけど(結局FFIのメンバーには一度も選ばれなかったことからもお察しだ)、それでもやっぱサッカーが好きだから、自分なりの形で、関わり続けていけたらなぁと思う。マックス(覚えてる? 変な帽子被った、松野空介ってヤツ。どうやら腐れ縁らしく、同じ高校、大学に進学した。学部は違うけど、いくつか共通の講義が被ったり、たまに一緒に昼メシ食ったりって感じだ)は、最近は趣味で動画の編集とか学び始めてるらしい。いつかサッカー動画とか撮ってみようと思ってんだって。とりあえず、そん時は俺も撮影に呼んでって言っといた。

 ケチャップ持ってフラフラすんのもあれだから、先にスポーツショップのほうへ向かおうかな。自分を取り巻く環境ってのはわりとどんどん変わっていくものだが、ここの町並みだけは昔からそう大きく変わらないのは安心感を覚える。商店街の入口上部には、「祝 雷門中学蹴球部 フットボールフロンティア優勝」とでかでか書かれた横断幕が渡っていた。今年も母校は栄冠を手にしたのだ、流石だ。

「いたいた」

 なんて首を反らしながらしみじみ考えていたら、ぽん、と肩に何かが触れた。さらに間を空けずに、するりと俺の腕に何かが絡まってくる。

「はっ!?」

 え? 何? 何事? なんて声をかける間も無くその声は畳み掛けてくる。

「も〜勝手にどっかいかないでよ条介くん」
「じょっ……」

 視界に映り込んだ誰かの頭に、いやいや真一くんですが!? と内心ツッコむ。つーか『ジョースケくん』ってなんかどっかで聞いたような……。
 その人が──いや、そいつ・・・がちらりと顔をあげる。冷めた目つきに、愛想のない顔つき。あのピンクのヘアピンはもう付けてないけど、その程度で面影は揺らがない。
 未だかつてないくらいの至近距離で目が合ったのは、俺の中学時代の数少ない女友達、華那芽だった。

 





「ごめんごめん。なかなかあの男振り切れなくて困ってたんだよね」

 華那芽に声をかけ続けていたという男は、俺の姿を認めるや否やつまらなそうに顔を歪めて去っていった。残された俺たちはというと、商店街入口の軽く端に寄ってそのまま立ち話する形になっていた。
 軽く言い訳する華那芽は何一つ気にしていないようで、睫毛の長さも分かっちゃうようなドアップの顔をずっと引きずってる自分がなんか童貞くさくて、いや童貞だけど、あコレ内緒ね、とにかく格好悪い気がして、どうにか脳内で掻き消す。
 それにしても、同級生、いや元だけど、がナンパされてるとか、ちょっと変な感じがした。華那芽は確かに顔は悪くないっていうか、それどころかむしろ……だけど、中身が中身だから男子に「そういうふう」に見られてるところなんて、全然見たこともなかった。
 なんか、知ってるやつの知らない側面を見ちゃったような、ソワソワして落ち着かない感じ。なんだろ、これ。微妙に嫌だ。自分だけ取り残されてしまったような、妙な感覚を覚えた。いや別にモテることが成長の証とかそういう話ではなくて。

「向こうから商店街までずっと着いてきてさぁ……」
「いや、いいけどよ……っていうか、なんだよジョースケくんって」
「いきなり下の本名呼ばれたら気持ち悪いでしょ」

 そう? そんなことを言われて、つい妄想してみた。華那芽が俺のことを、さっきみたいに少し高い……大袈裟に言うならちょっと甘い声で、「真一くん」なんて呼んでくるところを。それがまた、気持ち悪いどころか、なんか、ちょっと予想外に悪くなくて、口が変にニヤけそうになったところを慌てて耐えた。バレたらむしろこっちのほうがキモがられそうだ。
 あと、今思い出した。ジョースケくんはたぶんアレだ、華那芽の従兄っていう綱海条介。俺はあんまり話したこともなかったけど、あの華那芽が男子を下の名前で、しかもくん付けで呼んでたものだから印象に残っていた。中学の時に、イナズマジャパンとして活躍し、(本当はエイリアのあの時にも会ってるんだけど、俺の余計な黒歴史も一緒に引っ張り出されることになってしまうので、そこは黙っておく。)今は大学サッカー界でも名前を聞く存在となっている。
 一瞬、「華那芽、彼氏できたのかよ……」と思って、なんかちょっとだけ焦ったのは本当に絶対絶対内緒だ。いや、この焦りは同級生に置いていかれた焦りであって決して華那芽がフリーじゃなくなっていたことに焦ったわけではない。断じて。いや、だからフリーじゃないということではなかったんだけども。──いや、待てよ。別に、とっさに俺を彼氏役にしたからといって、誰か男の名前を呼びたい場面でとっさに身内が出てきたからといって、華那芽に彼氏がいないとは限らないじゃんか。……え? いる? 彼氏いるの?

「……なに?」
「へっ!? あ、いや別に!?」

 不自然に見つめたままになってしまい、怪訝そうな顔を向けられて思わず声が裏返った。え、いるの? いるのか? 別に、いてもおかしくはないもんな。想像がつかないだけで。
 こちらを見上げる華那芽は、昔は同じくらいの目線だったのにいつの間にか少し身長差がついていて、上目遣いが妙に新鮮だった。最後に会った時よりも顔はちょっと大人っぽくなってて、メイクとかもしてるんだろうか(詳しくないので分からないが)、やっぱり前よりも綺麗に……いや今のナシ、言葉のあやってやつね、マジで。あああ、死ぬ。
 頭をぶんぶん振って、俺は改めて華那芽と視線を合わせる。

「……華那芽はさぁ、俺と一緒にいていいの?」
「はぁ? なにが」
「いや……なんかこう、急にお前のか、彼氏とかと鉢合って、俺殴られたりしねぇ?」
「そんな野蛮な彼氏おらんわ」
「野蛮じゃない彼氏いんの!?」
「いないけど」
「えっ、ふ、ふーん」

 そっか……いないんだ。思い切って聞いてみてよかった。なんかスッと胸がすくような感じだ。でも絶対気取けどられたくないから、どうにか普通の顔を作って、とくに意識なんてしてませんよというテンポで話を続ける。

「華那芽は彼氏作んねーの?」
「なにで? 小麦粉から?」
「ブッハァッハゴッホゲッホ!!」

 死んだ目で切り返されて、腹から急激に飛び出した二酸化炭素に耐えきれず、俺は盛大に噎せた。く、くそ、まじで! こいつ、いつもデフォルトでちょっとつまんなそうな顔しておきながら、ホントそういうとこある。そういうとこ、全っ然嫌いじゃない。

「あんたこそ彼女作んないの」
「いややめろよ! できるもんなら作ってるわ! ってかなんで俺が彼女いないの知ってんだよ!」
「いたらあんな質問しないでしょ」

 華那芽は、ふっ、と小さく笑った。珍しいけど、他の元クラスメイトの奴らと比べたら、きっと俺はこの顔をよく見ていた。華那芽が持つ鋭角が削れたような、やわらかい顔。
 そんなふうに俺がちょっとだけ優越感に浸ってるうちに、華那芽は元の顔に戻っていて、肩の鞄を軽くかけ直していた。

「んじゃ、私そろそろ行くわ。じゃあね」
「え、商店街寄らねーの?」
「いや、あの男振り切ろうととりあえず歩いてただけ」
「ふーん……そっか」

 華那芽は名残惜しさのひとつも見せず、あっさり踵を返した。相変わらずつれねーなぁ。久々に会ったってのに。まあ、華那芽らしいといえば華那芽らしい。
 そうやって心を納得させようとしたけど──やっぱり、せっかく偶然会ったのに、このまま別れるのが、なんかどうにもちょっと惜しい気がして、俺はほとんど無意識に「華那芽」と呼んでいた。

「ん? なに?」

 華那芽は二、三歩ほど歩き出していたのを止めて、髪を揺らして振り返る。俺は二、三度ほど瞬きをして、口を開いた。

「あ……のさ、今度、染岡と円堂と、木野も誘ってさ。どっか……メシとかでもいいんだけどさ、どうよ」

 ──昔好きだった曲を聴くと、それをよく聴いていたその頃の気持ちとか、環境とかを思い出す。
 腕に絡んできた華那芽を見て、最初に喉から込み上げたのは懐かしさだった。それから、埃っぽい、小さなあの部室に皆で集まってボールを追いかけたあの頃が。出会ったばかりで、ただ好きという気持ちだけでがむしゃらに走っていたあの頃が。もう戻れないあの頃が、なんとなく、急に愛おしくなって。
 あそこには、確かな安寧が横たわっていた。それにすがらなければならないほど、心が弱っているわけではないけど。それでも、どんどん進んでいく日常の中、俺はこのままでいいのかとか、将来に漠然とした不安を抱えたりだとか、名状しがたい寂しさに襲われることはあって。なのに時間は止まってはくれないし、戻ることもない。
 そんな中、確かに存在したかつての記憶は、思い出としてちゃんと俺の中に刻まれていて。それを、時折、ふいに心が求めた。

 華那芽という俺のダチは、昔好きだったあの曲みたいに、あの小さい部室に宝物のように閉じ込められた俺の青春を引き出す。

「……、」

 二の句は継げなくて、少しの沈黙が間を結んで。

「……あんた、これから暇?」

 それから、凪いだ水面が、綺麗な波紋を打った。

「え? ひ、暇だけど」
「……雷雷軒、行く?」

 こちらをちらりと見上げながら、俺の提案に返事もしないままに、唐突な誘いだ。相変わらずコイツはコミュ障の気があるらしい。だけど、コイツとの付き合いが伊達に長いわけじゃない俺は、華那芽の意図を、ちゃんと汲み取れる。

「……おう、そこで詳細決めるか!」
「ん」

 俺が笑うと、華那芽は少しだけ早足でこちらに戻ってきた。それから俺たちは、どちらともなく歩き出して商店街の入口をくぐる。
 そういえば、こうして華那芽のほうから誘ってくるのって結構珍しかった気がして、だから華那芽も、なんとなく、俺とおんなじような……なんだっけ、ノスタルジー? そういう気持ちを感じてたのかなと思って。華那芽をもう一回見れば、また、ちょっと口元が笑っていた。華那芽も、楽しいんだ。

 あれ、互いに持ちうる熱量が揃うのって、こんなに嬉しいことだったっけ?

 ぐだぐだと、互いの近況なんかを話す声が弾む。足が妙に軽い。俺は現金なもので、朝から冴えなかった気分はいつの間にか見違えるほどに晴れ渡っていた。俺はそのまま華那芽と横並びしながら、あいつら元気かなぁなんて想いを馳せると同時に、久々にのれんを潜るあの店の味を思い出していた。







「真一お帰り〜遅かったじゃない。ケチャップは?」
「……あっ!!」


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