新生雷門に夢を託す
あれから数日後、晴れて雷門のスポンサーと相成ったアイランド観光のロゴが、新たにユニフォームに刻まれてサッカー部に届いた。それと同時に、新生サッカー部を危ぶみ、その存続について異議を唱えていた生徒会長の神門杏奈が、どんな心境の変化か、突如マネージャーに就任したのだ。
その杏奈は今、初仕事として、新ユニフォームに身を包んだメンバーひとりひとりの写真を撮っている。イレブンライセンスに使用され、また一般に販売されるプレイヤーズカード、通称プレカにも印刷されるものだ。
その様子を横目で見やりつつ手元の作業を進めていた凪沙とつくしだったが、杏奈がカメラを確認しつつこちらに戻ってきたため手を止めた。
「つくしさん、……凪沙、さん。全員分、撮り終えました」
「ありがとう杏奈ちゃん!」
一瞬言い淀んだのは、つくしへの呼称と同じように名前で呼ぶべきか、それともある程度の距離をとって名字を呼ぶべきか迷ったのだろう。
杏奈と凪沙は個人間での交流は皆無ではあったものの、伊那国が転入してきたその日に穏やかとは言いがたいやりとりを交わしている。つくしはその場にはいなかったが、杏奈たち生徒会が今の新生サッカー部を快く思っていなかったことを、凪沙は目の当たりにしているのだ。それが急に手のひらを返すように、マネージャーに就任。凪沙が今何を感じているのかはわからないが、少なくとも杏奈のことを心から信頼し受け入れようとしているとはあまり考えられなかった。
「それじゃ私はデータ移してくるね! いやぁ〜、それにしても新たな仲間が増えて嬉しいねっ、凪沙ちゃん!」
「そうだね」
しかしつくしに同意を求められた凪沙は、杏奈の予想に反して比較的穏やかな声色でそう即答した。長いまつげで縁取られた空色の瞳が、呆然と凪沙を見つめる。
「なに?」「いえ、あの……」流石にこの胸中を包み隠さず言えるはずもなく、杏奈は押し黙った。その様子になにか悟ったらしい凪沙は、そっと口を開く。
「……昔似たような人がいたなって思ったから。つっても、生徒会長の引き継ぎがあっただろうから神門さんも知ってるだろうけど」
「……それって、もしかして前生徒会長の雷門夏未さんですか?」
凪沙は返事する代わりに、杏奈を見て一つ頷く。
「最初は雷門の名にそぐわないっつってサッカー部を随分嫌ってたけど、円堂たちの熱意に惹かれてマネージャーになった。神門さんも、あいつらのサッカー部に気持ちを動かされたから、今ここにいるんじゃないの?」
少しだけ悪戯っぽく口元を歪める凪沙に、そんな表情もできたのかと安奈は驚いた。しかしそれは、癇に障るような厭らしいものではない。だが彼女の問いかけを肯定するには、まだ杏奈の自覚する気持ちは「新生サッカー部の品定め」の割合が大きすぎた。
弁明しようとしたところで、つくしの呼ぶ声が聞こえてきた。備え付けの機器でライセンスカードの印刷を終えたらしい。手に持った十一枚のそれを、選手の顔と名前の確認という名目も兼ねてそれぞれに配るよう杏奈に託した。まだ何か言いたげな杏奈は、時間が開いて有耶無耶にされないようにと、早々と仕事に取り掛かった。
「うふふ、杏奈ちゃんと早速何をお話してたのかなぁ〜?」
「別に大したことじゃないよ。それよりセンターにデータ送った?」
「うん! あ、そうだ。マネージャーにもカードあるから、今のうちに撮っておこ!」
「げっそういや……いいよ私は、ノーイメージで」
「駄目駄目! ほらほら、スクリーンの前来て!」
「や、本当、私はいいから。はいカメラ貸して。撮るよ」
半ば強引につくしをスクリーンの前に押し出す。切り替えた彼女が控えめかつ彼女らしいポーズを決めたところで、凪沙はシャッターを切った。それから「配り終えました!」と少々慌ただしく戻ってきた杏奈を、説明しつつ続けてスクリーンの前に移動させた。
「じゃ撮るよ……はい、これでいいか確認して」
「……はい、大丈夫です」
「じゃ! 最後は凪沙ちゃん」
「は、いいよ本当ノーイメージでいくことにしたから」
「も〜!」
「あの、凪沙さん」
杏奈の呼びかけに、凪沙は振り返る。杏奈はそのつり目をさらに鋭く細め、真っ直ぐ凪沙を見据えた。
「先程も言いましたが、私がマネージャーになったのは新生サッカー部が雷門に相応しいかどうか、この目で確かめるため。言わば学校のためです」
「はいはい」
「……今や雷門サッカー部は、全国でも名の知られた伝説のような存在。その名を、ぽっと出の田舎者たちに汚されるわけにはいきませんから」
「まあ、わかる。でもあいつらの試合に感銘を受けた人がいるから、スポンサーがついた」
「……それでも、今のサッカー部が以前のサッカー部のように上手くいくとは到底思えません。ましてや優勝なんて……貴方が、そこまで今のサッカー部に入れ込む理由が、私にはわかりかねます」
あくまでも厳しい口調だ。しかしそこに、以前のような徹底した冷たさはない。杏奈も心のどこかで、彼らに「期待したい」と思っているのかもしれないと、凪沙はそう感じた。
「……前のサッカー部ってさ、円堂たちは無名から一気に優勝って称賛されてたけど、何十年も前は本当に強かったらしい。有名な強豪校だったんだって」
凪沙が、唐突に話し出したのは、杏奈の知らないサッカー部の過去だった。その声色は極めて落ち着いており、静かに沁み渡るようで、水中で聞いているようだった。杏奈は形の良い唇をきゅっと結び、透明感さえ帯びているようなその声に、口を挟むことはせず耳を傾ける。
「でも、色々あって廃部になったらしい。それからずっと、雷門にサッカーの影はなかった。だけど一昨年……ちょうど私たちの代が一年の時に、円堂が、マネージャーの秋ちゃんと一緒にサッカー部を一から再建した」
「一年の頃はそこに二人を加えた、たった四人だけの部活だった。二年に上がっても、マネージャーを抜けば合計七人。試合なんてしたこともない、廃部寸前の弱小チームだった」
「それでも円堂は絶対に諦めなかった。そうしたら、豪炎寺が転校してきて、帝国が試合を申し込んできて、相手の棄権によってあの帝国に勝った形になった。それから練習試合の申し込みがたくさん来た。それまでじゃ考えられないことだった」
「そうして雷門はどんどん強くなって、フットボールフロンティアに出場した。色んなチームと戦ったし、何度もピンチに陥ったし、問題だって解決したそばからまた浮上して、アイツらが大変じゃない時なんて無かった」
「それでも、雷門は絶対に最後まで折れなかったし、諦めなかった。そうして、優勝した」
凪沙にとって、彼らが優勝したあの日は、鮮明に、強烈に、燦然と記憶に刻み込まれていて、季節が巡った今でもそれが薄れることはない。あの日は本当に、「美しい日」だったのだ。
「別に、皆を円堂たちの代わりだなんて思ってるわけじゃない。円堂たちは円堂たちだし、皆は皆だから」
凪沙は少し視線を落としたまま、語り続ける。
杏奈は彼女のことを、どちらかと言えば寡黙なタイプだと思っていた。随分と饒舌なのは、認識を間違えていたのか、それとも語る対象にそれほどの思い入れがあるのか。まだそれほどの交流がない杏奈には、わからない。
「でも、皆を見てるとさ、なんでだろうね。ちょっとだけアイツらのこと思い出すから」
──わからないと、そう思っていた。けれど、彼女の顔が薄くも確かな、あたたかい笑みを浮かべているから。なにか大切で大好きなものを思い浮かべているような、そんな顔をしているから。
「多分、また雷門が優勝することを夢見てるんだろうなぁ」
杏奈にはまだ、それほどまでに好きと思えるものに出会ったことがない。
家族の前以外では、いつも冷たい表情ばかりしていると、それしかできないと自覚はしている。性格や、きつそうな印象を与えるつり目、生徒会長という肩書きなどのせいか、自分を敬遠している生徒が多いことも。周囲より幾分か大人っぽく、常に平然と努めている凪沙も、自身と同じ類の人間だと思っていた。でも違った。
彼女はこんなにも、彼女の表情をとかしてくれるものと出会っている。それが羨ましかった。こんなにも気に掛けて、想えて、やさしい表情になれるようなものに、自分もいつか出会えるのだろうか。
「その夢、俺たちが叶えてみせます!」
突如後方から降り注いだ声に、ぱっと髪を乱して振り返る。そこにはいつから立ち聞きしていたのか、新生雷門イレブンの面々が揃って立ち並んでいた。先ほどのは稲森の声だ。凪沙の、嘘偽りない本音に、答えたのだろう。
その凪沙を見れば、立ち位置からして視界に入っていただろうに、本当に気付いていなかったらしい。大きく見開いたその目に、確たる意志を感じる表情を浮かべた彼らの姿を映していた。それから彼女は一度息を吐き出すと、落ち着いたように瞼を閉じ、稲森らと同じように強い意志をその目に宿す。
「勝っ──……」勝ってね、と、言いたかったのかもしれない。しかし凪沙はそれをすぐに呑み込んだ。そうして、代わりに吐き出したのは、
「……やるからには、勝ちにいくよ」
返ってきた総勢十一名の大きな回答に、凪沙は笑みを零す。杏奈はその顔を、ただただ見つめ続けていた。
「それじゃあ優勝目指して、今日も元気に練習いきましょー!」はつらつとしたつくしの声によって空気が切り替わる。選手たちはめいめいに返事をして、早速練習場へと向かい始めた。
「あ、そうだ! 凪沙ちゃん、はいこれ」
「え? ……は!?」
「さっきいい位置でいい顔してたから、撮っちゃった! もうセンターにも送っちゃったよ」
語尾にハートでもつきそうな具合のつくしから渡されたのは、しっかりと凪沙の姿が印刷されたライセンスカードだった。カメラと視線が合っておらず、明らかに隠し撮りであることがわかる。
凪沙が慌てて背後を確認すると、そこはちょうど簡易撮影ブースの前だった。確かに、先ほど杏奈の写真を撮り終えたあたりから、場所を移すことはしていなかった。だがまさか、正面から堂々と撮られていることにすら気付かなかったとは。どれだけ熱を持ってサッカー部のことを話していたのかと、杏奈はほんの少しだけ笑った。
「別に、いい顔して写ってると思いますけど」
「どこがですか……」
「なんで敬語なんですか」
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