疑惑まみれの第二試合

「……ちょっと異議申し立ててくる」
「凪沙ちゃんストップストーップ!」

 仰々しく米神に青筋を浮かべ、ベンチから腰を上げた凪沙を、隣に座っていたつくしが慌てて引き留めた。相手が女子だからか、それを強引に振りほどくことこそしなかったが、その目は離してくれと強く訴えている。静かに怒りを揺らめかす凪沙の肩を、反対の剛陣が軽く掴んだ。

「そうだ落ち着けって華那芽!」
「だァってろ剛陣」
「いや俺に対する当たり強すぎじゃねえ!?」
「大谷さん離して。私見たから」
「み、見たって……何を」
「向こうの選手が、あの萎んだボールを審判に渡した時に何か……破片みたいなものを引き抜いた。多分、坂野上に怪我させたやつの名残でしょ。知らないけど」
「は、破片!?」
「そもそもさっき明らかに靴にボール突き刺さってたじゃん、何で審判は止めないの。まさかそういう技だと思ってる? 坂野上だって一度審判に訴えたし、相手が何かしら可笑しな動きしてるって、いい加減察しても可笑しくないはずなのに」
「た……確かにそうよね」

 凪沙の発言は最もだった。納得するような声が、つくしや剛陣だけでなくベンチのあちこちからも漏れる。凪沙は堰を切ったように話し続けた。

「そもそも可笑しいでしょ。あれだけあらゆる必殺技にも耐えうる頑丈なボールがあんなに不自然な萎み方してるんだよ。到底信じられない。試合止めないなんて可笑しい絶対あっちとグルだろあの能無し審判」
「落ち着いて! 理性的に! いつもの凪沙ちゃんに戻って!」
「ホォーッホッホッホ、そうですよ凪沙さァん。落ち着いてくださ〜い」

 ここまで沈黙していた監督の金雲が、ようやく口を開いた。一同の視線が彼に集まる。金雲はいつものように能天気とさえ思えるようなのったりした笑みを浮かべ、凪沙を宥めた。だがその間延びした口調と表情は、凪沙の神経を余計に逆撫でするだけだった。

「決定的な証拠がない限りは、こちらが喚くほど不利になる……それがわからないほど冷静さを欠いているわけじゃありませんよねェ?」
「証拠云々の話じゃありません。審判の判定が明らかに公平性を欠いていて不自然だって言ってるんです」
「それを示せる証拠はァ?」
「……それでも、相手のスパイクを調べればすぐに不正が見つかるはずでしょう。それくらい、監督にだって察しがついているはずですよね? どうして『大人たち』は何もしないんですか」

 凪沙は鋭利な視線で、抉るように睨み付ける。金雲への不信感を募らせた、咎めるような、敵意をも孕んだような目だ。それでも彼はうーん、だのフウン、だの、判然としない態度を保っている。

「坂野上の怪我の深さも、靴下の切り口の綺麗さも、あんなのどう見たってスパイクで切れる範疇を越してるでしょう。こっちの選手が危険行為に巻き込まれ、理不尽に怪我を負わされてるのに、どうして監督も久遠コーチも何もされないんですか。……まさか、選手の安全以上に大事な『何か』があるとでも?」
「試合が再開しますよ。ホラ、ちゃんと見守りましょう……おやァ、オーストラリアはまた選手を入れ替えたようですねェ」
「……監督、」

 低く、静かに唸るような声だ。威嚇しているようにも感じられる。つくしはびくりと肩を震わせ、たびたび掴んでいた凪沙の腕を思わず離した。凪沙の顔に浮かんでいたのは、普段から冷静で、喜怒哀楽を強く表現することの少ない彼女の、見たこともないほどの怒りの表情だ。疑念と憤怒が積もり積もって、凪沙の顔を酷く歪めているようだった。

「……華那芽さん、少し落ち着きなさい」
「……雷門さん」

 見かねた夏未の諭すような、それでいて凛とした声色に、凪沙は決まり悪そうに視線を地面に泳がせた。そのたった一声で、不良もかくやという怒気も鎮まり、漸く幾らかの余裕を取り戻したようだった。
 吐き出したかった言葉たちをなんとか飲み込み、ベンチに腰を落ち着ける。

(……この世界大会、一体何なんだ)

 わからない。何が起こっているのか、私たちの知らない水面下で、何が進められているのか。

 フィールドを見れば、真っ先に視界に映ったのは一星だった。彼のプレーは序盤と比べ、どこかぎこちないものになっていた。それどころか時折顔を歪め、腹部を押さえている。味方から執拗に受けた攻撃のダメージが残っているのだろう。彼に直接手を下したのは灰崎と吉良だが、命令したのは確実に鬼道だ、と凪沙は断定していた。
 一星の円堂に対する仕打ちを聞いた以上、やり過ぎなどとは毛ほどにも思わない。むしろ清々すると、気持ちの上ではどうしても思ってしまう。だが韓国戦でのソクのように、早々にダウンさせて選手交替させることもなく、豪炎寺のように致命的な怪我を負わせるわけでもない。そのやり口は、一星による試合妨害の抑制と見ればそうだが、一歩間違えればただの「憂さ晴らし」だった。

 何が蠢いているのかわからない以上、危険分子は排除する。鬼道の考えは、決して間違えてはいないと思う。だがそのやり方には賛同しかねた。目には目を、歯には歯をとは言うが、鬼道が『彼ら』と同じことをし、同じ穴の狢になる必要はない。自ら汚れ役となる必要などは、本当はこれっぽっちもないのだ。

 凪沙たちの知らない『何か』は確実に存在していて、坂野上や豪炎寺に牙を剥いたのもその『何か』だ。そして一星は、恐らくそれに関わっているのだろう。
 一星充は獅子身中の虫だ。そんな彼を庇うわけではないが、同じフィールドにいれば、凪沙はきっと鬼道に待ったを掛けていた。二人の間に割り入った。だが凪沙には、彼と同じ場所に立てる資格がない。それがどうしようもなくもどかしかった。

(踏み外すなよ……鬼道)

 ──だがどれだけここから祈ろうとも、声に出さなければ、行動を起こさなければ、フィールドとは隔絶されたベンチから想いが伝わることはないのだ。


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