木野と買い出しと帽子の少年
「しんっど……」
「やっぱり二人じゃきつかったわね……」
某日昼下がり。凪沙と秋は道端のベンチで途方にくれていた。というのも、補充のため買い込んだ備品や食料の、その圧倒的な量に四苦八苦していたのである。時折休みを挟めばなんとか、という推測は甘かったらしく、最初の休憩ですでに手が笑っている始末だ。
「ごめんね、凪沙ちゃんばかりいっぱい持ってもらっちゃって……」
「や、力だけなら私の方があるし、秋ちゃんに無理させられないし、そもそもこんな重いもの持たせたくすらないし」
「いや……妊婦じゃないんだから……」
凪沙は秋よりは膂力に自信があった。だがスタミナという点では秋に軍配があがる。二人のスペックを足して2で割れば丁度良かろうに……凪沙は一瞬そんなことを考えたが、残された方が悲惨なためすぐ思考を掻き消した。何にせよ、施設に辿り着くまでには相当の時間を要すると思われた。
「それよりどうしよっか……応援呼ぶ?」
「あー……でも選手らは練習中だから呼び出しにくいし……」
「つくしちゃんも杏奈ちゃんもヨネさんも、別の仕事に当たってるし……」
「監督とコーチは論外だし……」
「ううん……」
「詰んだな……」
ベンチに腰を下ろしうんうんと唸る二人。そこに、低い影が落とされる。
「そこのおねーさんたち」
まだ幼さの抜けきらない声が降り注ぎ、二人は揃って顔を上げる。見れば帽子を被った小学生くらいの少年が、猫のような笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
*
「や、悪いね……手伝ってもらっちゃって」
「別に暇だったし。それにレディーファーストって言うだろ?」
少年はその小柄な体躯のどこにそんなパワーをしまい込んでいるのか、二人が苦戦していた荷物をいとも容易く手に提げて、くるくると踊るように前方を歩いて見せる。おかげで凪沙と秋が分担するのは、全体の半分ほどの量のみで済んでいた。
「でも本当に助かったわ。親切にありがとうね。貴方はこのへんの子?」
「さあ、どうだろうね?」
かなり重量があるはずのレジ袋を掛けた手をひょいと持ち上げ、少年は人差し指を口もとに当てて見せた。ただのミステリアス気取りと見るか、見知らぬ大人──中学三年もまだまだ子どもだが、小学生よりかは大人だ──に対する個人情報の漏洩防止と見るかによって、こちら側の心持ちがかなり変わってくると思った。だがどちらにせよこの身体能力は、ただの少年とは思い難い。
「それにしてもさ、おねーさんたち。こんなに重いものなら他の男どもに遠慮なく声かければいいじゃん」
「そうねえ、そうしたいところなんだけど……でも選手の皆には悪いし……」
「別に、監督だってアイスの買い出しでパシらせてるくらいだしいいんじゃない?」
「え? 何で知ってるの?」
「その買い出し帰りの皆さんに、こないだ会ったからね」
凪沙と秋は、歩みを止めずに顔を見合わせた。まさか、あの人数にあの程度の買い出し量で、今日みたいに荷物持ちを手伝ってくれたわけでもあるまい。だが少年の口ぶりからして、少なくとも一言二言以上は言葉を交わしているはずだ。一体全体どんなきっかけで少年と彼らは会話するに至ったのだろうか。──イナズマジャパンのファン、という線もあったが、彼の様子からそのような心情は読み取れなかった。
「それよりさ、選手の皆さん以外にもいるだろ? 頼りになりそうな男が身近に」
「え? ……監督……とか?」
「論外でしょ。他、他」
「や……えー……久遠コーチもないしな……」
「……他には? いるでしょ? ほら、もっとよく思い出してごらんよ」
「えー……」
問い掛けられるがままに、二人は深く考え込む。ああでもない、こうでもないと思考を巡らせ、三十歩分ほどの間を開けてから、ぽんと脳内に一人の人物が浮かんだ。
「あ、子文くん」
「子文くんか」
「そうそう! いや、知らないけど、そういう頼れる男には頼ったらいいさ」
二人が確かめ合うように呟けば、少年はぱっと振り返り口角を上げた。その顔は心持ち嬉しそうだが、二人は顔を見合わせているためそれに気が付かない。
「あーでもあんなに華奢なのに荷物持ちさせんのも悪い気が……」
「だっ……」
「え?」
「いや、そろそろこのへんでいいよね。悪いけど僕用事があるから、これ以上は手伝えない」
「ああ、いや、ありがとうね。本当助かったよ」
スポーツセンターの入り口が見えてきたところで、少年から両手に抱えていた袋たちを受け取った。
(──あれ、この目線)彼の大きな猫目を見たときに、凪沙ははたと動きを止めた。これは──デジャヴだ。はて、いつだ? つい最近、どこかで、ちょうどこのくらいの位置に合わせて視線を落としたような──
「ねえ、ほんの少しでも寄っていかない? お礼に食堂でデザートでも出せたらと思ったんだけど……」
不意の秋の申し出に、凪沙の思考回路はそこで停止した。それから秋の言葉を咀嚼すると、ワンテンポ遅れてそうだね、どう? と彼女に続けた。
「いや、またの機会にさせてもらうよ。それじゃあね、おねーさんたち」
少年は飄々とした態度で断ると、まるで疲れを感じさせない──本当に疲れなど感じていないのかもしれない──軽やかな動きで、その場からたちまち消えてしまった。残された二人はしばし立ち尽くしていたが、しばらくし秋が「あ、」と思い出したように呟いた。
「良かった、今フルーチェくらいしか残ってないんだったわ」
「え、誰向け? 誰が買ったの?」
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