初期部員組と帰り道

「部活動紹介?」

 三月とは言えど、まだまだ冷たい風が頬を滑る帰り道。二人と三人で別れて歩いているうちの、前列にいた凪沙は、輪ゴムでパックに固定された割り箸を引き抜きながら聞き返した。

「ああ! 来月の入学式の間にあるんだ」
「あー……そういや去年そんなんあったな」
「で! 新入部員ゲットのためにも、どんな紹介なら興味が引けるのか皆で考えててさ! はふっ、熱っ、うまい!」

 説明して、早速出来立てのたこ焼きを頬張る円堂に、凪沙はふうんと相槌を打つ。そうして自分も前を向き直すと、底の熱いパックをどうにか持ちながら、蓋を開いた。湯気とともに、閉じ込められていたソースの香りがぶわりと広がり、思わずほう、と息をつく。食欲がくすぐられ、今すぐ口に運びたい気持ちを抑えつつ、火傷しないようにとまず半分に割って湯気を逃がした。
 円堂、染岡、半田はそれぞれ一パックずつ、凪沙と秋は割り勘して二人で一パックを購入していた。胃の容量も違い、基礎練のみとは言えど運動もしている男性陣と同じ量を食べれば、夕飯を抜くことになるのは明白だ。

「で、誰が紹介に出るの?」
「んぐ、まあキャプテンの円堂だろうなって。もしくは、木野も一緒に出てもいいかもなって案が出てるよ」
「却下」

 さっそく口端に青のりをつけている半田の答えを、凪沙は間髪を入れず切り捨てる。えっ、と困惑する声が聞こえたが、構わず続けた。

「秋ちゃんみたいな可愛くて優しくて献身的なマネージャーがいるって知ったらそれ目当ての輩が出てくる」
「い、いや……私なんかでそんなことはないと思うけど……」
「秋ちゃんは謙遜しすぎ。もっと身の安全を考えて」
「いやお前は木野に過保護すぎだろ。なんだよ身の安全って。こないだも防犯ブザーなんか持たせてたしよ……」

 最もすぎる染岡の指摘を無視し、秋を見つめる凪沙の目は真剣そのものだ。秋はあはは、と困ったように笑うものの、もう慣れているという風に受け流し、凪沙の持つパックからかつお節の踊るたこ焼きを一つ頂戴した。

「にしても一人か……半田、アンタも円堂と出たら?」
「えっ俺が?」
「一人より二人の方が、たぶん部の雰囲気は伝わりやすいでしょ。それに円堂も半田も、親しみやすそうだから敷居も低くなると思う」
「な、なるほど……」

 先程のように秋が絡むなりすると、時折ずれた言動も辞さない凪沙だが、その案は理にかなっているように思えた。それを聞いた円堂が、頬張ったばかりのたこ焼きを片頬に寄せて意見を出す。

「じゃあ、二人より三人だろ! 俺と半田と染岡でどうだ!」
「や、染岡はちょっと……」
「あァ!? 俺じゃ不満だってか!」
「いやほらそういうとこ……新入生ただでさえ環境変わって色々ストレスだろうし、少しでも『怖そう』とか『厳しそう』とか、そういう要素は取り除いた方が良いよ」
「うーん……確かに染岡、ガタイも良いし強面だからなぁ。『強そう!』って思わせるには最適かもしれねーけど、吉と出るか凶と出るか大凶と出るか……」
「それにアンタ、どう見ても前に出てにこやかに紹介するの不得意でしょ。背中で語る男って感じじゃん、一瞬喋っただけじゃ持ち味出ないよ。今回は円堂と半田に任せなって」
「な……なるほど……ま、まあ、そういうことならな……」

 どこか照れたようにうんうん頷く染岡は、それ以上に嬉しそうに見える。誤魔化そうとして、一気に二つのたこ焼きを掻き込んでその熱さに身悶えていた。凪沙は凪沙で、単純、と言いたくなったのを、たこ焼きとともに咀嚼して飲み込んだ。

「紹介原稿も軽くまとめてはみたけど、なーんかぱっとしなくてさぁ」
「あんまり自慢できるところもないしね……」
「そう?」

 眉を下げる秋にフォローを入れるように、凪沙は疑問符を投げ掛ける。しかし、やはりどう考えても現時点のサッカー部は、他の部に負けない強みなど何一つないというのが、部員四人の共通認識だ。それを否定した凪沙に、四人分の視線が集約した。

「『まだ発足したばかりの新しい部ですが〜』とかなんとか入れたら、良さそうな気する」
「えっそうか? でも他は活発に活動してる部ばっかりだし、あんまりそういうこと言わないほうがいいんじゃねーの?」
「や、この部のれっきとした自慢ポイントだと思うけど……。苛烈なレギュラー争いとかがないって印象付けられるし、長年続いた歴史ある部活よりも、色々とフレキシブルで自由な感じするし。他の部と差をつけるなら、やっぱりそこだと思う」
「なるほどぉ……」
「やっぱ嘘はつけないし、かと言って正直にさらけ出しても部員は集まらねェもんな……はむっ」

 納得したように呟いた半田は、蓋に張り付いたかつお節をかき集めて、たこ焼きとともに口に放り込んだ。はふはふ、と白い湯気が口から逃げていく。

「それで、純粋にサッカーやりたい人が気後れしなければいいけど……」
「そこはきっと大丈夫よ」

 先程よりも高い、自信ありげなトーンで秋は答える。それから全員が視界に入るように、一人だけ数歩前に出て振り返った。春先の肌寒さも吹き飛ばすような、明朗な笑顔だと凪沙は思った。

「円堂くんの熱意は、どこの部にも負けてないって私は思う」

 冷たい風がひゅるりと吹き抜け、髪をさらっていく。はらはらと揺れる癖毛を押さえ付けた秋は、全員を眺めた最後に、堂々とした眼差しで、真っ直ぐ円堂を見つめていた。
 彼女の眼差しを受けた円堂は、それから半田、染岡、凪沙と、三人は円堂と、顔を見合わせる。にっと口角を上げ歯を見せる円堂に、釣られて三人も頬を緩めた。

「……ま、円堂の『サッカーやろうぜ』は魔法の呪文だからなぁ」
「そうだね、すーぐ中だるみするどっかの誰か達を度々引っ張ってくるくらいだからねえ」
「うっ」

 凪沙に痛いところを突かれ、半田は反省するように肩を落とし、染岡は決まり悪そうに視線を逸らした。そんな彼らの様子に、しかし円堂は笑う。

「来年度こそは、お前たちも飽きないような、いや、休む暇もなくサッカーできるような、そんなサッカー部にするぞ!」

 意思表明のように、円堂は割り箸を持った手をぎゅっと固めた。それに呼応するように、彼らも頷いて見せる。
 円堂と秋で作ったサッカー部。勧誘に駆け回り、ようやく増えた二人の部員。そこからは一向に部員を獲得できず、とうとう春が巡ってきた。それでも、悲嘆している暇はない。仲間を集めて、練習を重ねて、絶対にフットボールフロンティアに出場するというサッカー部の、円堂の夢は、部を始動させた時から決して変わってはいなかった。
 その夢を、応援したいと凪沙は思う。自分には何もできないけど、それでも夢を叶えてほしいと、心からそう願う。

 すっかりたこ焼きを食べ終え、通りがかったコンビニのゴミ箱にパックや箸を捨てた。それからすぐに差し掛かった曲がり角で、凪沙は彼らと別れる。

「……それじゃ、私こっちだから」
「おう! じゃあな、華那芽!」
「また来週ね!」
「気ィつけて帰れよ」
「じゃあな〜!」

 ここから先はどんどん帰路がバラバラになっていく。最初が凪沙だった。
 四人に軽く手を振り、凪沙は踵を返して歩き出す。それから数歩進んだところで、ぐるりと振り返った。

「ねえ!」

 いくらか距離の空いてしまった彼らにも届くように、いつもより少し声を張る。そのつもりだったが、思いの外大きな声が出た。四人は驚いたように足を止め振り返る。凪沙は気にせず息を吸いこむと、思いをそこに織り込んで、叫ぶ。

「サッカー部、頑張れ!」

 それを確かに受け取った四人に、火が灯る。やさしい火だ。それはゆらゆらと大きさを増し、じわり、じわりと想いの彩度を上げていく。
 返ってきた四人分の笑顔と言葉は、酷く眩しくてあたたかい。
 未だ、目は眩む。眩むけれど、凪沙はそれをしっかりと正面から、大切な宝物のように、丁寧に丁寧に受け取って、そして弾けるように笑った。


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