繕っていた半田

「よぉ半田」
「げっ……」

 別のクラスの友人から借りていた漫画を返し、教室を出ようとしたところで知った声に呼ばれ、思わず喉からそんな失礼極まりない声が出た。瞬間、そいつは椅子から少し腰を持ち上げ、俺の頭頂部に握り拳を叩き落とした。その力は言うほど強くないものの、本当にこの女子はよく手が出る。……とはいえ、基本何かされたり、相手が失礼を働いた時のみの反撃なので手放しに非難することはできないのだけれど。それにしたって、こいつ本当に女子か?

「げ、って何。失礼極まりないな本当お前」
「いや自分でも思ったけどさ、条件反射っていうか……」
「……何、半田何かしたの」
「いや最近円堂がお前にうるさいから、八つ当たりとか飛んできそうな……ああいや、何でもない」
「お前言い切ってから濁そうとすんなよ」

 はあ、とため息をつかれ、俺は口を噤んだ。なんだ、円堂の馬鹿さでも移ったのだろうか俺は? え? 元々馬鹿?
 誤魔化すように視線を泳がせると、華那芽の頭に視線が吸い込まれていった。珍しいことに、いつもは首に掛かっているヘッドフォンが、やっとその存在意義を果たすように頭につけられている。

「華那芽、何聴いてんの?」
「お経」
「えっ」
「嘘だよ」

 一瞬本気で信じてしまった自分を殴りたい。呆れたような目を向けてくる華那芽は、かと思えばおもむろに自分の頭からヘッドフォンを外した。そしてハテナを飛ばす俺の頭に、それをはめたのだ。指先が耳をかすり、近付いた髪からはほのかに良い香りがして、心臓が少しだけ跳ねる。こいつは、ぶっきらぼうでも男勝りでも、俺よりイケメンなところがあっても、やっぱり女子なのだと再確認させられた。
 わけのわからぬまま、華那芽と目を合わせたままじっとしていると、どこか聞き覚えのある音楽が耳に流れ込んでくる。記憶を辿ってみると、ある一つのグループが思い浮かんだ。

「……あ、これ一年くらい前に流行ったやつ?」
「そう」
「このグループ一時期話題だったけど一瞬で消えちゃったよな。色々ごたごたと問題起こしてさ、世間からの風当たりも強かったし。まだ曲入れてんだ?」
「好きだからね」

 さらり、と。さも当たり前のように言われたそれに、思わず心臓がどきりと跳ねた。なんで、そんな堂々とかっこいいことが言えるんだ。俺の様子に気付くことのない華那芽はさらに続ける。

「歌手が何やらかしたって曲は変わらないし。例え散々叩かれてたところの曲だからって、好きなものは好きだから」

 そう臆面もなく言い切った。ほんとすげえ奴だ……華那芽は自分を普通の奴だと思っているみたいだけど、俺から見たら、円堂と並んで本当にすげえ奴だった。
 俺だってこのグループの曲の中に好きな曲があったけど、周りの言葉に流されて結局音楽プレーヤーから消してしまっていた。だから俺は半端なんだろう。華那芽みたいに、人目を気にせず好きなものに対して正直になれたらなぁ……なんて考える時点で、俺には到底無理な話なんだろうけど。

「……華那芽って本当イケメンだな…敵う気がしねえや」
「はあ?」

 それでも、華那芽のそういう姿を見てるともう少し頑張ってみようと思えるから。今よりもう少しマシな奴になれるかもと足掻いてみることができるから。もう少しだけ彼女に、そばにいる俺を意図せず引っ張ってもらおうと、そう思った。


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