壮行会と西蔭の遠慮

「いいの、それ」

 両手に持った二枚の皿のうち、カットスイカの乗ったほうをテーブルにそっと置いた西蔭に、声が掛けられる。振り返る前に、隣に並んできたのは凪沙だった。

「いえ……二皿も持ってこられたら野坂さんも迷惑でしょうし。こちらはまあ、あとで俺が食べます」
「そ」
「それに一星の取り分けた皿も、栄養や野坂さんの好みがしっかり反映されているので」

 そう言って西蔭は、再び野坂の方へ駆けていった一星の背中を見る。それから、手元に残ったもう一方の皿── 一星が西蔭のために取り分けたものにも目を落とした。西蔭の好みが詰め込まれた、高タンパク低脂質のヘルシーなもので、且つ彩りも豊かなそれ。一星の観察眼と分析力には舌を巻くばかりだった。
 素直にそう返した西蔭に、凪沙はどこか興味なさげに「ふうん」と軽く頷いた。それから彼女は、西蔭が今しがたテーブルに置いた皿に目線を向ける。

「じゃ、これ私が貰っていい?」
「え?」

 これ……つまりは、西蔭が野坂に持っていこうと思い、取り分けていた料理のことだ。西蔭は凪沙の意図があまりよくわからなかったが、ほんの少しの間を開けてから、

「ええ、どうぞ」

 と、皿を持ち上げてあっさり手渡した。受け取った凪沙は小さく礼を言うと、西蔭をその場に残してどこかへ向かってしまう。ヒールの音を吸収する赤い絨毯上を、凪沙は少し歩きづらそうに移動した。そして彼女は、一星から受け取った皿のスイカをサクサクかじる、野坂の元へ。
 
「ちょっ……華那芽さん?」
「野坂ァ、これ西蔭から」
「華那芽さん!?」

 思わず声を荒げてしまったのも致し方ないだろう。西蔭は慌てて彼らのもとへ駆け寄ると、困惑したように凪沙を睨んだ。

「ちょっと、俺の話聞いてましたか!?」
「いいじゃん別に、一緒に両方食べなよ。胃袋容量でかいんだから」
「そうじゃなくて!」

 こんなに大量に料理やらスイカやらを持ってこられても、野坂は困るかもしれない。第一両手に皿を持った状態では、食事ができるはずもなく。西蔭は常に、野坂の役に立ちたいと願っている。それが叶わないどころか、反対に迷惑をかけてしまうなどあってはならないのに……。
 そんな西蔭の心配をよそに、野坂はスイカの皮を皿の隅に寄せてから、凪沙に差し出された料理皿を受け取った。そしてその中身をどこか嬉しそうに見つめると、西蔭に向き合い──ふっ、とやわらかく気の抜けた微笑を見せた。

「そうか、ありがとう西蔭」
「……!!」

 その瞬間、西蔭の焦りや、心のどこか、彼自身ですら認識できていないところに燻っていた小さな小さな想いは、跡形もなく溶かされていく。二人はそれ以上、二人だけのやり取りを交わすことはなかったが、西蔭の表情はひどく嬉しそうだ。
 野坂はちらりと凪沙を窺った。何を考えているのか読み取りにくい真顔であったが、どういうつもりだったのかは手に取るようにわかった。感謝の意を込めて、再び彼女にも微笑んで見せると、凪沙はどこか決まり悪そうに目を逸らした。

「さて、それじゃあ向こうで三人で、話でもしながら食べようか」
「はい」
「えっ? 俺もいいんですか?」

 驚いた様子の一星に、当たり前だろ、と西蔭が目で訴える。一星は何度か目を瞬かせた後、心底嬉しそうに、その大きな目を細めて強く返事をした。
 ──彼らの様子を傍らで見届けた凪沙は、ハァと息を吐き出し、誰にともなく呟く。

「必要ないところで、譲ったりしなくていいんだっての」


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