鬼道に絡まれる

 なんだあれは。

 先日サッカー名門校の帝国学園に、相手の棄権という形で勝利した我が雷門サッカー部は、それから練習試合の申し込みが急増した。その中で学校側が選んだ次の対戦相手は、尾刈斗中という珍妙ネームの中学校。何故オカルトなんて直球過ぎる名前を付けたのか。何故雷門サッカー部はこうもまともでない相手とばかり縁があるのか。中心人物の円堂が、そもそもまともではないからなのか。
 そんな練習試合が行われる今日の放課後。私はしきりに観戦にこないかと誘ってくれた後輩の音無さん──新聞部であったはずだが、最近サッカー部のマネージャーを始めたらしい──をどうにか振り切り、帰路に着いていた。否、着こうとしていた。
 前方数十メートル先の正門。どこかで見たような男二人が、門番よろしく左右に別れ立ちはだかっていた。片方はスカイブルーに少しの灰を混ぜた髪を肩より伸ばし、医療用とは違いファッション性の高い眼帯で右目を覆っている。もう一方の男は、ドレッドヘアーというやつだろうか、特徴的な髪を後ろで一つに束ね、その両目は変わった形のゴーグルで隠されている。
 そんな奇々怪々な二人組によって、そこを通りたい生徒たちも尻込みしているのが離れているここからでもわかった。そしてこの状況はもちろん、私もそこを通り難いというわけで。本当に御免こうむりたい。

(うわ〜通れねぇ〜帰れねぇ〜……)

 一体全体どうしてくれよう。今日はさっさと買い物を済ませて、頼まれていたクリーニング屋にも寄って、帰ったら夕飯作りとやることが山積みの日だというのに。
 仕方がない、多少遠回りになるが諦めて裏口を使おうか。そう決意したところで、不意にほつれて飛び出した記憶の糸を、私は手繰り寄せた。
 
(あれ……そういやあの二人って)

 思い出した。先日サッカー部が戦った帝国学園に、あんな人たちがいたような気がする。いや、いた。眼帯の方は記憶が定かではないが、少なくともゴーグルの方は、グラウンドで赤いマントを靡かせて、酷く目立っていたのを覚えている。
 であれば、彼らは雷門と尾刈斗の試合の偵察に来たと見て、まず間違いはないだろう。彼らが何故雷門などという生まれたての小鹿のようなチームに興味を示しているのかはわからないが、そんなことはどうだっていい。彼らの意識がサッカー部に向いているのであれば、いくらそこが通りにくかろうと、無関係な私が素知らぬ顔で突っ切っても下手に絡まれたりはしないはずだ。
 そうとなれば善は急げ。私は正門に向かって、少し俯いて顔を陰らせたまま、淀みなく歩き出した。あと十メートル……五メートル……二メートル……
 敷地を分ける見えないラインを片足が踏み越え、ちょうど不審者二人と私が横一直線上に並んだ。その時だった。

「華那芽凪沙だな」
「……」

 咄嗟に人違いです、と返そうとして、すぐに無言にシフトチェンジした。聞こえなかったフリ、あるいは別の人に声を掛けたのだろうと思った、そう思わせたほうが余計な関わり合いをせずに済む。そこまで考えた私はそのまま、二割増しの勇み足で正門を潜り抜けた。
 「ブッハハハハハ! す、スルーって……!」数秒開いて、どちらかの堪えきれぬ笑い声が背後で爆発した。先程話しかけてきた声がゴーグルだから、こっちは眼帯のほうだ。背後を振り返ることはしていないが、どこか居た堪れない空気となっていることを背中からひしひし感じた。なんか、すまないゴーグルのほう、私のせいで、なんか。
 なんだか憐れな気持ちを抱きながらも、しかし決して歩みを止めることはせずに、学校の敷地沿いに歩道を進んでいく。笑い声が遠のいていくのを感じながら、はたと気付いた。

 いや、どうして私の名前知ってたんだ?
 仮に何らかの経緯で知ったとして、どうして話しかける必要があった? あの帝国学園の人間が、私個人に一体何の用があった?

「おい」

 ──ダン!

 怒気を含んだ低音が耳を突くや否や、視界を何かが通り過ぎ、風圧でスカートが揺れた。ワンテンポ遅れて、それが人の片足であること、壁で固定して私の行く手を阻んでいることに気が付く。ああ、壁に足を叩きつけただけでこの威力とは、一体どんな鍛え方をしているんだ。なんて場違いな感想はそこまでにして、今このタイミングでこんなことをするなんて、一人しかいない。
 数センチ落ちしていた視線を上げる。案の定、そこには丸レンズの独特なゴーグルフェイスがあった。

「無視とは良いご身分だな、華那芽凪沙」
「……や、誰ですかそれ。人違いです」
「誤魔化しても無駄だ」

 するりと横を通り抜けようとするも、がっちりと片腕を掴まれて阻止される。振りほどこうとするよりも早く、無意識的に舌打ちが漏れた。それが聞こえたらしい、彼は眉間の皺をますます深める。手の力は一向に緩まない。
 これを振りほどくことはできても、さらに走り抜いて振り切るほどの精神的余力は今の私にはなかった。この数分で溜まった疲れごと深く息を吐きだした私は、再び大きく吸い込んで、彼の見えない目をしっかりと見据える。そして、

「そっちこそ、相手に警戒心抱かせるような不審者ファッションに不審者行動で返事貰えると思うの? 坊っちゃん中学の世間知らず」
「なっ……!?」

 堰を切ったように溢れた言葉に、彼は愕然とした。だがそれは、私が強く言い返したことそれ自体に対してではないように思われた。彼から溢れているのは確かに負の方面のオーラだが、これは怒りではなく、多分、混乱や衝撃による絶句だ。開いた口が塞がっていない。
 本当に自覚がなかったのか……。

「あのさ……変なゴーグルで顔隠した見知らぬ男に、すれ違いざまいきなりフルネームで呼び止められたらさぁ……」
「……!!」

 今度はゆっくり、控えめな語調でそう伝える。今さらながら自分の怪しさについて理解したのが余程ショックだったのか、彼は茫然自失としたまま完全に硬直してしまった。それも、依然として私の腕を掴んだままだ。正直今なら簡単に振りほどけるだろうが、謎の申し訳なさが先立ち行動に移せない。
 「華那芽!」どうしたものかと首をひねっていると、後方から凛とした声が聞こえた。振り返ったそこには、爽やかな蒼のポニーテールを揺らす影が一つ──風丸だ。試合前でウォーミングアップをしていたであろうに、どうして。さらにその後ろには、先ほどの眼帯の男が追いかけるように続いている。

「風丸、」
「おい、帝国の奴がこいつに何の用だ」

 いや、今はむしろ私のほうが彼にダメージを与えてしまっておりまして。なんてわざわざ説明するのもなんだかおかしいし、いや、そもそも私がフォローしてやる義理もないし。
 風丸の登場によって我に返ったゴーグル男は、掴みっぱなしだった私の腕をぱっと離した。その隙に私を庇うように、風丸が私達の間に割り入る。なんて紳士的なんだ……中学生とは思えない。同時に、周囲の通行人の視線が無遠慮に刺さるのを感じた。おい、やめろ。別に修羅場とかじゃないんだから。こちらを見るな。

「鬼道!」

 数秒遅れて追いついた眼帯男が、鬼道と呼ばれたゴーグル男の様子を見て、私たちを睨み付けた。鋭いつり目に長い下まつ毛、それもそもそもの顔立ちが美形ときたものだから、随分と迫力がある。鬼道に何をするんだと言わんばかりの視線、まるで悪者扱いだ。

「……フン……行くぞ佐久間」
「あ、おう……」

 ペースを取り戻したらしい鬼道は、表情を整えると、佐久間と呼ばれた相方を連れて去っていった。……というにはやや語弊があり、彼らは先ほどと同じ偵察位置に戻っていった。この後風丸が通るのを分かっているだろうに、なんて図太いんだ。そう思ったが、偵察という使命を果たさない限り帰るに帰れないのかもしれない。

「……風丸、戻る時裏口通ってあげなよ」
「ええ、なんで俺が……それよりお前、ああいうのからはちゃんと逃げろよ」
「……あー、うん……それで風丸、なんでここに」
「門の方に帝国の奴らがいるのが見えて、それから鬼道が華那芽を追いかけていったから、気になって来てみたんだ。ま、無事で何よりだが」
「あー……それはわざわざ……ありがと」

 どこか困ったような呆れたような顔で、腰に手を当てる風丸。なんだこれ、やっぱり私が悪いの?
 ……あ、そういや何で名前知ってるのか訊くの忘れた。


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