壮行会と一星の配慮
「凪沙さん」
壮行会もそろそろ終盤に差し掛かり、司会進行役が締めの挨拶に入った頃。野坂と西蔭のそばにいたはずの一星に小声で名前を呼ばれ、振り向くよりも先に肩に何かを掛けられた。傍らに並んだ一星はタキシードのジャケットを脱いでおり、自分の肩に掛かったものがそれであると気付くのに、そう時間はかからなかった。
「お疲れさまです」
「うん……や、何? どうした?」
「あれ、寒くなかったですか?」
きょとん。そんな言葉が似合う純粋な瞳に見つめられ、凪沙は少し目を泳がせる。それからふるふると首を振って「いや……ありがとう」と小さく礼を述べた。その様子を見て、一星は笑みを深める。
「何度か腕さすってましたし、途中から何も飲んでない気がしたので」
「……そんなに見てたわけ」
「あっ!? やっ、別に凪沙さんのことを延々と見つめてたわけじゃないので!」
「声大きいし、そこまで言ってないし……」
「ほ、ほんとに違いますからね!?」
慌てて弁解する一星。恐らく嘘ではないのだろうが、妙に赤い顔や、やけに必死なところがまるで図星であるかのように思わせる。ポンコツはいつまでも健在か……と、凪沙は小さく息を吐いた。
とはいえ、彼の観察力はやはり抜きん出ている、と小さく感嘆したのも確かだった。ただでさえドレスなどという、男性陣のタキシードと比べると露出の多い服装だ。そんな中、途中で船の外に出ていたこともあってか、少し体を冷やしてしまったように思う。だが他には誰にも気付かせなかったそれを、遠目で見掛けた程度で見抜いたとは。
肩に掛かったジャケットを、胸の前で軽く手繰り寄せる。まだ他人の温もりが残るそれは、凪沙に何とも言えぬ感覚を覚えさせた。だがそれが、悪いものではないことだけは確かだ。
「そういえば今さらですが、ドレスとってもお綺麗ですね。もうジャケットで隠れちゃいましたけど」
「え? ああ……まあ見るからに高そうなドレスだしね」
「あ、いえ。ドレスを着た凪沙さんが、お綺麗だなあって」
絶句。二の句を次ぐこともできず、中途半端に口が開いたままになる。何の他意の色もなく笑いかけられ、凪沙の思考を一時的に鈍らせた。彼女は耐えかねて、決まり悪そうに視線を逸らす。返事はできなかった。
──よくも、まあ、あんたはそう歯の浮くようなことを、ぬけぬけと……。
「それ、宿舎に帰るまで使ってください。女性が体を冷やすものじゃないですよ」
畳み掛けるように、紳士性が窺える女性扱い。凪沙の反応に気付いていないのか、気付いている上でこれなのか。だがしかし、鈍感なわけでもなく、どこか抜けているとはいえ洞察力のある彼のことだ。さすがに、凪沙の戸惑いにまったく気付かないほどの天然っぷりを見せているわけではあるまい。
ならやはりわざとか? そう考えたが、そういえば彼は初めて会った時から「女性が重いものを持つものじゃない」などと気を回していたな、と思い出した。なるほど、これがロシアと日本の文化の違いか……。
「あれ、もしかして照れちゃいました?」
「図に乗んな一年坊」
「んー耳ちょっと熱いですね」
「おいコラ触んな」
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