番犬ツッパリ組
「なぁー頼むよ、いいじゃん」
「ケチケチすんなよ、何も減るもんじゃないだろ?」
横着な態度で言い寄る男たちに、凪沙はほとほと困り果てていた。とはいえ、これは所謂ナンパなどといったものではなく。
「本当に困ります、お引き取りください」
「かてェなー、いいじゃんいいじゃん。写真くらいちょっと撮らせてくれって」
イナズマジャパンの使用するスポーツセンターを突然訪ねてきたのは、高校生くらいの複数人の男たちだった。彼ら曰く代表選手のファンであり、その写真が欲しいという。しかしそこにあるのは純粋な眼差しではなく、明らかに邪な考えを持っている顔だ。何かに悪用するのか、本当のファンに売りさばこうとしているのか、はたまた誰かに頼まれたか雇われたかしたのかは知らないが、彼らの願いを聞き入れてやる道理など毛ほどもない。さっさと帰って頂かなければ、双方時間の無駄である。
しかしどうしたものか。何度断っても食い下がってくる男たちに、内心舌打ちを漏らす。力ずくで追い返そうと思えばできたが、日本代表のマネージャーという立場である以上、下手を打って騒ぎに発展させるのも避けたい。
自分がもし染岡並みの強面であれば、一睨みを利かせるだけで追い払えたのだろうか。面倒くさそうにため息をついたところで、背後から足音が聞こえてくるのがわかった。
「何してんだ、凪沙」
次いで名前を呼ばれ、凪沙はパッと振り返る。そこにいた灰崎は、ジャージのポケットに手を突っ込んだまま、凪沙を庇うようにして双方の間に割り入った。剃られた眉根をしかめ、鋭い隻眼で男たちを睨み付ける。
「うちのマネージャーに何の用だ、てめェら」
「お、こいつ灰崎じゃん。あの神と悪魔、プッ、の悪魔のほう」
「オイ笑ってんじゃねーよ喧嘩売ってんのか」
灰崎に対して、明らかに馬鹿にした態度の男らに、やはり彼らは選手たちのファンなどではないと確信する。明らかに双方の雰囲気が悪くなり、凪沙は慌てて囁いた。
「灰崎、大丈夫だからあんたは戻って」
「ああ? 大丈夫じゃねェから来てやったんだろ」
お前のおかげでますますややこしくなってるんだよ、とは庇ってもらっている手前言えなかった。そんな凪沙を首を曲げて一瞥した灰崎は、改めて男たちの方に向き合うと、フッと不敵に笑う。
「カチコミか? やめときな、お前らごときじゃ簡単に潰されちまうぞ」
「あ? 日本代表様が一般人を殴るってかァ? それもいいねぇ、マスコミに高く売れたりしそうじゃん」
──やはりこの男たち、十中八九金が目当てであるらしい。早々にお引き取り願わねばと、凪沙は決意を改める。……しかし、男たちは灰崎が拳を振るうつもりなのだと勘違いしているらしいが、実際に灰崎の中では、凪沙の手によって男たちが倒される図が浮かんでいるらしかった。まさか「大丈夫じゃねェ」というのは、私ではなく男たちの安否の話をしていたんじゃないだろうな? 私を何者だと思ってんだ? 凪沙の瞼がぴくりと動いた。
「よォ、なぁ〜にしてんだよお前ら」
「うおっ」
「うっ」
灰崎と凪沙の首もとに、突然背後からがばりと腕を回される。その衝撃に小さく呻いた二人は、犯人の男に視線を向けた。
斜め後ろ、至近距離にあった顔は吉良のもので、下手をすれば顔同士が接触しそうだった。くちゃりくちゃりと口内でガムを弄ぶ音が、耳にダイレクトに届く。凪沙と灰崎が同時にその頭を押しやれば、ようやく首が解放された。
「吉良……」凪沙の声も無視して、その招かれざる客に視線を向けると、吉良は口もとを歪めて小馬鹿にするように笑った。
「なんだ、カツアゲかぁ? やめとけやめとけ、庶民の中坊ども相手じゃあ、はした金しか盗れねーぞ」
「まとめて中坊表現しないでくれない」
即座に切り返す凪沙だったが、やはり彼は聞いていないのか無視しているのか、彼女の方に反応がない。その気を一度引こうとして、吉良の袖を引っ張れば、彼はようやく凪沙の顔を見た。
「吉良、大丈夫だからあんたは灰崎連れてさっさと戻って」
「あァん? 馬鹿かお前。大丈夫じゃなさそうだったからこのヒロト様が来てやったんだろ、感謝しろや」
「おいヒロト、ここは俺一人で十分だ。お前がいてもややこしくなるだけなんだよ」
「そりゃお前のことだろ灰崎。こんなクソザコ相手に手こずりやがって」
「こんな格下、俺一人で十分だっつってんのが聞こえねェのか? 随分耳が遠いみてェだなヒロト先輩は。年か?」
「お口だけは達者みてぇだなぁ一年坊のよちよち灰崎くんはよォ」
「あ?」
「あ?」
「ちょっと、あんたたち……」
場もわきまえず喧嘩を始めそうな二人を止めようとするが、突然後ろに引っ張られる感覚が凪沙を襲った。前触れのなかった力に逆らえず一、二歩後退すると、首の前にがっちりと腕を回される。器官が圧迫されて、小さな呻き声が漏れた。
「俺らを無視して言いたい放題か、いい度胸してんじゃねェかクソガキ共」
「凪沙!」
焦りを滲ませて叫ぶ灰崎に、男たちは気を良くしたのか品のない笑い声を溢す。捕らえられた凪沙も凪沙で、無闇に刺激をすれば面倒事に繋がるのは目に見えているため下手に動くことができない。やはり、早々に大人を呼ぶべきだったか。しかし彼らは凪沙が離れた隙に、押し掛けさえしそうな勢いだった。結局は最善策を実行することなどできなかったのだ。
どうしたものかと密かにため息を吐く。そんな中でも、最悪いつでも肘を打ち込めるようにと、拳だけは握り固めていた。
「おい、そいつを放しやがれ!」
「この凪沙ちゃんがそんなに大事なら、まずはお前ら土下座でもして──」
その続きは、途切れて聞こえなかった。突然灰崎たちの間近を潜り抜けたサッカーボールが、凪沙を拘束していた男の顔面に一片の慈悲もなくめり込み、醜い呻き声が上がる。
「おーっと悪ィ悪ィ、自主練してたら流れ球が当たっちまってよ」
飄々とした喋り口調が聞こえる中、顔でボールを受け止めた男は凪沙から手を放し、後方に倒れていった。他の男たちのざわめきをよそに、凪沙は機を逃さず安全圏もとい灰崎たちのもとへ駆け戻る。灰崎には心配されるように顔を覗き込まれたが、吉良には「何か弱い女ぶってんだ?」と言いたげな目で見られ、先ほど繰り出し損ねた肘鉄を心の中で見舞いした。少し心が軽くなった。
「まあでも、代表選手の敷地内にずかずか入り込んできてんだ。文句は言えねェよなァ?」
それから凪沙は、ボールを蹴り込んだ張本人である男、不動を見やった。彼は跳ね返って戻ってきたボールを足元で弄りながら、男たちをニヤニヤと嘲笑っている。
「にしても、ナンパか何かか? 趣味が悪いねェおたくら、よりにもよってその女なんかを」
「おいコラてめェ」
「ソイツはテメーらごときの手にゃ余るぜ」
だからお前たちは揃いも揃って私を何だと思っているんだ。そんな文句が浮かんだが、不毛なのでどうにか飲み込む。そんな凪沙の前に、三人の少年たちは彼女を守るように雄々しく立ちはだかった。
「そんでよォ……」
「最後に一度だけ聞いてやるが、」
「てめェら、うちのマネージャーに何の用だ?」
不動、吉良、灰崎が順に言葉を落としていく。野生の獣のような、低く迫力のある声音と威嚇するような面持ち。相乗効果でその柄の悪さは計り知れない。気の弱い岩戸などがいたら、卒倒していたかもわからなかった。その見た目に違わぬ立ち居振舞いからしても、完全にヤンキー集団だ。もはやその鋭利な視線だけで、人を殺せそうだった。
三人の凄み顔に尻込みした男たちは、倒れた仲間を介抱しながら、表情を歪めて互いの顔を見合う。その肩が明らかに縮こまり、すっかり戦意喪失してるのを確認して、灰崎たち三人はパッと雰囲気を翻した。
「そんじゃ行くぞ、凪沙」
「おらおら、帰りますよ〜っと。センパイ」
「ちょっ……」
灰崎にはがさつに肩を抱かれ、逆どなりの吉良からは背中を乱暴に押され、凪沙は促されるままに歩き出す。背後には
殿を務めるかのように不動が続いた。
まもなくして背後からなにかもごもごとした文句が吐き捨てられたのが聞こえる。ちらりと振り返れば、男たちが諦めたようにそそくさと去っていくのが見えた。ようやく一難去ったらしく、凪沙は少し力の入っていた肩を弛緩させる。その感覚が腕に伝わった灰崎は、彼女の肩から手を放して口を開いた。
「凪沙、ああいう時はさっさと誰か呼べよ」
「……わかった」
「もしくはサクッと伸しちまえよ、あんな奴ら」
「立場考えてんだよ」
「フッ、冗談だ」
どこか楽しそうに笑う灰崎に眉をしかめていると、手刀の先でガツガツと背中を刺された。そちらを向けば吉良がニヤニヤと厭な笑みを浮かべており、凪沙はますます表情を歪める。見れば不動も、頭の後ろで手を組みながら同じような笑みを見せていた。
「それよりセンパイ、俺たちに言うことあるんじゃねェの?」
「………………助かった、ありがとう」
「礼は食後のデザートでいいぜ」
「じゃ俺ローストビーフで頼まァ」
「俺は貸しにしといてやるよ」
「あんたら……」
したり顔の灰崎、吉良、不動に、凪沙はひく、と口の端を引きつらせた。
四周年企画/ツッパリ組と夢主
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