一星充と出られない部屋

【互いの好きなところを五個言わないと出られない部屋】

「は?」
「まあまあ」
「ふざけてんな」
「やらないと出られないそうですよ」
「うるさい知らん。ドアを壊せばいい」
「やっぱり貴方ゴリラですか」
「お前から殴ってやろうか」
「またまたぁ、凪沙さんが選手に怪我させるような、愚かなマネージャーなわけないじゃないですか」
「チッ……」
「はい、それじゃあ俺からいきますね。まずチョロ……優しいところ」
「なんで誤魔化せたと思うの?」
「それから、うーん……毅然としたところ」
「聞いてる?」
「素っ気ないように見えて、馬鹿で愚かなくらい仲間想いなところ」
「好きなところじゃないだろそれ」
「可愛いところ」
「はっ、」

 流れを断ち切るシンプルで直球な誉め言葉に、凪沙は思わず素っ頓狂な声を上げた。先述の通り、常に毅然とした凪沙の、狼狽えているようにも見えるその様子を目の当たりにした一星は、どこか楽しそうに彼女の顔を覗き込む。

「あれれ? もしかして照れてます?」
「誰が照れるか。殴んぞ」
「ははっ、照れ隠しだ。本当可愛いですねぇ、そういうところ」
「おちょくってんの?」
「で、最後の一つは……目」
「……は?」
「貴方の目が好きですね」
「はぁ……」
「ははっ、わけわからないって顔してますね。それでいいですよ」

 そう、わかって貰わなくて一向に構わないんだ。彼はカラカラと笑って見せる。凪沙の、自分を疑うような、敵と認識するような目は、根拠もなく愚直に信じようとする円堂や、明日人たちの目よりもずっと、気が楽だった。だからこれは一種の牽制でもあったのだ。凪沙が、愚かな彼らに感化されるように、自分にほんの少しでも信頼を寄せて来ないように。同情なんてされないように。お前はそのままでいてくれよという、そんな気持ちが籠められていた。

「じゃあ、次は凪沙さんの番ですよ」
「ない」
「まあそう言わずに」
「五つもない。むしろ一つもない」
「このままじゃ一生出られませんよ」
「じきに助けが来るでしょ。というか餓死する前に犯人が何らかのアクション取るはず。殺人を犯したいわけじゃないだろうし」
「でもそれじゃあ、随分と遠回りでまどろっこしいですよ。時間の無駄です。ちょっとお喋りするだけで脱出できるらしいのに、不確定な要素に掛けるなんて貴方らしくないんじゃないですか?」

 チッ、と小さな舌打ちが聞こえるや否や、ぎろりと睨みを利かせられるが、一星がその程度で怯むことはない。凪沙は諦めたように長い溜息を吐いた。

「……アンタが仕組んだんじゃないだろうね」
「まさか。そんなこと思われてたなんて心外だなぁ。流石に俺もそんな暇人じゃありませんよ」
「……じゃ、髪色」
「唐突に来ましたね。青好きなんですか? 奇遇ですね、俺もです。お揃いですね」
「目の色」
「へえ、俺の目をしっかり見て。その色まで覚えててくれてるなんて意外だなぁ」
「私服の色」
「……あの、凪沙さん? まさか色シリーズで切り抜けようとしてませんか? してますよね?」
「あと…………、」
「おっと、流石にネタ切れですか? そうですよね、まさか肌の色なんてところまで口走ったらただの変態ですもんね」
「……」
「そんなに深く考えこまないでいいですよ、心のままに好きなところを教えてくれればいいんですから」
「詰めの甘いポンコツっぷり」
「喧嘩売ってます?」
「そんな暇人じゃない」

 引きつった笑みで怒りを堪える一星。そのこめかみに血管が浮き上がっているのを軽くスルーして、彼女はほんの小さな声量で最後のひとつ、嫌悪感しか覚えない一星に対しての、唯一の妥協点を口にする。

「……姿勢」
「えっ?」

 ──ガチャリ。と、凪沙が言葉を落とした直後にどこかで重い金属音が鳴る。それが扉のロックが解除された音だとわかった時にはもう、彼女はドアノブに手を掛けていた。一星は言われたことを反芻する余裕もなく、慌ててその背中を追いかける。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ置いてく気ですか!」
「ああ、それもいいかもね」
「ふざけるなよお前! あっ待てコラ閉めるな! おい!」


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