海腹と出られない部屋

【恋バナしないと出られない部屋】

「だそうですよ凪沙さん!」
「チェンジで」
「いやそういうのありませんから」
「ネタもありませんし」
「ええー!? ありますよねそのジャージのお話とか!」

 そう言ってのりかは、凪沙がいつも羽織っている使い古されたジャージを見た。あの『伝説のゴールキーパー』円堂守から預かったというが、のりかは未だ不透明な凪沙と彼の関係性について、以前から聞きたくて仕方がなかったのだ。といっても、実際のところはのりかの期待する甘い話などは一欠片もなく、凪沙は面倒くさそうにため息を吐く。

「悪いけどその話をしたところで、この頭の悪いお題のクリアには繋がらないよ」
「ええーっ! またまたぁ、だって実質彼ジャーっていうやつですよね、それ! ちょっと大きいし! なんとも思ってない女子にジャージを託す男子なんていないですって!」
「いるんだな、それが」
「それじゃあ、円堂さんって凪沙さんのことどう思ってたんですか?」
「それは本人に訊いてくれないとわからないよ。……いや、間違っても訊かないでよ」
「でもきっと、凪沙さんのことをとても大事に思ってたんでしょうね」

 そう言って頬を緩めるのりかに、凪沙は戸惑った様子を見せた。居心地の悪いような、気恥ずかしいような、言葉にできないようなもどかしさに、どう反応すればいいのかわからなくなる。
 誰かの気持ちを、本人でもない自分が正確に測ることなどできない。凪沙は円堂のことをとても大事に想っていたが、自分のことも大事に想ってほしいなどと見返りを求めていたわけではなかったし、あのサッカーしか頭にないサッカー馬鹿が自分をどう思っているのかなんてわからなかった。けれど結局一度も円堂の誘いに乗らなかった凪沙に、それでもジャージを託してくれたのは、のりかの言う通りだったからなのだろうか。少しでも大事に思って、信頼してくれていたからなのだろうか。もしも、そうだったらいいなと、凪沙は心の隅で静かに思う。

「で、凪沙さんは円堂さんのことをどう思ってるんですか?」
「……さぁてね。私の話はそろそろいいでしょ、海腹さんも何か話してよ」
「ええっ!? 私はいいですよ〜! というかネタないので!」
「なんで私らを選んだんだ犯人は……」
「うちの島って人口も少なかったこともあって、本当にそういう色恋沙汰がなかったんですよねぇ。いい人もぜーんぜんいないし」
「可哀想に……」
「転入先のクラスの子にも、明日人たちと一つ屋根の下で生活してるんでしょ!? ってキラキラした目向けられたりしたんですけど、まあアイツらだけはまずないかな〜って」
「可哀想に……」

 凪沙の吐息のような同情は、全てのりかではなく他の伊那国メンバーに向けられていた。これほど近い距離にいながら、いや、距離が近いからこそ、微塵にも意識されていないらしい。しかし孤島出身の彼らは、同年代の友人というよりはもっと近い、兄弟にも準ずるような関係性であるのかもしれないな。そう考える。

「もう長年ずーっと一緒にいるもんだから、今更そういう目なんかじゃ見られませんよ〜!」
「まあ、確かにそうかもね」
「それに、そもそもアイツらは女心がまるでわかってなくてですね!? デリカシーってものがないんですよ!」
「想像つくわぁ」
「聞いて下さいよ、この間だって私、せっかく都会に来たから思い切って色付きのリップクリームデビューしたんです! それなのに、明日人ってばなんて言ったと思います!?」
「さあ……」
「『のりかどうしたの? 唇充血してるよ』って! 充血するのは唇じゃなくて目でしょうが〜〜〜ッ!!」
「どうどう……」
「しかも日和に至っては『いや、今朝のハンバーグにがっついていたので火傷して腫れたものかと! 笑えないですよ!』って、ほんと笑えないっての〜〜〜〜ッッ!!!」
「まあまあ……」

 思い出した苛立ちによって、彼女のゴールキーパーとしての頼れる拳がぎりぎりと握り込まれる。林檎か何かがあったら破裂していたかもしれない。

「……とまあ、そんなわけでアイツらは対象外なんです!」
「それはお疲れさん……」
「それに……私たち昔っからサッカーのことばっかり考えてたし、今でもサッカーが恋人みたいなところがあるので!」
「へえ、本当にサッカー好きなんだね」
「へへへ、はいっ。まだもうしばらくは、サッカーがあれば彼氏なんていらないかなって思っちゃいます。凪沙さんは彼氏欲しい〜とか思わないんですか?」
「ええ……別に今はいいかな」
「えー! 凪沙さんならきっと引く手あまたなのに〜!」
「それはないでしょ。なら海腹さんのほうが……」
「でも私の転入したクラス、凪沙さんのプレカ持ってる男子いましたよ!」
「げっ……!」
「えっ嫌なんですか!?」
「いや……実際に誰かがあれ持ってるのかと思うと」
「え〜? いい顔で写ってたじゃないですか〜!」
「アイツと同じこと言うじゃん……」
「ホラ〜! 誰か知りませんけど皆そう思ってるんですって! 凪沙さん美人で素敵だから気になってる人いっぱいいますよ!」
「いや本当いないって」
「あ、ホラ! 凪沙さんあっちこっちの学校に男子の知り合いいるじゃないですか!」
「や、あれは強化委員だから元雷門ばっかりだし」
「円堂さんはもちろん、星章の鬼道さんとか! 帝国の風丸さんともお話ししてましたよね! いよっ! モテモテ! ってなんで半笑いなんですか! なんですかその目!」
「や……ナイナイ。そういう関係じゃないから」
「え〜!? そんなぁ!」
「海腹さんこそ、この前告白されたんじゃないの」
「え? やだなぁ、残念ながらそんなトキメキエピソードないですよ!」
「え? でもこの間クラスの奴が手紙……」
「え?」
「え?」

 しばし沈黙が続いたが、(……伊那国の誰かが阻止したな)と当たりを付けて、凪沙は歪に笑った。素直で少し鈍感なところのある紅一点が、そちらの方面で可笑しな奴に捕まったりしないか、きっと心配なのだろう。のりか本人は気付いていないらしいが、幼馴染も同然の彼らに、彼女は随分と大事にされているらしい。

「それよりどうするんですかも〜! このままじゃ出られないじゃないですか!!」
「その台詞そっくり返すわ」


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