野坂と出られない部屋

【どちらかが秘密を一つ暴露しないと出られない部屋】

「定義が分からないんだけど」
「そもそも、どこかで誰かが監視……あるいは盗聴しているということでしょうか?」
「だろうね。秘密でもないことを秘密の暴露っぽくしたら開くかねぇ、このロック」
「どうでしょうね……何にせよ、凪沙さんのパワーを以てしても、これを力ずくでこじ開けるのは難しそうですね」
「ツッコまないからね」
「このお題とやらをクリアするのが、この謎の部屋から脱出する最短ルートになりそうですね」
「まあ、必然的にそうなるな……」
「凪沙さん、なにか話しても差し支えのない秘密は?」
「あー……私、実は料理苦手でさ。今まで厨房には立ってたものの、野菜切るくらいしかさせてもらえなかったんだよね。大変なことになるから」
「ええっ、そうなんですか! それはまた……ある意味面白い話ですね」
「……」
「……」
「……」
「……開きませんね」
「やっぱり嘘じゃ通じないか」
「となると、犯人は僕たちをある程度知っているみたいですね」
「らしいね。野坂は話しても問題ない秘密ある? よくわからん人間に知られても大丈夫なやつ」
「うーん、そうですね……」

 野坂は口元に手を当て、しばし考え込む。たっぷり十秒ほど黙考して、ぱっと顔を上げた。一見いつもの冷静で穏やかな表情に見えたが、普段とは違う、わずかな違和感が凪沙の喉をほんの一瞬詰まらせる。「いつもの顔」を手本にして精巧につくられたような笑みが、いつもよりも微かに低く感じる温度が、それは気のせいではないと訴える。

「僕の、は──」
「いいよ別に」
「え?」
「話したくないことを無理に話す必要ないでしょ」

 何かを語りかけた野坂を、被せるようにして凪沙は制した。きょとんと、丸みの少ない彼の瞳が開かれる。

「ですが、このままでは出られませんよ」
「それはそれ。それとも、ペラペラ話しても大丈夫な秘密ってんなら聞くけど」
「いえ……あえて人に聞かせるような話ではないですが」
「じゃあいいよ。無理して話すことないし、聞いたこっちも寝覚め悪い」
「そう、ですか?」
「というか、よくも躊躇なく話そうと思えるね……」
「だって、ここから一生出られないほうがよっぽど大問題じゃないですか」

 淡々と、なんてことないように言ってのける野坂に、凪沙は眉をひそめた。真面目と言えばいいのか、自己犠牲と言えばいいのか、それともやはり、少し人間味に欠けているところがあるのか。はたまた感情を押し殺すことにあまりにも長けているのか。何にせよ、彼ほど子どもらしくない子どもも、なかなかに珍しいものだと彼女は思う。

「にしたって、もっとくだらない話あるでしょ……そうじゃなくても、あんたが絶対に話さないといけないわけじゃないし」
「凪沙さん、やっぱり優しいですね」
「は、別に親切心じゃないし」

 野坂の賛辞に素っ気なく返し、ふいとそっぽを向いてしまう凪沙。しかしこれは、他人に「自分が優しい人間である」とされることに慣れていないらしい凪沙の、一種の照れ隠しであるのだと野坂は察していた。

「それじゃあ、僕を助けて下さい。凪沙さん」

 小さく笑って、野坂は彼女を見やる。ずるい言い方だった。真っ直ぐ見つめてくる瞳は穏やかで、凪沙は居心地悪そうに首に手を当てる。それからしばし考えを巡らせるようにして、小さく「……わさび」と呟いた。

「……えっ?」
「わさびが、苦手」
「……意外だな」
「言うと思った」
「凪沙さんは苦手な食べ物なんて無さそうなイメージがあったので」
「流石にあるよ。これ、馬鹿が小学生みたいに騒ぎそうで面倒だから余計に喋らないでよ」
「子どもっぽいって気にしてるんですか?」
「うるさい」
「フフッ、ええ、わかりました。僕と凪沙さんの、二人だけの秘め事ですね」
「その言い回しやめてくれない?」
「あ、今の音は開錠したみたいですね。さ、脱出しましょうか。僕に秘密を握られてしまった凪沙さん」
「聞いてる? 聞いてないね」


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