光王子と使用人

※サマーゾンビ軸


 昔々、とある王国のとあるお城に、とある王子様がいました。王子は名を光といい、年の頃は十二、三ほど。甘やかされて育った故か、大変に我が儘な性格でした。
 そんな王子に幼少の頃から仕える、とある使用人の娘がおりました。彼女は名を凪沙といい、年の頃は王子より一つか二つほど上に見えます。彼女は使用人として、ことあるごとに王子の我が儘を聞いておりました。

「なに!? この俺の命令が聞けぬというのか!?」
「はい」

 しかしそれは、本当に文字通り『聞いている』だけであり、彼女が王子の我が儘を『聞き入れる』ということは滅多にないことなのでした。顔色一つ変えることなく即答した彼女に、王子はキイキイと年相応にわめきます。

「おい! 使用人! いい加減お前を解雇してやってもいいんだぞ!」
「それ、冬に入ってから三回目ですが……どうぞ王子の御心のままに」
「今度の今度は本気だからな!?」
「はいはい」
「なんだそのやる気のない返事は〜ッ!」
「へいへい」

 その光景はもはや日常茶飯事でもありました。城の者のほとんどが王子に逆らえない中、彼女だけは大層肝が据わっており、王子の勅命も一蹴することが多かったのです。そしてそれは、幼少の頃から共に育ってきたが故、暗黙のうちに許されていることでもありました。王子は彼女に、自身では気付いていないながらも強い信頼と親愛の念を寄せているのでした。そして彼女も、王子のその気持ちに、静かに応えるのです。

「使用人! 袖が破けたぞ!」
「はいはい」

 時には破れた服を縫い、

「使用人! 腹が減ったぞ! 今すぐ何かを出せ!」
「はいはい」

 時には魔法のような素早さでチャーハンを作り、

「しし使用人! た、た、た、たるぁかーん!!」
「はいはい」

 時には王子の部屋に不法侵入したゴキブリを抹殺し、

「使用人ーーー!!!」
「はいはい」

 使用人は、王子のそばにいることはもちろん、彼が本当に困った時には何度も何度も助けてくれました。そしてそれは、決してお金を介した雇われの身であることだけが理由ではありません。彼女自身も、長年ともに育ってきた王子に対し、言葉にはしないながらも信頼と親愛を覚えているのでした。
 だから彼女は、王子が素敵な人生を送れるように、時にははっきりと進言だってしてみせるのです。

「王子。権力や財産では、人の心は動かないことがあります」

 彼女は諭すように王子に語って見せます。命令が聞き入れられずにわあわあと騒いでいた王子も、彼女の静かな声に思わず聞き入ります。

「ならば、一体何が必要なのかわかりますか?」
「……武力? ──いだっ!」
「違います。まったく物騒なお人ですね」
「棚に上げて!!」

 目を伏せたまま、王子の前髪から覗く額を指で弾いた使用人。こんな無礼すら許されるのも、きっと彼女だけの特権なのでしょう。彼女はそっと、彼のアクアマリンのような美しい瞳を見据えました。王子もまた、彼女の静かな、水中のような双眸を捉えます。

「いいですか王子、誠意を見せるのです。まっすぐ、誠実な人になるのです」

 王子は目を見開きます。王子として、難しいお勉強は今までたくさんさせられてきましたが、そんなことを教えてくれる大人は一人もいませんでした。王子は口の中で、せいじつ、と貰った言葉を飴玉のように転がします。

「貴方が素直で優しい御心を見せれば、自ずと人はついてきます。他人を想えば、他人に想われる人になります。貴方の誠実さは、貴方自身をお助けになります。それだけはお忘れなきよう」

 返事の必要はない、というように、使用人は王子の唇にそっと人差し指を当てます。王子は適当に返事をすることもできず、口に出せなかった分まで心の中で彼女の言葉を繰り返します。

「……お前は」
「はい」
「お前は、じゃあ、なんで俺を助けてくれるのだ?」

 王子の問いに、使用人はそっと瞳を閉じました。何かを考えているようにも見えました。
 王子はたった今、彼女からとても大事なことを教わりました。「自分にはきっと、誠実さが欠けている」と自覚もしました。だからこそ、ならば何故彼女が自分に優しくしてくれていたのかがわからなかったのです。彼女の教えは本にはないものでしたから、この問いの答えも、王子にはわからないものでした。
 ほんの少し間を開けて、使用人はようやく口を開きます。その表情には、わずかに薄い笑みが浮かんでおりました。

「王子が馬鹿で、不誠実で、我が儘で、まだまだ学ばなければならないことだらけの、優しいお人だからですよ」


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