吹雪兄弟と名前問題

「ちょっと、吹雪」
「うん?」
「あ?」

 凪沙の呼び掛けに応じた二人の男は、互いに数秒顔を見合わせたのちに彼女と向き合った。兄の方は垂れ眉がさらに困ったように下がり、弟の方はつり眉が一層つり上がっている。彼らの様子に、凪沙は少しきまり悪そうに眉をしかめた。

「おっまえなァ……」
「あー……ごめんって。兄貴のほう」
「お前がアニキをアニキって呼ぶな!」
「じゃ士郎のほう」
「うん。なに?」

 「析谷さんが吹雪のこと呼んでる」と用件を端的に伝えると、吹雪はにこやかにお礼を言ってその場を去っていった。終始穏やかな彼とは反対に、残されたアツヤは不服そうに凪沙を睨んでいる。

「おい、お前」
「何? 吹雪」
「そのまどろっこしい呼び方やめろってんだよ! アニキは吹雪だけどオレも吹雪なんだよ! 両方名前で呼べや紛らわしい!」
「ええ……あんたはともかく、兄のほうは今までずっと吹雪呼びで慣れてたんだから今さら変えろったって……」

 凪沙は心底面倒くさそうに頭を掻く。確かに、生活を共にしている以上、被っている名前をあえて呼ぶのは紛らわしい。呼ばれた本人たちは判別がつかず、たまったものではないだろう。とくに、今のような場合ならまだしも、フィールド上でパスを送られる際にどちらかわからぬ名前を呼ばれれば連携に支障を来す。
 それ故に、補充選手として新たにやってきた吹雪アツヤのことを、他のメンバーは下の名前で「アツヤ」と呼んでいる。しかし兄の士郎については、今まで通り「吹雪」と名前で呼んでいる人は少なくなかった。自分のいない場所で「吹雪」と呼ぶのであれば構わないが、声が聞こえる範囲で「吹雪」と聞こえくる度に、アツヤは紛らわしい! とわめくのだ。今回は凪沙がその怒りを受ける番だった。

「じゃあアニキのほうはいいから、オレのこたァぜってー吹雪呼びすんなよ」
「はいはい。でもあんたのほうだけでいいんだ」
「……いいも何も、どうせあと少しで……」

 アツヤはそこで言葉を切った。言い淀む彼のその顔が何故か、悔しさのような、やるせなさのようなものにじわじわと浸食されているように見えて、凪沙は心のどこかで胸騒ぎを覚える。それを振り払いたくて、半ばなげやりに「わかったって」と返した。

「ほんとかァ? そもそもお前、オレの名前わかってんのか?」
「わかってるに決まってんでしょ。えーっと…………、」
「お前……」
「冗談だよ、アツヤ」

 さらりと呼べば、アツヤはほんの少し驚いたようだったが、すぐに満足そうに鼻で笑った。その得意そうな顔を見て、凪沙はほんの少し悪戯心が沸く。

「あんたこそさっきからずっとお前お前って、私の名前覚えられてないんじゃないの?」

 仕返しするようにニヤリと聞き返してやれば、アツヤは馬鹿にするなと言わんばかりに「はぁー?」と腕を組んだ。

「そのくらい余裕だっつーの。なあ、……」
「……」
「……」
「……」
「……なあ、今日の晩飯なに?」
「……ハァ」


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