一星光と出られない部屋

【十分間恋人繋ぎし続けないと出られない部屋】

「……また?」
「またですね」

 虚無を見る目でお題の文字をなぞる凪沙に、一星は笑顔を崩さないまま呼応した。

「恋人繋ぎって、こう、指と指を交互にするやつですよね?」
「ふざけてんな。他人のそんなん見て楽しいの? びっくりするくらい暇な人間でもそんなもの十分も見続けてられなくない?」
「まったくですね」
「……まいいや。や、全くよくないけど。さっさと出るよオラ手ェ出せ」
「アッはい」

 半ばキレ気味の凪沙に気圧され、一星は従順に手を差し出す。二人は手を重ね合わせると、空気を含ませるように軽く握り合った。

「それにしても何回目ですか? 順応の仕方がプロの域ですね」
「笑えない冗談やめろ」

 白けた目を向ける凪沙に、一星はハハと笑う。笑いながら、ふと、気がついた。
 普通に手を繋ぐのとはまるで違う。指と指の間まで相手の皮膚が吸い付くようにくっついて、熱い。手の甲を覆う指先からも体温が伝わる。彼女の手は随分と冷たく感じたけれど、きっと俺の手が熱いだけなのだろうと一星は思った。
 繋いだ手に視線を落とす。凪沙の肌が特別焼けていないわけではなかったが、スポーツ選手としての健康的な己の肌と重なることで、彼女の肌の白さが際立つように感じた。
 いやはや、それにしても、異性の手とはこんなにやわらかいのか。

(……えっ?)

 自分で考えて、驚く。……えっ、やわらかいな? そしてやたらすべすべとしている。指先は多少かさついていたが、毎日炊事をこなしている手なのだと思うと腑に落ちる。
 まだ中学生、そこまで男女の体格差は無いとはいえ、それでも凪沙の手は一星に性別の差をしっかりと感じさせた。
 ……あれ?

「……どうした?」
「あっ、いえ、あの……」

 じわじわと耳が、重ねた手が熱を持つのを感じる。──あれ、やばい、どうしよう、これは、あ、やばい。一度意識してしまったら、『それ』はもう止められない。

「ちょ、ちょっと一旦離してください」
「え? 何急に。離したらまたゼロからやり直しでしょ」
「い、いや本当にちょっとあの、」
「嫌でもなんでもやるしかないでしょうが」
「べ、別に嫌とかそういうわけじゃなくて……」

 ──やばい、汗、手汗が。どうしよう今すぐ離さないと凪沙さんに何を汗かくほどテンパってるのだと不審がられてしまう。俺もともと汗かきなんですよで通じるか? とってつけたように? 無理がないか? あっ、あっ、駄目だ、顔が見れないし見られたくない。しかし俺の心情を知ってか知らずか、凪沙さんは怪訝そうな表情で俺を見てくる。しかもこの距離感、普段は感じたこともないはずなのに、なにかの良い香りがほんのり鼻を擽ったりして、たまったもんじゃない。片手も拘束されているようなものだし、そこから自分のものじゃない体温が伝わってくるし、肌同士が溶け合ってるみたいに熱い気がする。顔に熱が集中し、心臓が急激にばくばくと跳ねていく。頼む、覗き込まないでくれ。近付かないでくれ。なんだ。なんなんだこの妙な気恥ずかしさは。ああ、ああ! 勘弁してくれ!!

「……そ、そろそろですかね?」
「まだ五分も経ってないと思うけど……」
「ヒエッ……」


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