円堂と母ちゃんの弁当作り
「……何やってんの?」
ひっそりと静まり返った早朝。不意の声掛けに、バンダナから飛び出す毛束が大袈裟なまでに跳ねる。厨房のワークトップに複数のタッパーとアルミカップを散らかしていた円堂は、まるで悪いことをしたのが見つかったように小さく肩を縮こませながら苦笑した。
「お、おはよう、華那芽、早いんだな、ハハ……」
「おはよ……なんか早く目ェ覚めちゃって……じゃなくて、何やってんの? つまみ食いじゃなさそうだけど……っていうかアルミカップなんてこのキッチンあった? まさか買ったの?」
「え、えーと……」
言い淀む円堂に、凪沙は怪訝そうに顔を歪める。何か後ろめたいことがあるらしいが、皆目見当もつかなかった。それはそれは盛大に目を泳がせる彼に、小さくため息。──一体何なのだこの食堂は。こんなことばかりではないか。スルーできない現場が多すぎる。
「……いや! なんでも! ない!」
「嘘が下手過ぎて可哀想になる……」
力みすぎて裏返った声に、思わず憐れみの言葉が溢れ落ちる。しかし、どうしたものか。彼はどうやら凪沙、あるいは他の誰にも知られたくないことをしていたらしい。あの純粋で、曲がったことなど絶対にしない円堂が"悪いこと"をしているとは到底思えなかったが、かといって「ああそう、なんでもないのね」とあっさりここを出ていくには、彼の所業があまりにも気になる。そのタッパーとアルミカップで、一体何をしようと言うのだろうか。まさか、この食堂で三食食べられ、外食や持ち込みだって過度でなければ禁止されていないにも関わらず、わざわざ自力で──ん?
ちらりと視線を動かす。台の上にはタッパーとアルミカップの他に、卵焼き器と、のりかがお土産のマカロンの他にやはりこっそり持ってきていて、キッチンに置いてくれた焼き海苔。
「……円堂、もしかして」
「……」
「『弁当』作ろうとしてる?」
「……華那芽はほんとに鋭いなぁ」
タッパーもアルミカップも、おかずを詰めるため。卵焼きのための器具に、おにぎりの為であろう焼き海苔。そこからの推測は、やはり正解だったらしい。円堂はお手上げだと言わんばかりの苦い顔で、諦めたように話し出した。
「野坂と一星がな、話してるのを聞いたんだ。『母ちゃんの弁当』ってどんなのだろう、って」
ああ、なるほど。ようやく合点がいった。そして円堂が凪沙に対して言い淀んだ理由のひとつも、ようやくわかった。
──先日の試合のことだ。新たにゴールキーパーとしてイナズマジャパンに加わった海腹のりか。彼女は新しく必殺技を身に付けてきたが、「円堂の必殺技を真似してしまった」という負い目からそれを使えずにいた。
一歩踏み出せなかった彼女の背を押したのは、他でもない円堂だった。「サッカーは『母ちゃんの弁当』だ」「昨日の残り物が詰まってるけど、でもスッゲー旨い」「みんな自分に無いものを誰かから貰って強くなっていく。だからそれは、間違いなくお前の必殺技だ」……そんな、いかにも彼らしいエールを送った。
その斬新な例えに、どうやら引っ掛かりを覚えてしまった者が数名いたらしい。
「俺、悪いことしちゃったなぁ」
申し訳なさそうに眉を下げる円堂。──けれど一星はともかくとして、あの野坂が感傷に浸ってそんなことを話していたかは、定かではないように思えた。野坂の家庭事情を詳しく知っているわけではないが、彼は単に興味があっただけではないだろうか? 無論、ただの憶測にしか過ぎないし、勝手に人の気持ちを推し測るのも愚かなことであるが。
「華那芽も、ごめん……」
案の定、凪沙にも向けられた謝罪。バンダナからぴこぴことはみ出たくせ毛が、心なしか萎れて見える。凪沙は彼から視線を逸らすと、手持ち無沙汰に散らばったアルミカップを弄った。
「別に謝ることなんてないでしょ」
円堂の顔が驚いたように此方へ向く。それに気付かないフリをして、二つ三つ重なってしまっているカップをばらしながら、なんてことないように続ける。
「あいつはこうかもしれないとか、あれこれ考えてばかりじゃ何も話せなくなるじゃん」
「……うん」
「私は嫌な気持ちになんかなってないし、謝られた方がどうしていいか分からなくて困る」
「……うん」
「まあ、確かに海腹さんのお母さんが健在じゃなかったら大地獄だったけど」
「うぐっ」
「でも、そりゃ相手傷付けたり無神経な言葉は良くないけど……そういう言葉じゃなけりゃ、そんなことが起こっても仕方ない……と思う。誰も悪くなんてないわけだし。しかもあんたのそれは他人のためだったわけで、だからあいつらだって分かってると思うよ」
「……うん」
「それとも、ただの罪悪感から弁当作ろうとしてた?」
「違うぞ!」
咄嗟に否定したせいか、大ボリュームになった声量を慌てて絞る円堂。言いにくいのか一頻り視線を泳がせてから、少しだけ照れたように、大真面目な顔で答えた。
「こういうの自己満足っていうんだろうけど……俺の大好きなもの、あいつらにも食べてみてもらいたかった!」
ああ、なんと彼らしい理由だろうか。凪沙は何か言おうとして、やはり言葉が見つからずに閉口する。
好きなものを共有したい。確かにそれは自己満足かもしれないし、相手が毛ほども興味がなければ、はた迷惑な押し付けにもなってしまう。けれど野坂も一星も、きっと円堂からのそれを喜んで受けるのだろうと凪沙は予想する。それが叶うのは、円堂の無垢さと寄せて寄せられる信頼によるところが大きいに違いなかった。
「華那芽?」
何やら棚を漁り始めた凪沙に、円堂は首をかしげる。彼の様子をよそに、そこから自分用のエプロンを取り出した凪沙は、肩に掛けると慣れた手つきで紐を締めた。
「『母ちゃんの弁当』、作るんでしょ。さっさとしないと朝食の準備と被るよ」
「ほら、あんたの分」凪沙から予備のエプロンを渡された円堂は、しばし丸い目を瞬かせた後、嬉しそうに顔を輝かせてそれを受け取った。
*
「じゃ、まずどんなのを作るの」
「そうだなぁ、そりゃ残り物を詰めることが前提だけど……俺の母ちゃんの弁当は、その他にプチトマトとー、卵焼きとー、あとおにぎり!」
「じゃ、先におにぎり作るよ」
そう言って戸棚にストックされているレトルトご飯を手に取った凪沙に、円堂はきょとんと首をかしげた。その様子に気付いて、彼女は「弁当は冷めてからじゃないと詰められないから」と補足を入れる。
「そうなのか?」
「傷むからね。だから汁気の多いものもあんまり良くないかなぁ。残り物も詰められるのは限られてくるね」
「へぇ〜……」
凪沙は赤と白で構成されたフィルムの角を剥がして、電子レンジに入れる。しかし扉を閉めようとして、円堂に複数のパックを追加で持ってこられた。あんたはいくつ作る気なんだと言いたくもなったが、このクッキングタイムの主役は彼なので、凪沙は黙って彼のやりたいようにやらせることにする。
「っていうか円堂、どのくらい料理できるの? 一年の時の調理実習、嫌な思い出しかないんだけど……」
「いや、あー、ハハ……」
曖昧に笑って誤魔化そうとする円堂に、凪沙は顔を引きつらせた。──一年の頃、凪沙は円堂、秋、それからクラスメイトの大谷つくしと
東京の五人で調理実習班を組んだことがあるのだが、経験値ほぼゼロの円堂が何故か誰よりも張り切ったために、散々な目に遭ったことがある。秋と凪沙の尽力により、どうにか食べられるものは完成したものの、真っ黒になったフライパンを片手に教師に叱られたことは今でもよく覚えていた。そして現在、やはり手伝いに残って正解だったと、小さく息をついた。
そうこうしているうちに、レンジが高い電子音を鳴らす。円堂は取り出したパックのフィルムを剥がし、凪沙は水切りカゴから洗われたしゃもじを手に取った。それからラップと皿、塩も用意する。
「じゃ作るか」
「おう! 頼むぜ華那芽先生!」
「はいはい……じゃ、まず一旦米ほぐして……それからラップ。本当はまあ素手でもいいんだけど、私はあとで手洗うの面倒だからラップ使う」
「ほぉほぉ……」
「手より大きく切って……はい、あんたの分。それで、米を適量掬って乗せる。熱かったら一旦ラップごと置いてもいいし、熱いから私は置く」
「ほぉ?」
「あっバカそんな豪快に」
「うおあっづ!」
「ったく……」
「うぐっ……あ、まあでも、わりといけるな」
「流石キーパーの手のひら……」
「アイツらのシュートのほうがスゲー威力だからな! おっ! いける! いけるぞ!」
「で、こういう風に持って、握る。あんまりきつくやると硬くなるから、適度に」
「こうか? ……うーん……三角にならない」
「別に丸でもいいんじゃない? 味は変わらないし」
「いいや! もうちょっと! できる気がする!」
「はいはい、頑張れ」
こりゃカチカチのおにぎりになりそうだ……凪沙はそんな未来にどこか呆れつつも、まるではしゃぐ子どもを見守る母親のような目を向けていた。
それから、四苦八苦しながらなんとか辛うじて三角形と言えそうなおにぎりが出来上がった。そこに軽く塩をふりかけ──案の定円堂は平均の範疇を逸脱した量を掛けようとしていたが、察していた凪沙により無事阻止された──のりかの土産の海苔をぺたりと貼り付け、完成する。円堂の手のひらは大きく、凪沙の作ったものの1.5倍はありそうなものだった。だが食べ盛りの、それもスポーツ選手に向けたものであれば、このくらいが丁度良いのかもしれない。
円堂は少し慣れた手つきで、二つ目以降も作り始める。凪沙は自分で例として作ったものを貪りながら、今度は傍らで見るだけに徹した。食べ終えてからは現在余っている料理の残りを確かめたり、ついでにキッチン回りで足りなくなってきたものを確認してメモに取るなどをし、その間に円堂もおにぎり作りを終えたようだった。
「さて、それじゃ次は卵焼き作るか」
「おう!」
卵、ボウル、箸、調味料などを用意して、早速取りかかる。凪沙は生卵を円堂に差し出した。
「はい。じゃ割って」
「えっ!? 俺!?」
「何言ってんの、作るのは全部あんた。私は円堂の食べてきた『母ちゃんの弁当』なんてわからないし。できたら食べさせてよ」
「そうか……よし! わかった! 任せろ! それじゃ行くぞ!!」
「タンマ待ったストップ」
生卵を持った手を、やけに気合いと魂を籠めて後ろに引いた円堂。凪沙は慌てて彼の腕を掴んだ。きょとんと彼女の目を見つめる円堂に、凪沙は引きつりそうになる口元をどうにか抑える。
「……いい? 殻はそんなに固くないから。軽く台にコンコンやるだけでヒビが入る」
「……こうか?」
「もう少し強く」
「……こう、か! おお! 華那芽華那芽! ヒビ入ったぞ!」
「そうそう。それで両手で持って……」
「母ちゃんは片手でやってるぞ?」
「あんた百パーセント木っ端微塵にするでしょ。慣れてないうちは駄目」
「そっかぁ……こうか? ここからどうするんだ?」
「親指を食い込ませるようにして……そうそう、それでこういう風に開く」
凪沙の手振りを横目でしっかりと確認しながら、円堂も真似をする。軽い音を立てて割れた殻から、透明な白身に包まれた濃い黄色の楕円が落とされた。器の中でつやつや、つるりつるりと美味しそうに輝く卵に、円堂は目を煌めかせる。
「華那芽! 割れたぞ!」
「上手いじゃん」
軽く口元を上げて見せる凪沙に、円堂もまた嬉しそうに笑う。それから調子づいたようで、残りの卵も快調に割っていった。
「したら卵溶いて……あ、かき混ぜて」
「こうか?」
「うーんなんか、不器用……」
「じゃこうか?」
「じゃなくて……こうして、こう」
「おお!」
円堂の手に自分の手を重ね合わせ、直接動きを伝えていく。手を離し実際にやらせてみれば、もう吸収したようにリズミカルな手つきで卵を溶いていた。
「あとは軽く白身を切る」
「切る?」
「箸で摘まむようにして……そうそんな感じ。それ何回かやって。まあ忙しいときは面倒だし一々丁寧にやってらんないけど」
「……よし! それで? 味付けか? 砂糖?」
「甘い卵焼きならそうだね」
「母ちゃんが作ってくれるのは甘いやつだ!」
「じゃそうしよう。あと軽く塩も……醤油とかだしもまあ好みで入れていいと思うけど、私は面倒だから入れない」
「華那芽さっきから『面倒』ばっかりだな……」
「あのね、料理なんて毎日やるものは、いかに面倒事を減らすかが大事なわけよ。たまにならともかく、毎度毎度丁寧になんてやってられねぇわ」
「おお……ごめん。大変なんだな……料理って」
今までサッカー三昧の日々を送ってきた円堂には、料理の経験なんてほとんど無いに等しかった。彼は今、改めて母親やマネージャーたちの苦労を感じ取った。とくに凪沙たちはまだ中学生であるというのに、家事全般をそつなくこなせるのは本当に凄いことだ。彼女たちは大したことでもないと思っているように見受けられたが、円堂からすれば尊敬以外の何者でもなかった。
「はい、これ入れて」
「あれ? 茶色い……これ砂糖なのか?」
「今は上白糖じゃなくててんさい糖使ってんだよね」
「??? ……へえーそうなのか!」
「私もあんまり詳しくないけど、精製してない砂糖の方が良いらしくて。まあ多少値段は張るけど、日本代表の飯なんだからそんなせせこましいことは絶対言わせん」
「お、おお……」
「っていうかここは節制しすぎ……キッチン回りの人数が足りなすぎるしいい加減誰かしら雇えってんだよ一日何回洗い物させりゃ気が済むわけ?」
「お、おーい華那芽〜……」
そこで円堂は凪沙の異変に気付く。しかし、どこかに存在するスイッチが入ったらしい彼女を、止める術はない。
「だいたい、マネージャーはマネージャー業務があるってのに家事全般すべて任されるとか可笑しいでしょ。数日間の合宿ってわけでもあるまいし。確かに選手と比べたらそらやること少ないけど、もう少し人雇っても良くない? あんな豪華な壮行会とか開く余裕あるんだから、食洗機五個くらい余裕で買うなりレンタルするなりできんでしょうが。つーかシェフ雇えよ。中学生に長期に渡る食事任せんなっての」
「華那芽〜……」
「析谷さんの存在だって有り難いけど役目兼任させすぎだし、なんでこう徹底的に関わる人を減らすかなぁ? フィジカルトレーナーもデータ分析も料理長もデータセキュリティーも全部一人に任せたらどこかしらが手薄になるし万が一あの人が抜けたら穴まみれになるだろうがッッ!!」
「戻ってこ〜い……」
不満を溢れさせた凪沙が戻ってきたのは約二分後。しかしその後の行程でも彼女は募っていた不満をたびたび吐き出し、その度に円堂は渋い顔で彼女を宥めるのだった。
*
「あの、これは……」
「『母ちゃんの弁当』だ!! 華那芽に手伝ってもらって作った!!」
練習の合間の休憩でメンバーの前に出されたのは、複数の大きなタッパーに、ラップにくるまれた無数のおにぎり。一同が大いに困惑する中、円堂だけが期待と自信に瞳を輝かせていた。
あれから紆余曲折あり、どうにか円堂が言うところの『母ちゃんの弁当』が完成した。彼はそれを休憩時間に出したいと言い、凪沙が他のマネージャーにもそれを伝えて用意したのだ。
少しの間が空いたのち、数人のメンバーがわらわらと弁当に群がり始める。練習で飢えた腹が、円堂の突拍子の無さから気を逸らさせたらしい。そんな中で、互いに少し離れた位置に立っていた野坂と一星は、その場を動かずに目を目を合わせた。
「(野坂さん、もしかして円堂さんにあの時の会話を聞かれてしまっていたんでしょうか)」
「(確かに、失礼ながら円堂さんに料理ができるとはあまり思えない。一体どんな中身なんだろうね)」
毛ほども噛み合っていない会話を目で交わすと、彼らは周囲に合わせて件の弁当に近寄る。
「おおーっ! 旨そうだなぁ!」
真っ先に飛び付いて、蓋を開けた剛陣が唸った。タッパーの中には、アルミカップで仕切られた色とりどりのおかずが、所狭しと詰め込まれていた。しかし目新しいものと言えばプチトマトと卵焼きくらいで、その他は普段のバイキングの料理が使い回されているのがわかった。
なるほど、これが噂の『母ちゃんの弁当』か。しかし、このタイミングだ。やはり……、
「あの……凪沙さん。もしかして円堂さん、俺や野坂さんに気を遣ってくれたんでしょうか?」
直接円堂に聞くのは少し憚られた。一星は彼の助っ人として参戦したという凪沙のもとに寄り、そっと問う。傍らにやってきた野坂も、黙って凪沙を見つめた。二人に視線を向けられた凪沙は、他のメンバーに囲まれた円堂を見やりながら、表情を崩さずに答える。
「いんや、『俺の好きなものをみんなに食べてもらいたい』だってよ」
凪沙の、あまりにも予想外の言葉が、あっけらかんとした円堂の声で自動再生される。野坂と一星はまた面食らい、それから少しだけ笑った。円堂守という男の、どこまでも愚直で素直な心とその行動力に、ふと漏れた笑みは暖かい。
凪沙はもう用はないだろうと言わんばかりに、早速乱戦となっている男たちから距離を取るように離れてしまう。そんな彼女と入れ違いに、弁当を中心とした輪から西蔭が一つのタッパーと皿に乗った三つのおにぎりを持って出てきた。
「野坂さん、よろしければどうぞ。一星も」
「ありがとう、西蔭」
「ありがとうございます、西蔭さん!」
西蔭から箸を受け取り、彼らは『母ちゃんの弁当』を満を持して見つめた。卵焼きは、見た目はお世辞にも良いとは言えない。凪沙が隣にいたおかげか、焦げてこそいないが、表面が破けていたり、でこぼことしている上に何故か断面が丸カド三角形だ。逆にこれは才能なのではないか? 思わずクスッと喉が震える。おかずはやはり見覚えのあるものだったが、箱に少しずつ詰められているからか、とても美味しそうに見えた。
「うめぇ! うめぇ!」
「旨いでゴス!」
周りも騒がしい中、一際大きな剛陣と岩戸の声が響く。他の選手たちにもなかなか好評のようで、あたりはすっかり賑わっていた。
野坂と一星は箸を構え、共に目に入ったおかず……三角の卵焼きを摘まむと、シンクロしたように同タイミングで、ぱくりと口に入れた。
ごつごつとしていて、なめらかさはほとんどない。火を通しすぎたせいか、少しかさついている。しかし鼻から抜ける卵と砂糖の風味は、今まで食べたこともないくらい素朴で、凡庸で、心を安心させるようなあたたかみが感じられた。もぐもぐと咀嚼し、ごくりと喉を通して、ぽつりと呟く。
「……美味しい」
「うん、美味しいね」
「だろ!?」
にゅ。突然生えてきた円堂の首に、一星が大きくのけぞる。位置合いからして彼が来るのが見えていた西蔭はともかく、さほど動じなかった野坂は流石というところか。
「……円堂さん、すごく美味しいです。作ってくれて、ありがとうございます」
「俺が作りたかったんだ、礼なんていらないさ! 残りもじゃんじゃん食べてくれよ! って言っても、他のおかずは華那芽たちマネージャーと析谷さんが作ってくれたやつだけどな」
へへっ、と眉を下げて笑い、円堂はまた別の仲間のもとへ駆けていく。残された彼らも小さく笑って、他のおかずに手をつけた。食べ慣れた味で、しかも冷めているにも関わらず、なにか特別なスパイスでも使ったみたいに美味しい。途中、少し形のいびつな、大きいおにぎりにもかじりつく。味のないところと、少ししょっぱすぎる部分が点在していて、なによりやたら握り固められているようだったが、それでも食べる手は止まらないどころか早まっていく。
「なんか……不思議ですね。今日食べたものとほとんど同じ中身なのに、『弁当』ってだけでまた違った美味しさが感じられます」
「そうだね。それとも……こうして皆と楽しく食べているからかな」
「……!?」
「……!?」
「西蔭、一星くん、なんだいその目は」
四周年企画/夢主のお料理教室
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