半田は共有したい

 正門を潜ってから、校舎までの数十メートル。普段よりやけに周囲の会話が耳に入ってきたのは、身にまつわる単語があちこちに含まれていたからなのだろう。
 ──強豪帝国学園に、あの弱小サッカー部が勝った。
 それには少年漫画における、主人公チームの快進撃の始まりのようなフィクション性があった。しかし実際のところ、俺たちは実力で帝国に打ち勝ったわけではない。そのことが広まっていないのか、それともそんなことは関係なく、事実として相手の棄権により「勝利した」という結果が大事なのか。あちこちから俺たちサッカー部を見直す声や、称賛する声が上がっていることは確かだった。
 現にたった先程も、俺はクラスメイトの奴らに声を掛けられていた。お疲れ様だの、お前らやるじゃんだの、マネージャー可愛いなだの、大会には出るのか、だの。いくつか関係ないことも混ざっていたものの、「あの」帝国に形として勝利を収めたということで、どこか一目置いたような目を向けられたのは悪い気分ではない。……いや、見栄を張ったが、こんな風に周りから「凄い奴だ」なんて思われたことは今まで全然なくて、そんなのは半端な俺には不相当だって今までどこか諦めてるところもあったから、口の端がにやにやとつり上がってしまうのは仕方ないだろう。

 そんなことを考えながら、ようやく昇降口にたどり着いたところで、見慣れた後ろ姿が視界に入った。よっ、と掛けた声は、自分でも驚くほど軽くて浮かれていた。
 自分に声を掛けられたのだと気付いたそいつは、どこか怠そうにゆるりとこちらを振り返った。

「はよ、半田……何そのしまりのない顔」
「いや酷くねぇ?」

 即座に返すが、これは男同士の粗雑な掛け合いと同じだから何も気にしたりすることはない。いや、こいつは女だけどよ。
 こいつ、華那芽と俺はクラスが隣同士で、つまり下駄箱も隣同士だった。隣同士で脱いだ靴を拾いながら、華那芽は俺の顔に目を向ける。大袈裟に貼られたでかい絆創膏が気になったのだろう。

「それ、痛む?」
「いや、大したことねーよ」
「そう」
「なに、心配してくれてんの? やっさし〜」

 したり顔で聞いてやると「調子乗んな」と小突かれたが、大した衝撃でもなくて思わず笑ってしまった。華那芽は俺を置いてさっさと自分の下駄箱に向かうが、俺はふと足を止めてその場からあいつの後ろ姿に尋ねる。
 
「にしてもお前さ、ちゃんと試合最後まで観てたか?」
「観てたよ」
「本当か〜? 試合終わってさ、お前てっきり近くで観てると思って捜したのにどこにもいなくてよ」
「そんな遅くまでいられないから……って捜してたの? 私を? なんで?」
「なんでって、そりゃお前……」

 少しだけ離れた顔が、不思議そうにこちらに向けられた。その様子に一瞬「当たり前だろお前何言ってんだ」と思って顔をしかめたが、その直後勝手に口から出たのは心底呆れたような深いため息。なんだよ、お前本当に分からないわけ? 心からきょとんとしたその顔に、デコピンでもお見舞いしてやりたくなったが、こいつにやると二倍返しされそうなので堪えた。

「お前ほんとにさぁ……なんだかんだ一年以上も一緒にいるってのにさぁ……」
「え、何……」
「はぁーーーっ……」

 もはや呆れて言葉も出ない。ほんっと、なんっでわっかんねーのかなぁ!? びっくりなんだけど!?
 だってよ、いくら最後まで試合見てて、華那芽自身も結果が分かってたってよ、ずっと応援してくれてたお前には、俺らの口から言いたいじゃんか。去年の春からずっと、クソ不器用でクソ無愛想だったけどずっと俺たちの応援者でいてくれたお前に、でけー声で「勝ったぜ!」って報告したいじゃん。いや、まあ厳密には勝ったとは言いづらいけどよ。それでも円堂が止めたあのボール。それを繋いで豪炎寺が決めたあの一点。それは間違いなく、俺たちのはじまりの一点だった。あの気持ちをさぁ、その時に、その場で、共有したいじゃんか。なんでコイツはそれがわかんねえのかなぁ〜〜〜!? 血通ってんのか!? それとも何!? 俺が女々しすぎるの!?

「はーーー……」
「だから何……」
「あー、もう、いい。いい」
「は〜? わけわかんね……」
「そりゃこっちの台詞だっつーの」
「ますますわからんわ」
「いやこっちの方がわからねぇわ」
「や私のほうがわからん」
「いやいや俺のほうが」

 不毛なやり取りをしつつ、俺もようやく自分の下駄箱に向かった。華那芽はとっくに上履きに履き替えていたが、それでも俺を待っているあたりやっぱりいい奴なんだよな。

「……あ、なぁ、そういやケーキはどうなったんだよ。俺たち一応勝ったぜ」
「は? なんの……」

 こと、そう言い切る前に華那芽の頭でそれはフラッシュバックしたのだろう。華那芽の顔が面倒くさそうに歪んだ。
 試合の二日ほど前だったか。掃除当番のゴミ捨てで俺たちはたまたま出会い、少し話をした、その流れの中で華那芽は一つの小さな約束をした。

『まっ当日頑張って。勝ったらお祝いにケーキ作ってやるよ』

 円堂に感化されて、俺たちはサッカーをやりたくてあの小せえ部室の扉潜ったことを思い出した。今までサボってばっかりだったのが恥ずかしくなって、すごくみっともなくて、だからこれからガンガン挽回していくのだと決意した。
 そんな中で、あいつはそんなことを持ち掛けたんだからずるいったらありゃしねえ。食べ盛りの俺らがよ、いつも美味い差し入れ作ってくれる奴の、しかも同学年の異性──例えそれが女らしからぬ華那芽であっても、だ──手作りのケーキなんて食べたいに決まってる。しかもどう考えても無謀な試合なのに、華那芽のその顔と口ぶりにはさ、「どうせ勝てないだろうし」なんて色はどこにもないわけで。流石に「勝てる」なんてところまでは思ってなかったんだろうけど、このまま黙って引き下がることだけも絶対にないんだって、華那芽は信じてたのかもしれない。

『……いや、俺たちがあの帝国に勝てると思ってんの?』
『負けると思って挑むの?』
『んなこと、ねーけどよ……』

 当たり前のように、そんなことを言ってのけんだ。こいつは。
 部員も足りなくてまともに活動もしてなくて、周りからはコケにされて。生徒会長からも負けると信じて疑われなくて。ここぞとばかりに廃部にしてやろうと思われてた俺らを。こいつはサッカー部でもないのに、絶対に馬鹿にしたりなんてしねえんだ。華那芽は絶対に味方でいてくれる、俺たちサッカー部の仲間だった。

「……仕方ないな」
「っしゃ!」

 靴を持たない方の手でガッツポーズを取る。華那芽は面倒くさそうに、けどどっか嬉しそうに小さく笑っていた。その矛盾した様子に俺はまた可笑しくなってきて、口をにやにや緩ませながらようやく下駄箱の扉を開けて。
 そして、手に持ったスニーカーを落とした。

「……」
「……半田?」
「……い」
「何、どしたん」
「ヤバイ! キタ!」
「きた?」

 嬉しさの連鎖に高揚した心臓がさらなる踊り狂いを見せる。やばい、やばい、やばい、なんだ俺今日星座占い一位だっけ!?
 俺の下駄箱の中。白い上履きの上に、そっと置かれた四角。それは定番の桃色のハートのシールで封をされた、白い手紙──どこからどう見ても、それは、俗に言うラブレターというやつだった。

「お、手紙じゃん。なんだよモテないからってとうとう自作自演に」
「走ってねーよ!」

 華那芽の舐め腐った冗談に華麗なツッコミを入れる。いやしかし、華那芽の言うこともわからんでもない。なにせ俺は「モテたい」だの「可愛い彼女が欲しい」だのと、世間一般の男子中学生を代表するような願望を時折口にしてきた。つまり、こんなものを今まで貰ったことも、校舎裏なんかに呼び出されたことも、ましてや誰が俺のことを好きらしいみたいな噂を聞いたことすらなかったのだ。いくら口元のニヤけが爆速マッハになっていたとて多目に見てほしい。

「と、とうとう俺にも……! モテ期が……!」

 全身が強張る。体温が上がって首に汗が滲む。手が小刻みに震える中、俺はおそらく宛名が書いてあるだろう裏面が見えるよう、手紙をひっくり返した。
 そして、俺はまた手に持ったその手紙を落とした。
 
「……半田? おーい」

 歓喜の余韻が滑稽なくらい虚しく宙に浮く。突然黙りこくった俺に何事かと思ったらしい華那芽は、固まった俺をよそに落とされた手紙を拾い上げた。そしてこいつも、真っ白なそこに、可愛らしい丸い文字で綴られていた文字を目にした。

『平野くんへ』

「……」
「……」
「……まあ、なんだ」
「……」
「そのうちいいことあるって」
「……燃やすか、これ」
「入れ直してやりなよ……」


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