転入生の豪炎寺くん

「っと、」

 その曲がり角から音もなく現れたのは、白い髪を炎のように逆立てた男だった。日直の仕事に足止めを食らい、早足で帰宅しようとしていたため危うくぶつかりそうになったが、寸でのところでブレーキを掛ける。そして彼の方もまた俊敏な──まるで、相手のブロックをドリブルで躱すかのような動きで避けたために、双方の突撃は免れた。こんな例が思い浮かんだのは、以前サッカー部の練習を見ていた時に、半田が染岡をひょいと躱していたのを思い出したからだった。だがあの時よりも確実に、無駄な動作のない、的確な、切れのある動きに見えた。
 私は一時停止させていた体をぱっと動かし、どうも失礼、という気持ちを込めてほんの少し頭を下げながら彼の横をすり抜ける。そのまま去ろうとしたところで、「なあ」と抑揚のない声に呼び止められた。生憎急いでいたが、私の足はきゅ、と再び停止して体を振り返らせた。彼の冷たい印象を受ける瞳が、私をじっと見据える。あ、こいつ顔はイケメンだな、と場違いな感想が浮かんだ。いやでも、綺麗さでいうなら風丸のほうが……。

「校長室……って、どこですか」

 その端的な質問に、なるほど、転校生だろうかと悟る。もしくは、学校というものにあまり頓着のない新入生か。いや、まだこの時期だというのに、校長室に呼ばれるような一年は早々いないだろう。──そういえばクラスの誰かが、近々二年生に転入生がやってくるらしいだのなんだの、噂していた、ような。じゃあ、彼がそうなのだろうか。
 「この校舎の三階。階段上がって右側ですよ」と簡潔に告げれば、彼はどうも、と軽く会釈して階段へと向かっていった。小さくなっていく背中を見ながら、私はスーパーのタイムセールの時間が迫っていたことを思い出し、再び早足で昇降口へと向かった。







 日が傾き、町全体が朱色に染まる。いつも通り代り映えの無い夕景の中、買い物袋を揺らしながら鉄塔広場へ向かっていた。というのも、てっきりいつもの河川敷にいると思っていた探し人、円堂と秋ちゃんの姿がなかったのだ。ついうっかり差し入れとして買ってしまったこのドリンクを、私が持っていたって仕方がないのだから、渡してしまいたいんだけどなぁ。そんな気持ちと、もしかしたら円堂は、特訓場所でもあるあそこにいるかもしれないという期待を込めて。

 普段河川敷を拠点に練習している町内の子どものサッカーチームに、円堂は度々混ざってサッカーの練習をしている。とはいえ小学生で構成されたそのチームでは、思うような経験値が得られるわけではない。だが仲間たちのやる気も学校における練習場所もないことには、それ以外にゴールキーパーとして人の蹴ったボールを受け止める練習方法はなかった。マネージャーの秋ちゃんもサッカーはできるが、男子のキーパーにとって手応えがあるほどの強烈なシュートは流石に撃てなかったし、どのみちたった二人ではできる練習など限られていた。
 そういうわけで今日もそこにいると思っていたが、二人の姿は見当たらなかった。丁度荷物を纏めていたピッグテールの小学生、如月まこに聞いたところ、今日も一緒に練習していたが、つい先ほどそれも終えて帰ったという。一足遅かったようだ。そこでちょうど鉄塔広場のことが脳裏に過ったのだった。

 坂を登り、広場に着いた頃には息が上がっていた。学校の鞄と買い物袋のダブルコンボであちこち歩き回っていたとは言え、己のスタミナの無さを痛感する。これが円堂だったら、きっとまだまだ笑顔で駆け回れるに違いないと思うと、口の端しから少しだけ笑いがこぼれた。
 呼吸を整えつつあたりを見回すが、そこには誰もいない。やはり直帰したのかと納得する気持ちと、こんなところまで私は何しに来たのだという脱力感に襲われる。だがまあこういうこともあるか、とそばの鉄柵にふらりと腰掛けた。五分くらい休憩したら帰ろう。何の気なしに顔を上げながら思案していると、不意に視界に二つの影を捉えた。

(あ、)

 巨大な稲妻マークが目立つ、この街のシンボル。そこの中腹部にある、梯子を上って行けるスペースに、探し人はいた。いても円堂だけかと思っていたが、その隣には秋ちゃんもいる。二人は並んで、稲妻町のどこよりも高いその場所から夕焼け空とオレンジの町並みを眺めていた。

(……自分で飲むか)

 袋の中に眠っている二本のスポーツドリンクを思い出しながら、残念なのか穏やかなのか、自分でもいまいちわからない心持ちでそんなことを考える。せっかく見つけたのだから話し掛けたい気持ちもあったが、そんな野暮な真似をするほど無粋な人間のつもりはない。私は柵から立ち上がると、二人に見つかる前に退散しようと来た道を戻った。
 それにしても円堂はともかく、秋ちゃんが彼を誘ってあそこに上るのは考えにくい。となると、恐らく円堂から一緒に来ないかと誘ったのだろう。あのサッカーしか頭にない鈍感男のことだ、他意があったわけではないだろう。それでも、きっと秋ちゃんは嬉しかっただろうなぁ、と口の端が緩んだ。

「なぁ、ヤスイさぁん」
「ああ」

 すれ違った人影に、はっと思考が戻される。ちらりと後ろを見やると、そこにはどこか柄の悪く、だらしない出で立ちの男二人。少し怪訝に思ったが、あの手の奴には関わらないほうが吉だとそのまま歩を進めた。

「…………」

 坂を半分ほど下ったところで、やはり私は踵を返し来た道を辿るように戻った。心のどこかに引っ掛かったそれは、きっと無視していいものではない。どれほど小さかろうが気のせいだろうが、燻った予感は私を突き動かす。
 馬鹿みたいに無駄にあちこち歩き回って、流石に疲れた。早く帰りたい。そうは思っているはずなのに、私の体は再び広場に戻っていく。そしてそこに広がる光景を見て、手から離れた買い物袋が地面に叩きつけられた。
 先程の二人組の、黒い服のほうの拳が円堂の顔を殴りつける。
 駆け寄ろうとした秋ちゃんが、引き剥がすように乱暴に突き飛ばされる。

 なんだこれは?

 地面にうずくまる円堂をなおも蹴り続ける男。やめてよ! と張り叫んで止めようとする秋ちゃんの声に、なんとか思考は繋がれ続けるが、すでにまともには回っていない。
 その光景は正常な判断力をいとも容易く奪い去り、気が付けば右肩からも鞄が滑り落ちていた。私は駆け出すと同時に拳を握り固めると、その主犯格の男の顔面を砕くようなイメージで真っ直ぐ容赦なく殴り飛ばした。

 そんな、白昼夢を見た。

 円堂が持っていたであろうサッカーボールを足元で遊ばせる、もう片方の背の低い不良を通り過ぎる。円堂に暴力をふるい続けている黒い男の後ろに立つと、その後ろ襟首を乱暴に掴み、勢いよく後ろに引き倒した。
 大丈夫、大丈夫。私は二人とかわした約束を、忘れてなんかいない。
 予想外の力が外部から加わり、男は呆気なく地面に尻餅をつく。大袈裟なうなり声を上げて倒れ込んだ男は、すぐに私を鋭い眼光で睨み付けてきた。

「あァ!? 何しやがんだクソが! ぶっ殺すぞ!」

 口汚く罵る男に、答えるように見つめてやれば、そいつはびくりと肩を震わせる。どこか血の気すら引いたその顔色に、今自分がどんな風に表情を歪めているのかなんとなく悟った。
 虚勢を張るように勢いよく立ち上がった男は、なにか意味のない叫び声を上げながら、今度はこちらに向かって拳を振りかざす。円堂と秋ちゃんの短い悲鳴に混ざって、後ろから無様な悲鳴が聞こえた気がした。それと同時に「伏せろ!」という声が耳に滑り込んできた。
 言われなくとも。眼前に迫り来る拳を、私は上体を低くして躱す。その瞬間、目の前の男が明々と照らされた。

 それは炎だった。煌々とあたりを照らす、炎を纏ったサッカーボールが、私の上を通り越して男の顔面にめり込んだ。
 まともに食らったそいつは地面に倒れ込み失神する。残された背の低い男は、自分とかなり体格差のあるその男を火事場の馬鹿力で背負い、謝罪を叫び散らしながら逃げ去っていった。
 倒れ込んだまま放心する円堂に、心配そうに顔を歪めた秋ちゃんが慌てて駆け寄る。彼女の手を素直に借りて立ち上がった円堂は、しかし、小さく礼を述べながらもその丸い瞳を別のほうに向けていた。視線を追った先にいたのは、どこかで見たような白い髪の──そうだ、学校を出る前に声を掛けられた迷子の──、

「お前のキック、すげーな!」

 束の間の静寂を破ったのは、嬉々とした円堂の称賛の声だった。円堂は険しい表情をしたその男の前に立つと、力強く手を差し出した。

「やろうぜ、俺たちとサッカー!」

 大きく明瞭で、まるで寄り道を知らないその声は真っ直ぐ男のもとへ届く。男は口を閉じたまま、その手をじっと見つめた──かと思えば、何かを思い出したようにはっと目を見開いた。気付けば円堂の手は、ぱしんと軽く払われていた。男は、円堂の誘いを断ったというより、拒絶したようにも見えた。何か大きなものを飲みこんでしまったような、そんな表情だった。彼はあちこちからかき集めて、小さく小さく丸め込んた言葉を口から落とすように吐き出した。

「……悪いな。サッカーは、もうやめたんだ」







 豪炎寺というらしい、例の白い頭の男は案の定二年の──それも、円堂のクラスへの転入生だった。きっと日々円堂に誘われ続けているのだと思うと、合掌せざるを得ない。
 円堂は、あんなシュートを打てるやつがサッカーを嫌いなわけがない、何度でも誘い続けてやると豪語していた。でもそれは、逆に言えばそれほど好きだったサッカーをやめるほどの事情があったということだ。いくら円堂に人の心を動かす力があろうと、こればかりはそう簡単にいくとは思えない。
 それでもきっと、円堂は諦めないだろう。そんな彼の存在が、果たして豪炎寺にとって吉と出るか凶と出るかは、私にはわからなかった。

 そんな豪炎寺のことは置いておく。今サッカー部は強制的に組まれてしまった強豪校との練習試合のため、足りない部員をかき集めなければならなかった。円堂は比喩なしに学校中を駆け回ってあらゆる人を誘い続けたが、それに乗る人はなかなか現れず。かく言う私も、それを断り続けているうちの一人なのだけれど。

 必死の頼みを断るのは苦しい。何度やっても慣れないし罪悪感は消えない。それでも、誘いに乗るのも私は辛かった。できなかった。
 なら代わりに何ができるかと考えて、私は後輩の音無さんがいる新聞部を訪ねた。誰か、恥さらしになるかもしれないこの地獄のような試合に、一時的にでも助っ人にでも入ってくれそうな猛者はいないかと。
 すると、さすが学校内外に渡る情報を数多く仕入れている新聞部、さらりと欲しい情報を教えてくれた。なんでも仮入部助っ人飛び込み参加と、色々な部活を渡り歩いている松野という二年生がいるらしい。それから彼女の厚意により、帰宅部の生徒をリストアップしたコピーもくれた。新聞部なんでそんな情報まで網羅してるんだよ怖ぇよという感想は飲み込んだ。
 そうして掴んだ情報たちを渡すと円堂は大いに喜んでくれたが、私の気持ちは「円堂のため」以上に、「罪悪感を消すため」ということの比重が大きかった。こんなやつにすら太陽の権化のような笑顔を向けてくれるのだから、申し訳なくて苦しかった。私はやはり、どうやったって一生、彼の友人として胸を張れるような人間になれる気がしなかった。







 次々と倒れていく部員たち。その光景はまるで、液晶越しに戦闘もののフィクションを見ているようで、まさかそれをサッカーの試合で見ることがあろうとは誰が予想しただろうか?
 サッカー強豪校、帝国学園は、それこそ本当にフィクションみたいな、現実離れした強さだった。四十年間無敗の名は伊達ではない、なんて言えばそうなのだろうが、その圧倒的な力量差はそれこそ地獄絵図のような光景を生み出していた。

「とんだ期待外れね」

 隣で窓越しに試合を観戦していた雷門さんが、ハンドルつきのオペラグラスから顔を離して冷めた瞳で呟く。あれだけ散々見下してたサッカー部にある程度期待はしてたんだ? なんて揚げ足をとってやろうかとも思ったが、無駄な会話を発生させるのも面倒だった。そもそも私は、生徒会長及び理事長のやり方に物申しにこの部屋まで来たのだから。

「まったく。あんな無様な試合、学校の恥さらしもいいところだわ」
「それがわかってて練習試合を受けたのは、そうまでしてサッカー部を廃部にする大義名分が欲しかったの? それとも、学校のお荷物に恥をかかせてやりたかった?」
「随分酷い言い草ね。こうしてサッカー部が膠着状態から脱却するためのお膳立てをしてあげたのだから、感謝して欲しいくらいだわ」
「よく言うなぁ。サッカー部存続のためだなんて毛ほども思ってないくせに」

 お嬢様の言い分に申し立てを繰り返しながら、目は校庭一体を見下ろす。その時、ふと見覚えのある白い頭が視界に映り込んできた。

「機会を得られるのは運のある者だけよ。そうして舞い込んだチャンスをモノにできるかどうかは、本人たち次第なのではなくて?」
「無敗の強豪に勝てなければ廃部なんて横暴な条件は、そのチャンスを今後一切完全に断つためなんじゃないの?」

 雷門さんはまた何か返してくるかと思ったが、口を閉ざした。私も彼女を横目で見やりながら黙る。彼女は言い返す言葉がないというよりは、何か別のことを考えているように見えた。しばらくして、雷門さんは再びその形の良い唇を動かした。

「華那芽さん貴方、本当にあの弱小クラブに肩入れしているのね。何故かしら? 貴方が恩恵を受けられるようには思えないけど」

 それは不意の質問で、思わず口ごもる。雷門さんは本当に理解ができないという風だった。
 私はその問いに対する答えをちゃんと自覚している。だがそれを告げるには少しの勇気と思いきりが必要だった。それでも今なら、彼女にちょっとした衝撃を与えるという仕返しができる、そんな邪心を盾に、素直な気持ちが吐き出せる気がした。

「……私は、誰かのために何かをしたいなんて殊勝なことは思えない。でも、円堂や秋ちゃんたちには笑ってて欲しいと思う」
「それは、どうして?」

 澄んだ赤い瞳がこちらを射抜く。彼女の目はいつだって気高くて強い。相手を近付けさせることはしないが、また逃すこともしないような目だった。私は至って澄まし顔で、また少しだけ口もとに自信を含んだ笑みを湛えて、成績優秀な彼女でもわからないその難問の答えを提示した。

「あの部の皆が好きだから」

 鋭く、一部には冷たそうだなんて言われている彼女の美しいつり目が丸くなる。私は彼女が次いで何かを言うのに耐えられそうになくて、すぐさま顔を背けると、さも余裕たっぷりと思わせるような足取りでゆっくり部屋から退室した。あーあ、馬鹿だなぁ、私は。あまりにも柄じゃない、似合わないことを口走った。随分と耳が熱い。
 背後の扉越しに何か聞こえた気がした。しかしその声はあまりにこもっていて、私の耳はそれを拾うことができなかった。



「──もうずっとあの人たちのために何かをしているのに、貴方自身が気付いていないなんてお笑いものね、華那芽さん」







「豪炎寺で合ってるよね?」

 彼はグラウンドから少し離れた木陰にひっそりと立っていた。雷門さんといた三階の理事長室から予め見つけておいたから、探すのに苦労はしなかった。彼は私の名前も知らないだろうが、今までに二度出会っているから流石に顔は覚えられていたらしい。私の方を振り向くや否や、お前は……と覚えがあるような素振りを見せた。

「辺鄙な席で観戦してるね。もっと近くで見ていけばいいのに」
「……」

 返事はなく、どこかきまり悪そうに彼は私から目を逸らした。
 秋ちゃんから聞いたところによると、豪炎寺はフットボールフロンティア決勝の常連校である木戸川清修中出身らしい。チーム内でもエースストライカーだったという。そんな彼がサッカーをやめた理由は、一体何なのだろうか。あの時ボールを蹴ったからには、怪我で引退したわけではないだろう。わざわざ放課後残って試合を見ているのだから、嫌いになったわけでもないと思われる。なら、やはり、並々ならぬ事情があると見えた。それを押してまで、部外者である私が彼に「助っ人に入ってくれ」などと頼むつもりはない。ないけど、もしも彼が自ら……、

 その時だ。どこからか甲高い男の悲鳴が近付いてくる。眼鏡を掛けた男子──確か、背番号10と引き換えに助っ人として入った図々しい男だ──が、そのユニフォームを脱ぎながら駆けてくる。彼はちょうど豪炎寺の前にそれを投げ捨て、私たちの間を通って逃げていった。
 雷門イレブンは十人になってしまったと、マイク越しの実況が叫ぶ。いやいや嘘でしょ、笑えないって。だけど、これほどまでに全員ボロボロに打ちのめされていれば、最早一人抜けようと現状は変わらないのかもしれない。

 豪炎寺はじっと、青と黄で構成されたそのユニフォームを見つめている。遠くから聞こえる帝国の選手たちの、人の努力と熱意を馬鹿にするような厭な高笑いが耳朶を打った。ざわりと心臓が騒ぐ。でも私には何もできない。もし、できることがあるとするなら……。

「……まだだ」

 その声は、雑音の多い中でやけにはっきりと聞こえた。その声色は、決して諦めを感じさせなかった。ゴールで倒れうずくまっていた円堂は、震える足に力を込めて立ち上がる。彼の声に、行動に、その場が水を打ったように静まり返った。

「まだ、終わってねーぞ!!」

 円堂は誰よりも不屈の精神を持っている。その心が今「この状況」を生み出した。──帝国に、圧倒的な力の差を見せつけられたことではない。一方的に痛めつけられ、チームメイトが皆地面に倒れていることでもない。彼の声に、敵も味方も、私も、その場の全ての人間が惹きつけられているということだ。

「……夕香。今回だけお兄ちゃんを許してくれないか」

 その精神は、とうとう豪炎寺の心をも動かした。
 彼は地面に投げ捨てられた雷門のユニフォームを引っ掴み、今度こそしっかりとこちらを向く。彼が今しがた溢した独り言──この場にいない『その子』に向けた言葉だったのだろう──は、聞かなかったことにしておこう。私は「こっち」とだけ小さく返すと、後ろを豪炎寺がついてくるのを確認しながら、勝手知ったるサッカー部の部室へと向かった。古ぼけた扉を開け、中に設置されているロッカーを無遠慮に開けると、手早く予備のユニフォームパンツとスパイクを取り出す。それをすれ違いざま彼に手渡した。

「一矢報いてきてよ、"炎のエースストライカー"なんでしょ」
「……ああ」

 彼はようやく私の言葉に応えた。それは強い熱量を感じる意志の込められた声で、私は安堵と微かな高揚感を覚えながら部室を出ていった。


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