ss詰め1
!短いss×3
!時系列、前後の流れがあやふや
!深く考えずにお読みください
【基山と夜明け前】
「……嫌な夢を見たんです」
その声は苦痛に満ちていて、いつも穏やかで波立っていない基山には珍しく思えた。長い前髪が、端正な顔に影を落とす。先ほどまでの酷い冷や汗はある程度引いたようだったが、明るい髪色が彼の血の気が失せた肌とは酷く不釣り合いに見えた。正面の席に座る基山は、私が用意したホットミルクに口をつけることも、マグに手を触れることもなく話し続ける。
「父さん、が、俺を見て酷く驚いて。それから強く抱き締められて、何度も何度も、うわ言みたいに『ヒロト』って呼ぶんです」
基山の話は、予想もできない不可解なものだった。彼の『父親』である人物が、基山を見て、彼ではなく実子の吉良ヒロトの名を呼ぶ。例えば、容姿が似ているわけでも性格や気質が似ているわけでもない、むしろ正反対の二人であるのに。共通するのは『息子』であることだけど、二人を同一視するような理屈もないのに。その夢の『父親』は一体、基山に何を見たというのだろう。
「俺はタツヤですよ、って訂正しても、ずっと俺のことをヒロトと呼んで、泣いてました」
けれど、夢は所詮夢でしかない。わけのわからない不思議なことだって起こりうる。だから、基山がそれほど過剰に怯える必要なんて、本当はどこにもなかった。なかったはずなのに、その夢は紛れもなく現実の基山を苦しめている。
「ヒロト、って、そう呼ばれる度に抉られたように胸が痛くて、あれは……一体、何だったんだろう」
それは私への説明ではなく、まるで自分への問いかけのようだった。透明というには濁っていて、不透明というには褪せ過ぎている。
「なんで父さんが俺をヒロトと呼んだのかも、なんであんなに悲しそうに泣いていたのかも、わからなくて……わからないのに、悲しくて苦しくて仕方がないことだけはわかって……」
基山は斜め下に視線を落としたまま、握っても開いてもない片手を口元にやった。それは癖でもない限り、少なくとも、精神状況が安定した者がやる仕草ではないと、思う。
「父さんの泣き顔も、震えた手も……俺をヒロトと呼ぶ声も、起きてからもずっと頭から離れないんです」
他の全員が寝静まっている未明だからだろうか。それはどこか浮いた声に聞こえた。夢から半分醒めきっていないような、現実と夢の狭間にいるような、そんな不安定さを彼に覚える。
「……俺は、タツヤですよね?」
恐る恐る上げられた顔は依然として青白く、そしてともすれば何かに取り憑かれたような、酷くぐらぐらと揺れた瞳だった。彼の様子は、明らかに異常に感じられた。まるでどこか可笑しなところへ行きかけているようにすら思えた。
たかが夢だ。そう思っているのは、きっと私だけなのだろう。彼にとっては『たかが』で済まされない。そう感じてしまうほどに、彼には何かが思うところがあったのかもしれない。あるいは余程、その夢の感覚が生々しく、現実のもののように今も彼を支配しているのか。それはわからない。けれどこれほどまでの愚問を大真面目に、そして怯えたように呈する後輩をすげなくする術なんて、私は持ち合わせていないのだ。
「……あんたが自信持とうが持つまいが関係ないよ。あんたが『基山タツヤ』なのは変わらないし、それは周りが証明してるでしょ」
そうはっきりと告げれば、基山の焦点がようやく合った。彼は大きく瞬きして、一度二度、私の言葉を反芻するように口を動かす。同時に、何かを思い浮かべるように翡翠の瞳を泳がせていた。
しばらくすると、基山は顔を上げて「……はい」と雪解けのように小さく笑う。湯気の出なくなったマグが、穏やかな手つきでようやく持ち上げられた。
【一星と魔法】
傷つけたかったわけじゃない。だけどいつもはあまり変わらないこの人の顔が、酷く悲しそうに歪められていて。そこで俺は、今のが失言であったのだとようやく気がついた。
「……ごめん、なさい」
「なんであんたが謝んの……」
喉が苦しくて、絞り出すように呟いた。凪沙さんは呆れて、それから小さく笑う。けれどそれだけじゃあ、先ほどの表情を脳内からかき消すには足りなくて。俺が俺を傷つける言葉を吐き出して、それで悲しんでしまうくらいやさしいこの人に。あんな顔をさせてしまったのが苦しくて、やりきれない。
「……やっぱり、ごめんなさい」
どうすればいいかわからずに謝罪を重ねる。凪沙さんは今度は小さくため息を吐いて、それからこちらを見ずに俺の頭をがしがしと撫でた。不器用で雑な手つきだけど、暖かくて、やさしくて、鼻の奥が痛む。
「……俺は、俺のこと、ちゃんと大事にできるようになるでしょうか」
口が変に震えたせいで、風が吹けば飛ばされそうな声しか出せなかった。けれど凪沙さんはそれすらも消える前にちゃんと掴んでくれて、俺がしっかり地に足をついて歩けるように、魔法をかけてくれる。
「……あんたは他人を大事にできる奴だから、大丈夫だと思う。でも、無理はしなくていい。あんたが今できないことは、周りがしてやれる」
それは迷いを知らない真っ直ぐさだった。決して揺らぐことのない横顔だった。確信を帯びた声は、自信に満ちていた。
凪沙さんは余計な嘘はつかない。お世辞のひとつだって言ってやくれない。だからこそ、その言葉が何よりも強力で強固なものとなる。それが、どんなに俺の心を軽くしてくれるか。きっと凪沙さんはわからないだろう。
「……あり、が、とう、ございます」
ひくついた喉を無理やり動かして、辿々しく、なんとか言葉を紡ぐ俺に、凪沙さんはゆるりとこちらを向く。それからちょっと笑って、黙って頷いた海のようなその瞳が、あまりにもやさしくて。彼女の顔がじわりと歪んでぼやけた。
***
一星と夢主のお話は
「傷つけたかったわけじゃない」で始まり「黙って頷いたその瞳があんまり優しくて泣いてしまった」で終わります。
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診断メーカー様より
【一星と星空の下】
「俺にはもう家族はいないけど」
吐息のような静かな声が、夜空に消えていく。それはわずかな寂寥感を帯びていて、決して明るいものではない。
「でも今は、イナズマジャパンの皆が家族みたいにあったかくて、すごく安心する」
けれど今日は星が綺麗で、たくさんの道標のように隣の彼を照らしていた。ここは地元と違って、本当に星がよく見える。あとどれほどの間、ここでこの景色が見られるのだろう。
「もう二度と触れられないと思ってた温もりに出会えて良かった。サッカーが好きで本当に良かったって思います」
歯を見せて笑う一星。彼がこんな風な幼い笑顔を見せるようになったのはいつからだろうか。変わったなぁ、と純粋に思う。思いながら、私は次の言葉を考えた。
「これが最後みたいに、言わなくてもいいんじゃない」
「え?」
「この先もまた出会えるでしょ」
その言葉はきっと無責任で、ただの気休めにしかならないかもしれない。だけどそうはっきりと告げることができたのは、これが最後なんてこと絶対にないって、本当に心底そう思っていたから。たったの12、3歳で「良かった」と思える出会いが尽きるわけがないし、一星なら縁を引き寄せる、あるいは己の力で掴み取れると思ったから。それに、この先も、って。そう思ったほうが、きっと楽しいに決まってる。
「……へへ、そうだといいなぁ」
「そうだよ」
念押ししてやれば、嬉しそうにはにかむ一星はさらに笑顔を深めた。
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