ss詰め2

!短いss×3
!時系列、前後の流れがあやふや
!深く考えずにお読みください



【海腹と髪の毛】

「凪沙さんの髪の毛はサラサラですね」

 さらり。女子にしては分厚く頼もしい手で、丁寧に凪沙の髪の毛を掬い取る。モデルほどになめらかとはいかずとも、絡まることもなく手触りの良い髪だと思った。くるくると指に巻いたり、手遊びをしながらのりかは続ける。

「私自分のくせっ毛も結構気に入ってるんですけど、やっぱりサラサラの髪の毛羨ましいです」
「そう」
「今はいいんですけど、梅雨どきとか本っ当に広がるし、毛量多いし癖強いからアレンジもできないし、それに都会の子は真っ直ぐだったり軽〜いウェーブが掛かってたりする子が多くて、可愛いなぁって」

 言って、のりかはふわふわと自然に巻かれた自身の髪の毛を触った。母譲りの天然パーマを恥じたことはないが、何かと不便な髪だ。オシャレにヘアアレンジする都会の人々を見ていると羨ましくなる。

「あと、思い切り動くとたまに視界に入るんですよね。もしかしたら、どうにか弄ったほうがサッカーやる上で動きやすいのかな……」
「ふうん……なら縮毛矯正とかしてみるのもアリかもね」
「縮毛矯正……ストパーってやつですか?」
「似たようなものだと思う。やったことないけど」
「へえ……! 私が、サラサラストレートかぁ……! 考えたことなかったです! ちょっと調べてみます!」
「今のくせ毛も可愛いと思うけどね」
「……凪沙さん、時々ずるいですね」
「え?」



【一星とクッキー】

「わあ!」

 皿の上に、円い形の小麦色が並ぶ。形はやや不揃いではあったが、美味しそうと思わせるには申し分なかった。鼻を通るバターの甘く香ばしい匂いに、うっかり手が伸びそうになるのを堪えて、一星は尋ねる。

「これ、どうしたんですか? 食べていいんですか?」
「秋ちゃんと作った。どうぞご自由に」
「やったあ!」
「まだ誰にも声掛けてないのによく気付いたね……」
「なんだかとてもいい匂いがしたもので。それじゃあいただきます!」

 ひょい、と一枚手に取って、顔へ近づける一星。犬のように鼻をひくひく動かし、食べる前にも関わらずうっとりした表情を見せた。それから満を持して、ぱくりと口に放り込む。そこそこ大きいのに一口か……と凪沙の目は作業しながらも物語っていたが、一星がそれに気が付く様子はない。
 さく、さくり、軽い音を立てて砕けていくクッキー。小麦粉と砂糖とバターの味が口いっぱいに広がり、一星は目を見張る。それから音を立てて呑み込むと、きらきらと輝いた表情を凪沙に向けた。

「美味しい! 凪沙さん、すごく美味しいです!」
「そう。秋ちゃんにも会ったら伝えてあげてよ」
「はい! そういえば秋さんはどちらに?」
「ヨネさんに呼ばれてたから、後片付け私が請け負った」

 そうなんですかぁ、と相槌を打ちながら、一星は二枚目に手を伸ばす。ぱくり、さくさく、ごくん。頬が妙に痛むくらい美味しかった。これがほっぺたが落ちるということだろうか。

「へへ、美味しいなぁ……そういえば、クッキーの型なんてここにあったんですね」
「いや、無いよ。買うのももったいないから、アイスボックスクッキーにした」
「?? へえ、そうなんですかぁ」

 耳慣れない単語が飛んできたが、要するに型を必要としないレシピらしい。よく分からないが、やっぱり凪沙さんたちは凄いなぁと漠然と思った。それから、一星は先ほどから薄々感じていた疑問を素直にぶつけて見せる。

「もしかして、俺が好きだから作ってくださったんですか?」
「……はっ?」

 泡のついた食器をすすいでいた凪沙が、突然素っ頓狂な声を上げた。水が無駄に流れ続けるのも気にせず、完全に手を止めてしまっている。彼女らしからぬその様子に、一星は首をひねって続けた。

「俺、クッキー好きなんです。凪沙さんたちに言ったことありましたっけ?」
「……あ、ああ……いや……知らね……」
「あ、偶然だったんですね。へへっ自惚れちゃいました……あれ? どうしたんですか?」
「うるさい」
「えっ」



【一星と幻】

※物凄く謎なIF話
※本編とは一切関係ありません


「なんでこんなことするんですか」

 伸ばした指先が震えた。口から滑り出た声は思いの外暗く低く、目の前の凪沙さんを怯えさせてしまうだろうかとも思った。けれどやっぱり凪沙さんはこの程度で怯むような人ではなくて、こんな時でも凛然とした強い眼差しで、まっすぐこちらを見つめていた。

 うつくしい人だと思った。
 静かな海の中のような人だと思った。

 凪沙さんは、俺の問いに答えなかった。元々表情の少ない彼女は、俺の一言なんかでは悲しんでも怒ってもくれないらしい。いや、もしかしたら、顔に出ていないだけで何か平静とは違う感情を抱いてくれているのかもしれないけれど、それに俺が気付く術は何一つ存在しなかった。
 自分の意識と目の前の光景が妙にちぐはぐに思えて、頭がぐらぐらした。凪沙さんは水面に映る影みたいに、少しだけ揺らいでいて、俺は熱い目頭を人差し指の関節で拭った。

「……酷い、ひどいですよ、凪沙さん。俺は、おれ、は、」

 声帯が張り付いたように、上手く声が出せない。腹の奥が熱い。苦しい。足が震える。目も鼻の奥も熱くなって痛くなって、体のあちこちが異常を来しているみたいだった。

「おれを、また、ひとりにしないで」

 溢れ出た声は切望そのものだった。俺はとうとう立っていられなくなって、力が抜けたように膝を折り曲げてしゃがみ込んだ。膝のあたりに熱い雫が落ちて染みていく。顔を隠すように丸まって、縛りつけるように喉に力を込めても、変に痙攣する喉は誤魔化せなくて、震える背中も止められなかった。
 衣擦れの音もなく、凪沙さんが俺の前にしゃがみ込む。その足元だけ見ていると、一度だけ頭を撫でられた、ような、気がした。

「一人じゃないでしょ」

 大きくはないけれど、良く通る声。俺のすきな声。ゆっくり耳に溶け、波紋を広げていく。
 顔を上げると、しゃがんだ俺と目線を合わせた凪沙さんが、真っ直ぐこちらを見ていた。少しの光を浮かべた、美しい夜の海面のような瞳だった。

「好きなだけ振り返っていいと思う。でも、世界は案外結構広いから。一方向だけ見続けてたらもったいないじゃん」

 波紋が増える。服に染みた涙と同じように、彼女の言葉がゆっくり染み込んでいく。俺の心臓を揺らしながら、その奥にまで溶け込んでいく。

 嗚咽が漏れないように、唇を引き結んだ。凪沙さんは自分の膝に手を乗せて立ち上がると、しゃがんだままの俺を見下ろしてくる。じっと、逸らすこともなく見つめられ、それは冷たい視線ではなかったけど、いつまでしゃがみ込んでんの、と暗に言われているような気もした。それなのに、ぶっきらぼうな凪沙さんが俺に手を貸してくれることはやっぱりなくて、だから俺は仕方なく、袖で目元を拭ってから、対抗するように強く立ち上がった。
 同じ目線に戻る。今はほんの僅かに凪沙さんのほうが高いけれど、きっとすぐに追い付く。追い越してしまう。だからせめて、その時に、胸を張れるように。

「皆が待ってるから、行きます」

 無理やり作った笑顔を凪沙さんがどう捉えたかはわからない。けれど凪沙さんはなにかを慈しむようなあたたかい笑みを見せて、それから風に紛れたように消えて見えなくなった。

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