不動の八つ当たり

 扉の開く音に、やや尖り気味の個性的な耳が反応する。軽く足を組み、頭の後ろでは手を組みながらベッドに寝転がっていた不動明王は、口元をニヤニヤと緩めながらひょいと上体を起こした。

「よォ、華那芽のやつなんて言っ……げっ」

 そして予想し得ない人物の姿を認めた瞬間、不動はその薄い唇を盛大に歪めた。そこには砂木沼だけではなく、先程嫌がらせを仕掛けてやった張本人である凪沙が怒りのオーラを滾らせていたのだ。

「おいコラ不動てめェ……」
「オイオイ、野郎の部屋に堂々と入ってくんじゃねぇよ」

 無遠慮に部屋に上がり込んだ凪沙は、ずかずかと不動のもとまで歩み寄る。そしてその頭部に残されたふわふわのモヒカンを、容赦も慈悲もなく掴みあげた。

「いででで!」
「そっちこそ寝てる女子の部屋に野郎派遣してんじゃねーよ」
「馬鹿やめろハゲる!」
「半ハゲが全ハゲになったところで大差ないでしょ」
「ハゲじゃねーよファッションだ!!」

 近隣迷惑も考えず大声で訴えるが、解放される気配はない。本人と毛根が悲鳴を上げているのを見かねて、砂木沼が二人の間に割り込んだ。

「華那芽、不動のわずかばかりの毛が抜け落ちたらどうするつもりだ」
「スキンヘッドに路線変更すればいい」
「お前ら揃いも揃っておちょくってんのか!!」

 ビキビキと青筋を浮かべた不動は、明らかに怒り心頭の様子だ。ただでさえ砂木沼に──それも至極くだらない理由で──午前四時などという早朝に叩き起こされ、腹立たしさが抜けないというのに。
 ようやく解放された不動は、ベッドの上で居直ってわざとらしくため息を吐く。この迷惑極まりない砂木沼を、すぐに手の出る凪沙にぶつけてやれば、体よく二人ともダメージを食らうことになると彼は踏んでいた。しかし、それによってまたもや襲撃を食らうとは。砂木沼と凪沙のダブルコンボで、すでに目も頭も冴え渡っている。とてもじゃないが、もう二度寝できる気もしなかった。
 砂木沼への仕返しに加えて、まったく関係の無い凪沙を八つ当たりのターゲットにした代償だろうか。だがそれ以上に、諸悪の根源は砂木沼だ。自分は何も悪くない。だからこそ、このやり様のない苛立ちをどうすればいい。不動は考えて、考えて──ベッドの傍らから冷たい目で見下ろしてくる凪沙を見ると、小さくニヤリと笑った。

「うわっ、」

 そして脈絡なく凪沙の胸ぐらを掴むと、そのまま自身も腰を下ろしているベッドに強く引き倒した。普段共にフィールドを駆ける男子よりも華奢なその体は、思った以上に操るための力を必要としなかった。
 凪沙は他人の布団に顔からダイブするのを防ぐため、咄嗟に両手をベッドにつく。しかし直後不動に背中を強く押さえつけられ、上手く起き上がることができない。凪沙は首を捻り、怒りの籠った目つきで不動を見上げた。

「おいコラ、テメー何のつもりだ」
「いやァ別にィ? ただいつも余裕ぶったその顔が下にあんのも? 悪い気分じゃねェと思ってなァ」

 完全に子供じみた八つ当たりである。ニヤニヤと煽るような笑みを見せる不動に、凪沙もびきりと口もとをひきつらせた。それから無理矢理起き上がろうとしたのか、腕に力を込めるように動かしたのを見たところで、彼女の背を押さえていた手が突然掴み上げられた。

「不動、やめないか」

 それなりに力を込めていた手も、鍛えられた砂木沼の逞しい腕の前には、赤子のそれ同然だった。彼の生真面目な表情に見下ろされ、不動は小さく舌を打つ。一方不動から解放された凪沙は、どこか見直したような目で砂木沼を見つめるが、

「忘れたのか、不動。華那芽は一応男ではないんだぞ」
「ああ……そういやそうだいっで!!」
「うごっ!!」

 男二人の言い種に、ついうっかり足が出た。

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