一星とバレンタイン

※部活や受験事情はまるっと無視してください



『トリュフの作り方を教えてください!』

 世界大会を終えてから早数か月。雷門以外の面子とはすっかり会う機会も減り、あれ以来一度も会ってすらいない人もいる。そんな中、稀に連絡を取り合う程度に関係が続いている相手もいて、その内の一人が一星光だった。
 彼から連絡が来たのは一週間前。ちょうど今日、二月十三日の予定を伺われたと思えば、そんな文面が送られてきた。何故私にと怪訝に思いもしたが、大した予定もなければ断る理由もなかったためOKを出した。多分誰かへの贈り物、というか時期からして十中八九バレンタインデーにおける逆チョコなのだろうが、相手が気になる女子か誰かだとして、別の女子に教えを乞うのは如何なものか。
 そんなことを考えつつ、集合したのは雷門中の家庭科室。放課後は家庭科部が使ってさえいなければフリーに利用できるので、問題もなかった。余談であるが、彼の編入先で住まいでもある王帝月ノ宮は「俺からお願いしておいて、その上こちらまで来てもらうのは申し訳ないです!」という彼の考えにより即座に却下となった。

「それじゃあ、よろしくお願いします凪沙先生!」
「はいはい」

 久しぶりに会った彼は、雰囲気は変わっていなかったが前より少しだけ背が伸びており、目線がより近くなっていた。まだ私よりは低いけど、成長期みたいだし、男子だし、次に会った時は越されてるかもしれない。なんて考えて、そう遠くない未来に『次』があると思っている自分がいることに気が付いて、一星に隠れて小さく笑った。

 彼が持ち込んだ材料や器具を用意し、早速取り掛かる。一星はお菓子作りなどほとんどしたことがないと言っていたが、その割には要領よく手順をこなしていた。正直、私がいなくてもレシピさえあれば一人で作れたのではないか、と思う。──というかそもそも、本当に、どうして私だったのだろう。彼の周りには野坂や西蔭、他にもサッカー部の仲間がいるはずだし、あれだけ人数がいれば一人くらいはお菓子作りに慣れている人がいても良さそうなものだが……。
 彼に作り方を指南しつつも考えを巡らせ続け、もしかすると部活仲間の彼らにサプライズで差し入れたかったのだろうか、という答えに行きついた。日本におけるバレンタインは、大抵女子から男子へチョコレートを渡す、というのが最も多いパターンであるが、彼が長く暮らしていたロシアにおけるバレンタイン文化は少し違うのかもしれない。まあ、知らないけど。

 そうこうしているうちに、一時間強。黒一色の、シンプルだけど美味しそうな手作りトリュフは完成した。一星はすこぶる楽しそうな顔で、数個ずつラッピングしたものをいくつも作っている。その間に私は使った器具を洗い、拭いて、片付けを進めた。一星は自分がやるとすかさず言っていたが、時間が勿体ないので無視した。あまり遅くなると、この時期はどんどん冷え込んでいくからね。







「凪沙さん、今日は本当にありがとうございました」
「ん、どういたしまして」

 すべての片づけを終え、荷物を持った私達は正門前で足を止めていた。一星はマフラーの下で、朗らかな笑顔を見せる。

「あと、久しぶりに会えて嬉しかったです」
「……そう」

 面と向かってそんなことを言うものだから、どんな顔をすればいいのかわからなくて目を逸らす。大会中も、この男はこういうことをよくさらりと言ってのけたものだ。

「ロシアではね、性別や関係に関わらず、親しい人にプレゼントを渡すことが多いんです。だから野坂さんたちに、日頃のお礼を籠めて……って思って」
「そっか」
「まあ、男から男にあげることってほぼほぼ無いんですけどね。ふふ、皆驚くかなぁ。喜んでくれるといいなぁ」
「喜ぶと思うよ」
「凪沙さんも、喜んでくれますか?」
「え? ああ、うん」
「良かった! じゃあ、はい」

 言って、突然差し出された小さな紙袋に一瞬動けなくなった。いや、だってそれ、部活仲間にあげるって……。

「一日早いけど、良かったら受け取ってください」
「……ありがとう」

 ……なるほど。流石に予想外だ。まあでも、結構多めに作ったからいくつか余りは出ただろうし、今日のお礼ということだろう。ありがたく受け取って、せっかくの手作りなのでその場で一つ食べようかと紙袋を開く。

「あっ!」
「え?」

 私の行動が予想外だったのか一星は声を上げたが、咄嗟に動きを止めることはできず、私の手は袋の中へ。しかしトリュフを包んだラッピングより先に、予想しなかったなにかが手に触れ、私はそれを指先でつまみ上げた。

「……カード?」
「あ、ああ〜……それは……」

 二つ折りの青いそれは、恐らくメッセージカード。こんなものを用意してるってことは、多分彼は最初から、そのつもりだったのかもしれない。
 どこか気恥ずかしそうに目を泳がせる一星に、思わず笑いがこぼれた。「笑わないでくださいよ!」「ごめんごめん」きゃんきゃんと文句を垂れる頭を適当に撫でて、片手でカードを開く。その文面をしっかり受け止めてから、トリュフのラッピングを開いて一つつまんだ。私は一度も味見をしていなかったけれど、ほとんど彼が一人で作ったそれは、まぶしたココアパウダーがほんの少し苦くて、中身は甘くて柔らかくて、美味しかった。

「ありがとね。美味しいよ」
「うぐぐ……」

 とりあえず、次会うのはホワイトデーあたりかな。


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