初期部員組とハロウィン
「トリックオアトリート!」
「はあ」
冷たい風に身を縮めることが増えた秋の放課後。凪沙がいつものようにサッカー部部室の扉を開けると、突然真っ白な何かが現れた。しかし発せられた声から、視界を埋めたのはシーツを被っただけの円堂であると瞬時に気が付く。
「トリックオアトリート! 華那芽!」
「ああ、今日ハロウィンか」
「お菓子くれ!」
「直球だな……悪いけど今日は何もないよ」
「えーっ!?」
「ハハッ、ほらなぁ円堂」
「華那芽はこの手のイベントにゃ乗らねーって言ったろ」
半田と染岡の追い打ちに、シーツの下からもぞりと手を差し出していた円堂が「そっかぁ」と肩を落とした。その顔がどんな表情をしているのか、シーツ越しにも伝わって凪沙は妙な気持ちになる。面倒くさそうに頭を掻いた凪沙は、肩に掛けていた鞄のチャックを開いて、そこから薄いチョコレートの箱を取り出した。
「おらよ。何個か残ってたと思うから」
「えっ!? 本当か!? やったー! ありがとう華那芽!」
「ったく……」
シーツを被ったまま箱を受け取った円堂は、ややもすれば幼子のようにはしゃいでいる。特徴的な髪型がシルエットにいびつさを加えただけの、ただの真っ白な布の塊と化しているのに、普段と変わらず表情が筒抜けに感じられるのはある意味彼の才能か。小さく息を吐いてようやく部室内に踏み入れると、中にいた秋に「掃除当番お疲れ様」と穏やかな笑みを向けられた。
「そうだ、凪沙ちゃんにも渡そうと思ってたの。はいこれ、かぼちゃのマフィン」
「え? いいの?」
「うん! 部活中に皆に渡そうと思ってて」
「めちゃくちゃウマかったぞそれ!」
「もう、何回言うのよ円堂くん……」
凪沙にラッピングした手作り菓子を渡しながら、照れたように眉を下げる秋。円堂に便乗して半田と染岡も再度感想を伝えれば、秋は「おだててもこれ以上出せないからね」と困ったようにはにかんだ。
「ありがと秋ちゃん。嬉しい」
「へへ、どういたしまして」
「は〜流石、美味しそうだし凝ってるな〜……」
ふっくらと綺麗に膨らんだ黄色の生地。その表面には、ココアパウダーがカボチャのシルエット型に掛かっている。ケーキの周りには小さな星型のクッキーがいくつか入っており、これも色からカボチャ味であることが窺えた。かなりの手間暇をかけていることが一目でわかる。
秋が料理や菓子作りが上手いことは知っていたし、今までも何度か秋と共同で作ったこともあった。しかし、こうして改めて目の当たりにすると、秋の技術と手間を惜しまない丁寧な性格は本当にすごい、と凪沙は感嘆していた。
(にしても……)
まさか自分が、ハロウィンという日に仮装──というにはあまりにもおざなりだが──した友人にあの常套句を掛けられてお菓子を渡したり、こうして手作りのお菓子を貰ったりするとは思いもしなかった。昔から友人と呼べる友人もほとんどおらず、この手のイベントとは無縁だと思っていたから、慣れなくてなんだかおかしな気持ちになる。けれど全然、嫌ではなかった。また来年も、続いたら嬉しいと、心の自覚していないところで凪沙は思っていた。
「今食べてもいい?」
「もちろん!」
「じゃ、いただきま……」
秋の了承を得て、凪沙は早速袋を開こうとする。しかし両肩に突然重みを感じて動きを止めた。振り返れば、至近距離にはニヤニヤと楽しげな半田のしたり顔が。その奥では染岡が「やれやれ」とでも言いたげな顔つきでいる。凪沙は怪訝そうに眉をひそめた。
「そ、の、ま、え、に……華那芽、トリックオアトリート」
「はあ……さっき円堂にあげたので最後だけど」
「知ってるよ。だから……この日にこの言葉を受けて、菓子を出せない奴の末路を知らないわけないよな?」
──常日頃から、対等な友人関係であるとは言え、いつも凪沙は半田よりも、妙に一枚上手なところがあった。その報復……などといったら大袈裟だが、今日という日くらい、調子に乗ってみても許されるはず。
そんな思いが如実に表れた彼の顔に、凪沙が見せたのは意外にも薄く穏やかな笑顔だった。
「はいはい、イタズラでしょ。どうぞ……」
凪沙はそっと目を伏せる。存外端正な顔立ちが、普段からは考えられないほど無防備な姿をさらした。思わず言葉の詰まった半田が、つい視線を動かせないでいると、彼女の瞼が再び、ゆっくりと開かれる。──そこには、すとんと表情の抜け落ちた凪沙の顔があった。
「やってみれば」
「アッいいです」
即答であった。
back
topへ