子文とファンレター検閲

 今時はほとんどの若者がスマホを持っていて、それは連絡手段としても非常に普及している。メールも電話もLINEも、これ一つで簡単に済ませられるわけだ。最近なんかは、年賀状すらLINE上でのやりとりに移行しつつあった。つまり昔と比べて、『手紙文化』というのは衰退しつつあるということだ。
 だというのに、今、私の目の前にあるのは大量の手紙、手紙、手紙……。適当な箱にいっぱいに入れられた白いそれらから、傍らで楽しげに笑う監督に視線を向けた。

「いやァ〜すみませんねェ! よろしく頼みましたよ、子文くん、凪沙さん」
「了解です」
「はぁ……」

 私と手紙、それから隣に立つ李子文を置いて、監督はさっさと部屋から退散してしまった。まったく……自由奔放、傍若無人、責任放棄、無茶苦茶。思いつく限りの悪態を胸中で並べてみるが、こんなことをしても何も解決しないし監督に伝わるわけでもないので馬鹿馬鹿しくなってやめた。

「それじゃあ取りかかりましょう、凪沙さん」

 子文くんが少しだけ首を曲げ、被り物越しにこちらを窺う。お多福のような表情にじっと見つめられ、「はぁ……」と再びため息混じりの返事を送った。







『選手へのお手紙・プレゼントは下記住所宛てにお送りください。頂いたお手紙・プレゼントはスタッフの検閲後、責任を持って選手にお渡しします。』

 昨今のサッカー人気は凄まじいから、中学生ながらファンレターの送り先が示されているのは知っていた。だけどそのスタッフ役を、まさか中学生のマネージャーが務めているとは誰も思うまい。そして思った以上に彼らは人気があった。中学サッカーをナメていた。こうして手紙類やプレゼントに不適切なものが混ざっていないかをチェックするのは今日で通算四回目だが、イナズマジャパンが試合を勝ち進んでいることもあり、どんどん数は増えていく。
 こんなのは大人の仕事じゃないのだろうか。それなのにあの監督は忙しいだのなんだの言って、私たちにこの作業を押し付けた。いやマネージャーも忙しいんですけど? 暇な時間もそう多くない中で時間見繕ってるんですけど? 監督本当に忙しいんですか?
 監督の助手を務める子文くんはさておき、マネージャーやサポーターは他にもいる中で、どうして私だけが選ばれたのか。監督は「どんな文面を見ても、情緒を振り回されることなく作業ができる冷静な貴方が適任です」的なことを言っていたが、情緒振り回される可能性がある文面を子どもに検閲させるな。馬鹿か。
 まあ、選手らはプロほどの知名度でもなけりゃ、アイドルなんかでもない。早々とんでもない手紙が送られてくることもなかった。たまに、ごく稀に、ある選手と結婚している体で送られてくる手紙なんかが出てきて鳥肌に見舞われたりもするけど、「世の中にはいろんな人がいるものだなぁ」と間髪入れずシュレッダーに掛けられる程度の狂気なので、ギリギリセーフとしている。
 そんなことを考えながら、私は次の手紙に手を伸ばした。ペーパーナイフ……なんて高尚なものは用意されていないので、ハサミで綺麗に封を切っていく。なるべく送られてきたままの状態に近いものを保つため、扱いは丁寧に。

『キラせん手大すき! かっこいいです』

 開いた手紙はそんな文章から始まっていた。文末にはいびつなハートマーク。余計な詮索をするつもりはないが、所々に簡単な漢字が混ざっているところを見るに小学校低学年くらいだろうか。吉良あいつ子どもに人気あったのか……粗野で柄の悪い不良にしか見えないから、少し意外な気がする。まあいいや、はい通過。
 吉良宛の手紙を検閲済みボックスに移して、次の封筒に手を伸ばす。糊できっちり封をされたそれは、やけに達筆な文字で宛名が綴られており、書き手の真面目さが感じられた。封を切って、中を確認する。

『円堂守様 拝啓〜〜〜(略)〜〜〜本当に円堂選手のサッカーに僕は何度も勇気づけられ〜〜〜(略)〜〜〜辛いときも貴方の真っ直ぐでひたむきで熱いプレーを思い出すと〜〜〜(略)〜〜〜(略)〜〜〜(略)〜〜〜これからも応援しております。敬具』
「なっっっっが」

 五枚に渡る熱烈なファンレター。どうりで封筒がやたら厚々としていると思ったわ。妙に重いし。まあ、円堂宛なら、ここまで他者を魅了していても可笑しくはないと思った。あいつに人を惹きつける天性の何かがあるのは、ずっと前から承知のことだ。
 さらっと流し読みしたけれど、悪意のある文は混ざっていなかった。はい通過。手紙を移して、次の絵はがきに手を伸ばす。

『はいぢきせんしゆがんばってくだちい!』

 オールひらがなの文面に、クレヨンの匂いが懐かしい。「ち」と「さ」の区別もまだつかないらしく、子どものいとけなさが窺えた。ついでに、アイツが好きだというクマゾウ(やたらとアイツ宛にプレゼントが届くもんだから、とうとう公式名を覚えてしまった)とギリギリ判別できるクレヨン画が添えられている。今日が雨じゃなくて良かった。努力と心の籠められたこの一品が、下手すると文字通り水に流れるところだった。はい、通過。次次。さくさく行かないと日が暮れる。
 これは岩戸宛か。このやけに綺麗な文字は……見覚えがある。名前は見てないからわからないけど、前にも送ってくれた人だと思う。さらっと目を通して、検閲済みボックスに入れた。
 さて次は……野坂宛か。封を切ってさらっと流し読みしてはいオッケー。隣の席で黙々と作業を進める子文くんとの、丁度間に置かれた箱に入れた。これは野坂ボックスだ。今適当に名前つけた。アイツはちょっと怖くなるくらい、とくに女性ファンから異常な人気があるから、この間から導入してみた。仕分けが楽になったので正解だったのだろう。
 そんな調子でサクサク確認していくが、ある大きめの封筒の宛名を確認したところで手が止まった。細くて丁寧な筆跡で綴られていたのは、『華那芽凪沙様』の文字。

(……私宛?)

 マネージャーへのファンレターなんて聞いたことがない。いや……全国大会のさなかに、プレカ経由で私を知ったという男に声を掛けられたことは確かにあったが、手紙まで来るとちょっと異様な気がする。
 差出人は知らない名前だった。果たし状的な、その手の手紙の可能性も一瞬考えたが、名前から察するに恐らく女性だしなぁ……。戸惑いつつも封を切って、中身を確認した。中には、一枚の便箋ともう一通の封筒。首をかしげながらも、まずその便箋のほうを手に取る。

『突然のお手紙すみません。直接名前を書いたら受け取ってもらえないかもしれないと考え、不躾とは思いながらもマネージャーの華那芽さんの名をお借り致しました。』
「(……うん?)」
『同封した手紙を、久遠道也コーチにお渡しして頂けないでしょうか?』
「(えっ……コーチ? なんで?)」

 久遠コーチの知人か? でもなんで手紙……よくわからないけど、まあ受け取るのは大人だし、これは中身を確認しなくてもいい気がする。というか、確認したらコーチに怒られそう。
 手紙は『選手の皆さんや、華那芽さんをはじめとしたマネージャーの方々のことを、今後も応援しています。』といった定型文で締められていた。

「凪沙さん、どうかされましたか」
「ああ……いや、なんでもない」

 すっかり読み込んでいた私を不思議に思ったらしい。子文くんに曖昧に首を振って、先ほどの手紙を選手たちに渡すものとは別に分けた。子文くんは少し不思議そうにしていたが、自分の作業を再開した。
 そうそう、手を止めてる場合じゃない。手紙類の検閲が終わったら次はプレゼントの確認をしないといけないのだから。ずっと黙々と作業を進めている彼を見習って、私もまた新しい手紙の封を手早く丁寧に切っていく。

『私は今までサッカーに詳しくなかったのですが、吹雪選手の美しくかっこいいプレーを見て、すっかりファンになってしまいました!!』

 吹雪も野坂と並んで、やたら女性からの人気が高いんだよなぁ。はい通過。次。

『豪炎寺選手はぼくたち兄弟のあこがれです。一日も早くご回復されることを願っています。』
『ごうえんじせんしゅ、がんばってください!』

 兄弟連名のファンレターだ。……あとで見舞いついでに持っていこう。はい通過。次。

『全国大会の時から応援しています。砂木沼選手の威風堂々たるプレーに胸を打たれ……』

 私の中で円堂が目立ちすぎてるだけで、砂木沼もなかなか手ごわいキーパーなんだよなぁ。そろそろスタメンに選ばれたりするのだろうか。はい通過。次。

『去年のフットボールフロンティアから、風丸さんに憧れて僕もサッカーを始めました!』

 自分の影響とか、こういうのって多分凄く嬉しいんだろうなぁ。はい通過。次。

『氷浦くんのプレーする姿がとってもかっこよくて大ファンです! ところで、風丸くんとは血縁関係ですか?』

 違います。はい通過。次。

『マモル・エンドウせんしゆのキーパーわざをどれもほんとにすごくて、いつかアナタとたたかいたいと……』

 エアメールだ、珍しいな。少しよれた文字で綴られているから、相当努力して翻訳してくれたのだろう。
 差出人の住所は……なんて読むんだこれ。コ……コトア……、こんな国あったっけ。地理そんなに得意じゃないからな……まあいいや。はい通過。次。

『全国大会の時からご活躍を追っています。基山選手と吉良選手の連携プレーを見た時、涙が止まらなくなり……』

 多分書きながらも泣いていたのだろう。便箋が水分で歪んでいた。はい通過。次。

『間違っていたらすみません。イナズマジャパンのベンチにいる中華服の男の子って、もしか』

「……」
「……」
「……あの」
「……なんでしょう、凪沙さん」
「や……何してんの?」

 文面に目を滑らせている途中、突然目の前が真っ暗になった。それから数秒、布越しに伝わる手の感触に、子文くんの大きな袖で目隠しをされたのだと気がついた。

「いえ、不適切な文面が凪沙さんの精神を害う可能性があるので」
「や、とくにそんな文面なかった気がするけど……」
「いえ、貴女にこんなもの見せるわけにはいきません」

 言うや否や、片腕で頭を覆うようにして目を隠し直され、恐らく空いたもう片方の手で便箋を引ったくられた。それからすぐに視界が開けたが、振り返っても子文くんの手元に便箋はない。袖あたりにでも隠したのだろう。相変わらず大きな被り物で表情は読めないが、その下でひたすらに焦っていることは全身の挙動から簡単に窺えた。

「え……どうした?」
「いえ。作業を続けましょう」
「いや……、」

 食い下がろうとしたが面倒になってやめた。何故だか頑なな彼に、これ以上何かを尋ねても恐らく無駄だろう。途中まで読んだあたり、あの手紙は彼を指名しているようだったし、続く文面に他者に見られたら気恥ずかしいものでも書いてあったのかもしれない。そこまで考えて、やっぱ今時は選手じゃなくても手紙が送られてくるのか……と思ったと同時に、彼が自分の作業も続けながら私の手元も確認していたことに気が付いた。視野が広すぎる。物理的にはめちゃくちゃ狭そうなのに。







 子文くんと手分けして選手たちに手紙を渡し終えると、私は単独で久遠コーチのいる部屋に向かった。それにしても、今回も一応全員に一通以上は届いてたから良かったけど、これ露骨に差が出たりしたらどうすればいいんだろう。悟られないように各々にこっそり渡していくべきなんだろうか。細かいこと気にしなさそうな奴らばかりだけど、普通にモチベーションに関わりそう。知らないけど。
 そんな不穏なことを考えながら、コーチの部屋をノックする。中から了承する声が聞こえてきて、扉を開いた。

「なんだ、華那芽」
「いや、コーチに一通手紙が」
「……私にか?」
「はい。小野冬花って方から来てましたよ」

 差出人の名を告げると、コーチは眼鏡の下で驚いたように瞠目した。普段冷静で、ほとんど表情を動かさない彼にしては珍しくて、思わずこっちまで驚いてしまう。やっぱり昔の知人とかなんだろうか。今でも繋がりがあるのなら、メールや電話でいい気がするし。

「……そうか。預かろう」
「はい」

 手紙を受け取ったのを確認して、とくにこれ以上話すこともないのでさっさと部屋を出る。結局差出人は誰だったんだろう。一瞬昔の恋人とかかな、なんて考えて、思考が大谷さんあたりの影響を受け初めてるな……と慌てて首を振った。

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