半田の虚偽彼女
自分という人間はどうにも中途半端で、いつも何をやってもパッとしなかった。そんなんだから、それなりに身の丈にあった日々ってのを過ごしてきたけど、だからこそたまには、自分を偽って、本当の自分よりも大きく見せたくなることだってある。
だけどこれはきっと多くの人がそうであって、何も自分だけが特別だとは思わない。皆同じなんだ。ようするに、俺がちょっとくらい見栄を張ったって、許されてもいいと思うんだよな。
『信じらんねー! ま、ツーショットとか送ってきたら信じてやらんこともない。どうせ無理だろうけどw』
小学校の頃の友人からのメールを眺めること数分。この煽りMAXの文面に、溜飲を飲む……飲む? 下げる? ん? っていうか使いどころあってる? いや、とにかく、これに我慢してやれるほど俺はまだ大人じゃない。
つまり、今さら──『やっぱ彼女できたなんて嘘です』なんて、死んでも言いたくなかったのだ。
勢いで打ったメールに後悔を背負いつつ、俺はこの窮地をなんとか脱却するためにカチカチとボタンを押していく。中学に入って親にめちゃくちゃねだって、初めてケータイを買ってもらってから早数ヶ月。随分と早く打てるようになったと思う。
『あいつ写真嫌いだから撮らせてくれねーんだよ』
適当な言い訳を打ち込んでいると、一階から「真一早くお風呂入りなさい!」と母さんの声が轟いた。「わかってるー!」雑に返しながら、送信ボタンを押す。返事を待つ間に、渋々と着替えを準備する。あんまりケータイに夢中になってると、うっかり取り上げられかねないからな。こういうところはちゃんと聞いておかなきゃまずいことは、この人生でしっかり裏が取れていた。十三年も生きていれば色々なことが分かるようになるもんだ。
風呂の準備を終えると、少ししてピロンと受信音が鳴った。さあ、友人は「それなら仕方ねえか」と潔く諦めてくれているか!
『そのくらいのお願い聞いてくれんだろ。やっぱ彼女いるなんて嘘か』
はい。ですよね。
顔をひきつらせながら、俺は次のメール文を打ち込んでいく。
『嘘じゃねーって! 言っとくけどスゲー可愛いから! お前絶対嫉妬するから!』
『なら見せてみろって。このままじゃ証拠不十分だぞ』
『わかったよ、今度撮って送ってやる!!』
『おっ言ったな? もし撮れなかったら今度会う時ラーメン奢りな!』
『おー! じゃあ送ったらお前が奢れよな! 節約して待っとけ!』
『お前も草食って小遣いためとけよ!』
ピロンピロンと何度かやり取りを重ねて、十分後にようやく終着した。俺はケータイをぱちんと閉じて、布団に放り投げ、ついでに自分もダイブする。しばらく顔を埋めたまま硬直していたが、とうとう耐えかねて両足をバッタンバッタンと布団に叩きつけた。
(言っちまったァ〜!! 俺のバカァーッ!!)
「真一ぃ!! 風呂ぉー!!」
「はぁーーーい!!」
かくして俺は、いもしない、できたこともない『彼女』とのツーショット写真を撮る羽目になってしまったのだ。
*
ツーショットを撮れそうな女子。一応、モテない、彼女がいたこともないこんな俺にも、仲の良い女友達──向こうが友達と思ってくれているかはさておき──は、いる。
一人は同じ部活のマネージャー、木野秋。見た目も普通にカワイイし、笑顔で愛想もいいし、誰にでも親切だし、彼女として友人に見せることはまったく問題ない。いや、道徳的に問題アリだけど。
もう一人は、サッカー部じゃねーけどよくサッカー部に遊びに来る、華那芽凪沙ってやつ。こっちも普通に顔はカワイイし、や、どっちかってーと綺麗系? いやそれは別にいいんだけど。華那芽は木野と比べると、恐ろしく愛想もないしそっけない。
友達と思ってくれているか微妙なのは、この華那芽のほうだった。こいつはどっちかっていうと、木野と円堂にやけに肩入れしてるっていうか、だから俺や染岡のことはオマケくらいに思ったりしてないか? なんて懸念もある。いやでも流石に、一学期からずっと、木野に円堂と染岡も加えてよく一緒にいるし、差し入れもくれるし、帰り道だって何度も一緒に帰った。なんなら皆で買い食いすることだってあったし、休日に集まることもあった。一緒に風丸の大会の応援にだって行った。流石に……流石にダチと思ってくれてはいる、と、思いたい。知人Aとかだったらどうしよ。流石にへこむ。
それはさておき。
二人の女子を脳内に並べて考える。やっぱりどうにも、親切で人の良い木野を、嘘ついて利用すんのは気が引けた。木野ならきっと「サッカー部の活動記念に、たまには写真でも撮ろーぜ」的なことを言えば笑顔で快諾してくれるに違いないけど、絶対に後で胸が痛むのは分かりきってた。
となると、やっぱり華那芽だな。華那芽はなんか、こう、いい気がする。すげえ失礼なのは分かってるけど、木野よりも華那芽のほうが、心が痛まなかった。なんだっけ、良心のカシャクってやつ? あれが少ない。華那芽は女子だけど、多分俺にとって、例えば染岡相手みたいに遠慮なく突っかかっていける存在なんだと思う。互いに雑な絡み方ができるっつーの? そんな感じ。
ぶっちゃけバレたら後が怖いのは華那芽のほうだけど……まあ、口を滑らせなきゃ大丈夫だろ。
──そんなわけで、翌日の昼休み。俺は早めに昼飯を食べ終えてから、華那芽のクラスに足を運んでいた。放課後も考えたけど、あまりおおごとにはしたくないイコール華那芽以外にバレたくないわけだから、まずは華那芽と二人きりになる必要があった。だけど部活中は円堂たちがいるから、部員じゃない華那芽と二人きりで抜けるのは多分、タイミングが掴めないと思う。っていうか、今日華那芽が部室に顔出すかも分からなかったし。
華那芽のクラスは円堂と木野と同じだ。昼休みなこともあって、案の定三人は隣接し合った席で一緒に駄弁っていた。
「お! 半田、どうしたんだ?」
「お昼はもう食べたの?」
「おう。ちょっと華那芽に手伝ってほしいことがあってよ」
「私?」
「今出られるか?」
「……まあ」
最初の難関だと思っていたが、華那芽は意外にもあっさりうなずいてくれた。俺たちは円堂と木野に見送られながら、教室を後にする。特に誰にも何もツッコまれなかったのは幸いだった。それに、円堂と木野なら変な勘繰りはしないだろうし。あの二人はそういういい奴らだ。
「で、一体なんなの」
「それはあの、着いてからで……それよりさぁ、そっちのクラスはもう英語の小テストやった?」
「昨日やった。そっちは?」
「俺午後なんだよなー。難しいやつ出た? あの先生結構小テスト気合い入れんじゃん」
「あー確かに。今回はそこそこ大丈夫だったけど」
「マジ? よっしゃ」
「秋ちゃんなんて余裕だったと思うよ」
「ああ、木野、帰国子女なんだっけ。かっけーよな〜」
華那芽とこんなふうに気軽に話せるようになったのはいつ頃からだっただろうか。華那芽は人見知りなのか、最初のほうはこっちの顔をほとんど見もしなかったし、会話も最低限の返事だけで終わることもままあった。それがいつの間にか、向こうから聞き返したり話題を振るようになったんだから、ちょっと感慨深さってもんがあるよな。
とりとめのない話をしながら、やってきたのは大抵ひと気のない校舎裏だ。幸い今日も俺たち以外に生徒はおらず、内心で胸を撫で下ろす。……なかなかずさんだなぁ、この計画。
「で、結局何の用?」
「いやちょっとさ、一緒に写真、写ってくんね?」
「はあ? 写真?」
本題を切り出せば、案の定華那芽は怪訝そうに眉をしかめた。さて、次の難関。ここからが勝負だ!
「なんでまた……」
「田舎のばーちゃんが最近ケータイ買ったらしくて。友達と写った写真色々送ってくれってうるさいんだよ。でも教室でいきなりこう、バシャバシャとかよ……なんか、撮りにくいじゃん? 人も多いし」
一晩で考えた適当な言い訳は、我ながらなかなか「それらしい」気がする。かといって、わざわざ華那芽を選んだ理由としては幾らか弱い。こんなんで華那芽が承諾してくれるだろうか……いや、無理かなぁ。こいつ、何気に鋭いし、つれないことも多いし。
だけど今回はラーメンが掛かってる。どうせ高級店とかじゃなくていつもの雷雷軒だろうけど、月の小遣いがホニャララ円(ウチの経済事情がバレるから、念のため金額は伏せておく)の一般家庭の中学生には、誰かに奢るなんてそこそこな痛手だ。っていうかラーメンの高級店とかってあんのかな? ラーメンって随分庶民的なイメージだけど。あー頼むよ華那芽ー。やっぱ無理? どうしても? そっかー……。
「まあいいけど」
「だよなー……えっ!? いいの!?」
あまりに、あまりにさらっと許諾されたものだから、うっかり聞き逃しかけた。だけど今たしかに、華那芽、「いいけど」って言ったよな!?
「先に言っとくけど、あんたのおばあさん以外に見せないでよ」
「お、おう! わかった!」
いつもより少しむっとした顔で、釘を刺された。写真が好きじゃないのだろうか。まあ、好きじゃなさそうな顔はしてるけど。いや、こういうのは偏見か。
無事撮れることになった安心と、嘘をついたことへの若干の罪悪感と、それから、俺はそこそこ華那芽の信頼を得られていたのかもしれないというわずかな自惚れが一気に体を駆け巡る。だけどとにかく、今は余計なことを考えずに、このチャンスを逃さないようにしなければ。
俺は学ランのポケットに突っ込んでいたケータイを取り出すと、開いてカメラ画面に移行する。さて、これが最後の難関だ。ぶっちゃけ、どうやって自分で自分を撮りゃいいんだ?
「これ、撮れんの?」
「んー……まあ、とりあえずやってみっか」
二人近づいて並んでから、前後反対にしたケータイを持った腕を伸ばす。視界に華那芽の髪が入った。うお、なんか思ったより近づかなきゃいけないんだな……妙に焦りそうになる心を誤魔化しながら、二人してカメラを覗いて、このへんかな……と震える手でボタンを押した。
「撮れた?」
「撮れた撮れた。……首から下が」
「……ハァ」
それから何度か取り直したが、ピンボケ、見切れ、指写り。とにかく下手くその極みだった。
「……誰かに撮ってもらう?」
「やっ……それはちょっと……」
「ま、そうだよね」
さすが、華那芽は話が早い。男女がツーショット撮るなんて時点でさ、中学生女子なんて妙に騒いで質問責めしてくるだろうし、中学生男子もしばらくニヤニヤとからかってくるに決まってんだ。
っていうかそもそも、この「嘘」にさらなる他人を介入させるのも気が引けた。だから華那芽がここで「円堂とか木野に頼めば?」的なことを言わなくて本当に良かったと思う。だってあの二人なら、絶対協力的でいてくれるだろうから。
「クラスのやつがさー、兄貴が上画面くるっとひっくり返せるケータイ持ってるって言っててさぁ」
「へえ、便利なもんだ」
「それなら簡単に自分を撮れそうだよなー。内側にもカメラついてりゃいいのに……」
「セルフタイマーもなぁ、置き場所ないし……」
「もうちょい粘ってい?」
「はいはい」
こうなりゃ時間が許す限りチャレンジあるのみだ。俺たちは再び顔を並べて、それからカメラを覗いた。しかし何を思ったか、華那芽が「そのままストップ」と俺に待ったをかけて離れていく。
「え? ちょ、」
「動かないで……あー、もっと上向けて」
華那芽は俺の伸ばした腕の先、つまりケータイの内側が見えるほうに回り込んだ。それから俺が持つケータイの向きやら高さやらを、直接手で動かして微調整していく。な、なるほど……なかなか頭いいなお前!!
「このままストップね」
「おー! って待った待った近くね!?」
「このくらいじゃないと見切れるから。オラずれないうちに早くシャッター」
「お、おう……じゃ、撮るぞ」
さっきよりさらに近づいてきた華那芽に変にビビりながら、俺は本日何度目かのシャッターを切った。
*
「……顔は結構そこそこカワイイんだよなぁ、あいつ」
と、改めて思う。すっきりした輪郭とか、通った鼻筋とか。目はちょっとダルそうだけど、はっきりしてるし。上に掲げて撮ったから、必然的に上目遣いになってて、普段は目線が同じだからちょっと新鮮だ。
それにしても、本当に珍しいものが撮れた。写真の中の華那芽は、いつもよりも口角を上げて、ピースまで付けてくれていた。華那芽を知らないやつからしたら、うっすい笑顔だと思うかもしれないけど、華那芽を知る俺からしたら、うっかり周りに見せて回りたくなるくらい、珍しい表情を作ってくれていた。
「ばーちゃんに気ィ遣ってくれたのかな……」
ベッドに腰掛けながら、写真を見つめ続ける。華那芽が俺の話を鵜呑みにしてくれたなら、これは俺のばーちゃんが、孫とその友人の楽しそうな写真を待っていると思ってのことなんだろう。確かに、そこでいつもみたいに仏頂面で、楽しくもなさそうな顔が写ってたら、ばーちゃんも「えっ……」ってなるよな。いや、ばーちゃんに見せるわけじゃないんだけどさ、ホント。なんだかんだ、こういうとこやさしいんだよなぁ、華那芽は。……あ、そっか、華那芽って意外と普通に、カワイくてやさしい女子なのか。
「まあ……中身はやべーけどな」
もし学内ランキングとか作るとして、「強い女」ランキングがあるとしたら、俺は華那芽に入れるね。アイツ、いろんな意味で強いんだよな。そういうところ、ちょっとかっこいいけどよ。
今日も今日とて風呂の順番を待ちながら、写真の一覧を閉じて今度はメール画面を開く。宛先は例の小学校の頃のダチ。カチカチとボタンを打って、文章を作っていく。
『コイツが俺の彼女ね』
これで俺の財布は安泰。しかもラーメン奢ってもらえる。万々歳だ。最高。なんていい日なんだ。
さーて、あとは写真をくっつけるだけ……、
「…………」
不意に、操作する指が止まった。それから何秒か、何十秒か経って、勝手に画面が暗くなる。慌てて開いて、それからまた何十秒。
「………………、」
華那芽が、俺と、それからケータイを買ったばかりのばーちゃんという居もしない俺の家族のために、不器用に作ってくれた笑顔が頭をよぎる。
「…………………………、」
俺は、消去ボタンを長押しした。せっかく打った文面が全消しになる。それからカチカチとボタンを打ち直した。真っ白な画面に、一文。
『ラーメン奢ります。』
五秒悩んでから、俺は送信ボタンを押した。
「はーあ……なーにやってんだ俺は」
誰にともなく、ため息混じりに呟いて上半身をベッドに倒した。酷い脱力感だ。これで今日の苦労も水の泡。得たものは疲れと恐らく華那芽の不信感。それだけ。あーバカバカしい。まあ、一番バカバカしいのは、こんな賭け自体だけどさ。
メールのページを閉じて、アルバムを選択した。そこから一番上に並ぶ、華那芽と俺のツーショット画像を選択して、消去コマンドを開く。
『消去しますか?』
画面上に、「はい」と「いいえ」が上下に並ぶ。
「…………」
華那芽の写真。華那芽と俺が並ぶ写真。そのどちらも俺は持ってなかった。今後も、このケータイにそんな写真が入る機会はない気がする。それは、どうにも……。
選択ボタンの上を押したり下を押したりを何度か繰り返したのち、俺は結局「いいえ」を選んでから決定ボタンを押して、ぱちんと閉じたケータイを布団に放り投げた。
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