一星充と使徒仲間
※夢主がオリオンの使徒if
※本編とは一切関係ありません
※やや不道徳的(当社比)のため注意
後ろ手に扉を閉められれば、あっさりと密室空間が出来上がる。とはいえ鍵のない戸のため、閉じ込められたというにはいささか語気が強すぎるが、凪沙は一貫して冷やかな目線を犯人に送っていた。
「人様の部屋に押し入るなんて、随分乱暴だね」
一星充は、凪沙の逃げ場を奪うように扉の前から離れない。凪沙は都合上一人部屋が充てられているため、この場には彼ら二人しかいなかった。
凪沙が面倒くさそうに首に手を当てていると、一星が伏せていた顔を上げる。夜明けを知らぬような、翳った瞳を険しそうに細めていた。
「お前は、本当に『こっち側』か?」
「そうだけど」
要領を得ない物言いに、しかし瞬時に意味を理解して頷いた凪沙。彼女の返答が気に食わないらしく、一星は太い眉をますますつり上げた。
「華那芽凪沙、お前は信用できないんだよ」
「あそ」
「円堂守にも妙に肩入れしている」
「そりゃ友人だからね」
「その人を食ったような態度も気に食わない」
「大変だね。じゃ、そろそろ出てけ」
ああ言えばこう言うといった様子で淡々と返していく凪沙。一星はさらに眉間に皺を刻んで、威嚇するように握った拳を背後の扉に叩きつけた。ダン! と派手な音が鳴ったが、凪沙は肩を震わせることもない。
「……お前は、日本を負けに導こうとはしてない」
「さあ、どうだろうね」
軽く返事をして肩をすくませる凪沙は、あくまでも余裕を崩さずに、真面目に取り合うこともなくはぐらかし続ける。彼女のその態度は、一星にとっての決め手だった。
一星が扉から離れる。かと思えば、一直線に凪沙の元に向かい、その手首を力強く掴んだ。凪沙は毛程の動揺も見せず、しかし抵抗することもない。
一星は彼女の腕を乱暴に引っ張ると、部屋に備え付けられたシャワールームにずかずかと入り込んだ。最後に使ってから半日以上は経過しており、タイルは乾いている。靴のまま無遠慮に進入した彼は、凪沙をぐいっと引き寄せて、鏡面に押し付けた。彼女がわずかに目を細める間に、躊躇なくシャワーコックを捻って全開にする。
暴力的な流水音が部屋を支配した。頭上から降り注ぐ、次第に温度を上げていくシャワーが、凪沙の肌を容赦なく殴る。彼女の肩を鏡面に押し付け続ける一星も、少しずつその身を濡らしていった。二人はどちらも喋ることすらしない。浴室内の温度と湿度が急上昇していく。服の色が濃さを増す。毛束が濡れて固まっていく。
彼女は終始無抵抗だった。俯いた顔は、前髪の影に隠れてよく窺えない。
「……」
凪沙が唐突に、後ろ手にコックを捻った。唸り続けていたシャワーがぴたりと黙る。
ひたり、ひたり。
毛先から雫が垂れる。頬を伝った湯が、顎から落ちた。濡れた髪が、額や頬や首もとに張り付いている。
凪沙は片手で一星の手を払うと、その流れで己の襟元を思い切り下に引っ張った。水滴が流れる、露出した白い肌の、鎖骨下に刻まれているのは砂時計にも似た青い紋様。普段は肌と同色、よく目を凝らさなければわからないその傷は、体温の上昇に伴って彗星のような色を浮かび上がらせる。
「……!」
一星は息を詰まらせたように目を開いた。自身の足首にある刻印と同じものを──オリオンの使徒である証拠を、彼女も刻んでいるのを目の当たりにした彼は、払われた手のやり場を失いながら眉間に皺を寄せる。
「満足した?」
真顔を貫いていた凪沙が、薄く笑った。気味が悪いほど、受けた仕打ちにはそぐわない顔だった。肌に無造作に張り付いた濡れ髪や、身体のやわらかそうな曲線を主張する水浸しの服が、妙な色気を伴う。
自分が使っているのとは違う、シャンプーだかボディソープだかの香りが、浴室内にあることに一星は今さら気づいた。凪沙の睫毛が、雫に濡れているのが目視できるほどの近距離。昂った焦燥や苛立ちが、少しずつ鳴りを潜めていく。一星は突然、先ほどのように凪沙に触れることができなくなった。
「さてと……」
凪沙はだるそうに首を回した。それから何の脈絡もなしに、一星の胸ぐらを掴む。かと思えば、いつの間にか一星の視界はぶれていた。
力の入れ方を熟知しているという具合に、自然でなめらかな動作だった。体が水に濡れていく。全身が痛む。
「〜〜〜っ!?」
「お返し」
脚を払われ、床にうつ伏せに押し付けられた一星は、涙目になりながらじたばたともがく。しかし背中に置かれた手は強い力で固定され、決して広くはない浴室内に二人も収まっていることもあり、上手く逃げることができない。
「アンタ、最低限の女子への接し方は学んだほうがいいよ」
「どっ……こに女子がいるんだっ、このゴリラ……!」
「アンタがもやしだから相対的にそう見えるんじゃない」
「誰がもやしだ!! このっ……はなせっ!!」
ぎゃあぎゃあと反論しながらも、まるで上手く抵抗することができない。一星はしばらく足掻いていたが、そのうち諦めたように、次第に大人しくなっていく。そして凪沙が面倒くさそうに手を離したところで──一星は飛びはねるように凪沙に襲い掛かった。
シャンプーラックが外れて、ボトルが音を立てて転がり落ちる。濡れたタイルから、凪沙の背にその冷たさが伝わっていく。事態は一瞬で形勢逆転した。
「男をナメるなよ……お前なんて、簡単に捻り上げられる。あまりつけ上がると痛い目を見るのはそっちだぞ」
眼前で憤るその顔を、凪沙は黙って見つめていた。凪沙の身体をタイルに押し倒すその腕には、簡単には逃れられそうにない力が籠っている。にも関わらず、凪沙は動揺する素振りすら見せない。
「あの施設で同じように格闘技を仕込まれたとしても、純粋な男の腕力には、ゴリラのお前も勝てないだろ」
「そうだとして、それでここからどうするつもり? 下手に怪我をさせたら、周りが不審に思うんじゃない? 出会ったばかりのアンタと、これまで信頼を重ねてきた私じゃ、皆がどちらの言い分に傾いてくれるかなんて明白に思えるけどね」
「……殴る蹴るよりもっと、お前が『傷つくこと』をしてやることもできるけどな」
一星は卑劣さを纏った笑みを口元に浮かべた。凪沙の肩から離れた彼の片手が、今度は彼女の襟にかかる。指先をわざとらしく肌に這わせるようにして、先程彼女自身が引っ張ったように、強く引き下ろした。
刻印はいまだ美しく不気味な発色を伴っている。平生、そう他者には侵されることのない場所に、襟を引っ張る指先が強く突き立てられた。短く切られた爪が、それでもその柔い肌に無遠慮に沈む。
刻まれた傷とは似て非なる青を灯す、凪沙の気だるげな瞳が、一度ゆっくりと瞬いた。
「……不埒な真似して人様の尊厳脅かそうって? たかだか12歳のクソガキができもしない、身の丈に合わないこと言ってんなよ」
それは明確な煽りだったが、ほとんど真理でもあった。まだ幼い一星に、仮に知識はあれど「そんな経験」などありはしない。しかし彼はカッと火がついたように目を見開くと、狼のように牙を剥いて──
がじっ。
「っ
痛……!」
「ハッ……刻印のそばなら、自己申告はできないだろ」
一星は凪沙からゆっくりと、余韻を強調させるように頭を離す。鎖骨下の刻印をギリギリ逃れるように、凪沙の肌にはくっきりと歯形が残されていた。目の前で余裕のなさを孕んだしたり顔を見せる一星を、凪沙は温度のない顔でじっと見つめる。
噛まれた痛みと、舌先がぬるりと当たった感触と、触れた唇の酷い冷たさが、心臓の近くで停滞して消えない。
「…………」
そして凪沙は無言のまま、一片の躊躇もなく、問答無用で──勢いよく脚を蹴り上げた。
「ッッッッ!!?!?」
本日二度目、一星の喉から声にならない声が上がった。四肢から力の抜けた彼が、そのまま潰れるより前に、凪沙は器用に横に脱する。起き上がりながら視線を向ければ、一星は急所を押さえながら蹲って悶絶していた。その姿は哀れなほど痛々しい。
「優位に立ったと思ってるやつが一番足元掬われんだよ」
淡々と吐き捨てて、凪沙は足元の一星を気にすることもなくシャワーのコックをひねった。彼が濡れようが知ったことではないし、彼女自身もここまで濡れていたら同じことだと言わんばかりに、噛まれた鎖骨近くを遠慮なく洗い流す。鏡に映ったそこが、軽く鬱血しているかどうかという程度であったのが、彼の甘さだった。
「ったく……本当ポンコツ短絡馬鹿だね、アンタ」
「なっ……ん、だっ、と……!?」
「体が熱帯びてなけりゃ、そもそも刻印は出てこないし」
「……!!」
「そもそも、今この状況で私が叫んで助けを求めたら、どう見たって悪者はアンタだけ。簡単に決着がつくよね。私の部屋を選んだ時点で、アンタは馬鹿だったわけ」
「…………!!!!」
タイルに転がりながら、まるで「確かにそうだ」「完全に忘れていた」「考えも及ばなかった」などと言いたげな絶望的硬直顔を晒す一星に、凪沙は白けた瞳でため息を吐く。けれどそれを結局は実行しない凪沙が、一体何を考えているのか。彼のことを、始末したいわけではないのか。一星に分かる道理はない。
「信用なんて……アンタ、誰にもするつもりないでしょ」
それは最初に投げ掛けられた言葉への返答に近かった。シャワーを止めて壁に掛ける凪沙に、一星は鋭く睨みを利かせながらも口を閉ざす。
「もっとも、私もアンタに信用されるつもりも、するつもりもないけどね」
分かったらとっとと出てけ、と凪沙に軽く尻を蹴られ、一星はギャンと吠えた。
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