桜散る春


 人脈を広げると、その分色んな情報が入ってくる。どこそこに新しい店ができたとか、あそこの呉服屋の旦那は不倫してるだとか。そんな俗世間的な話題から、どこそこのラーメン屋は攘夷浪士を匿っているらしいとか、とある長屋に住む夫妻の旦那さんはどこそこのご子息らしいとか、どこそこの公園では某アナウンサーがよく愛犬を散歩させてるだとか、そういう噂話。果てはここじゃ具体例を挙げにくい、お天道様に顔向けできねェ世界に纏わる、ちィと扱いには気を付けたいネタまで。
 そんなこって、私は身近なお巡りさんの中でも、目立つ人間のことは元々それなりにしっていた。──だけどまさか真選組副長補佐殿が、そこそこの期間隣に住んでるあの天パと兄妹だったとは知らなんだ。

「お花見の時にも会いましたよね。改めまして、私朱里って言います!」
「……雪。こないだはどーも」

 面倒くさいけど、お巡りさんには媚売っとくに限るのでキチンと挨拶を返す。天パの妹こと朱里は、ちょうど私が家を出たところで鉢合わせた。あのゴキブリみたいな黒光りした制服は着ておらず、春らしい淡い色合いの着物に身を包んだ姿は、そこらの町娘と見分けがつかない。赤い簪でまとめた長髪の毛先を揺らして、柔和に笑う顔は、どことなく真琴と似ているような気がした。

「万事屋のお隣さんだったんだね」
「まァ……そゆお宅は万事屋に行ってたんだ」
「新八くんに誘われて遊びに来てたの」
「ふーん。お宅らも仲良かったんだ。まああの天パの妹ならそうか」
「えっ!? あ、あれ!? 私言ったっけ!?」
「こないだぱっつァんから聞いた」
「アッそっそう……」

 朱里は脱力したような、半笑いのような、どこか困ったような表情だ。名字も違うし、顔も中身もとくに似てねェし、何か並々ならぬ事情があるのだと窺い知れた。「妹」ってことしか聞いてねェからな。まァどうでもいいけど。

「えっと、雪ちゃんは大丈夫? 銀兄に変なことされたりしてない? もしなんかあったらすぐ呼んでね、手錠掛けに行くから」
「そりゃどうも。そんじゃ」

 片手を挙げて背中を見せる。これから大江戸スーパーでタイムセールの時間だ。卵を筆頭に値下げされる商品たちは数多い。数多の敵……という名の主婦に揉まれることは請け合いだが、絶対勝ち取る。その為にも早めについておきたいが、如何せんここからの最短ルートには桜並木があり、私はできる限り迂回したかった。花なんてもうほぼほぼ散ってるが、決して侮れない。地面を這いずる『奴ら』は、春が終わるまで気を抜けなかった。マジでクソ。全員生涯冬眠しとけ。起きんな。

「銀兄は本当にちゃらんぽらんだから、雪ちゃんにも迷惑かけてないか心配で心配で」
「あ? いや大丈夫なんで。じゃ」
「従業員の新八くん神楽ちゃんにも、一階の家主さんにも迷惑かけてるらしいから、ちょっと一回シメておこうかなァなんて」
「締めるも捌くもどうぞご自由に」
「このご時世に木刀なんて差しちゃってるし本当ハラハラするわ〜昔から手塚ゾーンか? ってくらい色んな物事吸い寄せてくるし、とばっちりとか食らってない? 大丈夫?」

 なんだコイツ、やたら絡んできやがる。もはや妙な必死ささえ感じた。掴まれた羽織の袖は、相手がほとんど面識のない警察なこともあるもんで振りほどくことも少し躊躇われる。
 と、やたらニコニコとしていたそいつが、とうとう核心に迫るかのようにこちらに一歩近付いた。ケーキでも食ったのか、どこぞの天パよろしく甘い匂いが鼻を掠めた。

「そういえば雪ちゃんも杖差してるよね。もしかして杖術だか棒術だか習ってた感じ? それとも剣術かじってるの?」

 ──ああ、そういうことね。
 その話題を切り出されて合点がいった。つまりコイツはお巡りさんとして、腰に怪しい棒切れ引っ提げてる私に暗に探りを入れてるわけだ。
 エロ本をコソコソベッド下に隠すより、堂々と本棚に入れとくほうが逆にバレない的な法則がこの世にァある。それに則り、私は見た目はただの杖であるこの仕込み刀を、白昼堂々常に腰のベルトに差している。今まで職質を受けた回数はゼロ。うっかり剣を交えりゃ重さでバレる可能性もあるが、大人しくしてる限りは不審がられることもなかった。だがどうやらこのお巡りは、そこそこ鼻が利くらしい。
 流石は、女だてらに副長補佐張ってるだけはある。着物の上からでもそれなりに華奢だとわかるが、妙に動作にも無駄がないだけあって、剣の腕も恐らく並大抵ではないのだろう。見た目からは想像もつかない豪腕女の存在を、私は数人ほど知っていた。
 さて。下手に逃げんのは一番まずいが、取り上げられて調べられでもしたら一発でバレる。面倒くせェけど、ここはただの棒切れである説を補強する出鱈目話でも──

「いやァ〜実はお花見の時から気になってて! もし良かったら雪ちゃん、真選組に入隊しない!?」

 ……は? コイツ何言ってんだ?
 朱里は袖から手を離したかと思うと、今度は私の両手をがっしりと握った。そして髪と同色の長い睫毛で縁取られたデカい目を、爛々と輝かせてこちらに顔を近づけてくる。

「真選組に入れば合法的に刀を振り回せちゃうよ! 楽しいよ〜!」
「いや長いモンぶん回しマニアとかじゃねーよ」
「それに公務員だから安定してるし、お給料もそこそこもらえるし、しかも副長や一番隊の隊長はめちゃくちゃイケメンだし!」
「おい、離し……」
「真選組は常時女性隊士も募集しててね! 女子寮は私と朋子だけだからまだまだ余裕あるし、なんとシャワールームとトイレも完備! ウォシュレットつき!」
「ちょ……」
「それに雪ちゃん肌白いから黒い隊服が良く映えると思うな〜!」
「いやそれこじつけ……」

 ペラペラと口が回るにつれて、朱里はさらに距離を詰めてくる。オイなんだこの力の強さ。全然振りほどけないんだけど。やっぱこいつもゴリラか。私服だと完全に普通の町娘詐欺だな。
 コイツを納得させねェと私は解放されないのだと理解して、未だ淀みなく喋り続けるコイツに「ストップ」と声を掛けた。

「むさい男まみれの職場は遠慮すらァ。それに私も職はあるんでね」
「そ、そっかァ……うん、わかった。ごめんね引き留めちゃって」

 残念そうに、だけど意外にもあっさりとその身を引いた。うし、これでようやくタイムセールに向かえる。そう思い踵を返すが、「あっそうだ!」と再び袖を掴まれた。

「雪ちゃんケータイ持ってる?」
「……まァ」
「これ私の連絡先! 気が変わったら、あと銀兄になんかされたらいつでも連絡してね!」
「はァ……」

 貰えるモンは貰っとく精神で押し付けられた自筆のメモを受け取ると、朱里は満足そうに笑みを深めた。それからひらひらと手を振って、軽い足取りで「じゃあまたね!」と去っていく。嵐が去ったような感覚に、疲れと共にため息を吐き出した。
 なんだよアイツ。真面目で大人しくて普通の奴かと思ったら、とんだ誤解だった。なんかすげー面倒くさい。つーかなんだろ、あの妙な鬱陶しさ。誰かに似てんだよな。眉間に皺が寄るのを感じながら、思考を巡らす。どこのどいつだっけ…………、

「──あ、」

 あの天パじゃん。

「血の繋がりは関係ねェな」



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