酷暑の夏
「すみません、お仕事中なのに手伝ってもらっちゃって……」
「いいのいいの! こんな重い荷物、女の子が一人で持つものじゃないよ!」
「流石に量が多くて手に持ち切れず……重さは問題ないのですが」
「問題ないんかい」
夏の日差しに照らされた道のりを歩く女が二人。大きなダンボールを持った方は黒々とした制服に光を集め、大量の袋を引っ提げた方は視覚的にも暑そうな赤い着物を身に纏っていた。二人は他愛のない話を交わしながら、それなりに人通りのある道を進む。
「でもたまたま会えて良かった。その着物ですぐ気づいちゃった。いいよね、赤」
「朱里さんも赤がお好きなんですね。そういえば、その赤い簪も素敵です」
「へへ、そう?」
「よくお似合いですよ」
「い、いやァ〜照れるなァ〜はー暑い暑い! ……いやそれにしても、ホントあっつい……」
急に朱里の声色から高さが失われた。ドロドロと溶けるような低い嘆きに、隣の羽月も同調したように「そうですねェ……」と呟いた。高い位置から降り注ぐ太陽光は、天の恵みといった範疇を通り越しもはや暴力だった。下界の全てを焼き尽くさんばかりに照るそれは連日続いており、この夏の外出を容赦なく過酷なものにしていた。
「それに屯所内は空調が効いてますけど、お勝手もなかなか地獄のような暑さで……冷房はついてるんですが……」
「やっぱ火を使うとそうなっちゃうのかな……」
「それで今日その扇風機を購入したんです。空気を回せばちょっとはマシになるかな、という話になりまして」
「なるほど〜! いやァ本当お疲れ様、いつも美味しいゴハンありがとね……」
「朱里さんもお疲れ様です……とくに隊士の皆さんは、本当に暑そうで……」
「いやァ〜〜マジでヤバイよこれ。着ぐるみで熱中症とかニュースで見るけど、明日は我が身だよ。っていうかもはや私たちのことも報道してほしい。そして世論の力で制服リニューアルされてほしい」
「せめて半袖スタイルが施行されても良いですよね」
「そういえば、羽月ちゃんはいつも赤い着物だよね。もしかしたら水色とかだと、視覚的にもちょっとは涼しくなったりするかな」
「そうしたいのは山々ですが、キャラクターデザイン上として私は赤系統を着なければならず……」
「ステイステイそれは言っちゃ駄目なやつ」
だらだらと喋りながら、だらだらと汗を流す。朱里は警察として仕事中に傘を差すことは禁じられており、つまり日傘に頼ることもできなかった。羽月はその点問題なかったが、両手いっぱいに袋を提げている今日はそれも叶わない。二人の白い肌を、ジリジリと直射日光が焼いていく。
「あ」
と、羽月が不意に声を零した。その視線の先を追った朱里も「あ」と同じような声を漏らす。
涼しげな空色ののぼり旗に、かき氷の文字が踊る。無慈悲にも風一つ吹いていない気候のため、小さく添えられたシロップの種類までよく読めた。
「へえ、かき氷かァ。そういえば今年はまだ食べてなかったな」
「そういえば、以前朋子さんが仰ってました。三丁目のかき氷がとっても美味しかったって」
「へえ、いいね! せっかくだし寄っていく?」
「わ、是非! お礼に奢ります!」
「いやいいよいいよ私が払うって!」
「いえ、ここは是非私が……」
「いやいや私が……」
そんなやりとりを繰り返しながら、彼女たちは庇の下に入り込んだ。久々の日陰はそれだけで涼しくて、二人の表情を和らげる。朱里は店の奥を覗き込んで、店主と思しき中年の女性に声を張り上げた。
「おばちゃーん、かき氷二つお願いします! 宇治金時味と、えーっと羽月ちゃんは?」
「いちご練乳でお願いします!」
が、しかし。
「ああ、ごめんねェ。今日は特に暑いからお客さんが多くて、ついさっき氷が切れちまってねェ……」
申し訳なさそうに出てきた店主に、朱里は「あちゃあ〜」と仕方なさそうに笑い、羽月も残念そうに肩を落とす。わずかな時間想いを馳せた冷たいスイーツの幻は、日差しに溶けて消えてしまった。
「残念ですね〜……」
「連日の猛暑だもんね〜そりゃ皆食べたくなるわ……」
「朱里さん、また都合が合えば食べに行きましょう!」
「うん、そうだね」
名残惜しさを感じつつも仮約束を交わし、再び屯所を目指して歩き始める。しばらくして見慣れた道に入ったところで、「ここまでで大丈夫です」と羽月は朱里に預けていたダンボールを受け取った。小柄なおかげで視界の大部分が隠れてしまったが、この短い距離なら大丈夫だろうと朱里も頷いた。
朱里に礼を告げて別れた羽月は、ハァと小さくため息をつく。
(それにしても残念だなァ……朱里さんにもお礼したかったのに)
今度改めて食べに行くにしても、灼熱の太陽の元をそこそこの距離歩かせる羽目になってしまう。かと言ってその近くを巡回中の朱里を狙うのも、仕事の邪魔をしてしまうのと同義だ。そもそも次に非番が被るのがいつになるかもわからない。
うんうんと唸りながら屯所の門を潜る。そこでふと、電気屋で扇風機を探していた時のことを思い出した。そういえば、確かあの近くに……、
「……これだ!」
*
『かき氷はじめました』
食堂の入り口脇にドンと貼られていたのは、そんな文言が筆で綴られたポスターだった。手本のような美しい文字が誰によって書かれたのか、朱里には一目でわかった。
室内の奥では、ガリゴリと小気味良い音が響いている。氷を削る清涼感のある音色だ。中では数名の隊士らによって列ができていたが、朱里はそれを通り抜けてカウンターに立つ羽月に声を掛けた。
「羽月ちゃん! これって……」
「あ、朱里さん! 抹茶も、小豆も購入しました。白玉も茹でてありますよ!」
意気揚々と答える羽月に、朱里は大きな目を瞬かせた。手元の、これまた手本のような綺麗な文字で『ファストパス』と書かれた紙──ちなみに、御札のように縦書きである──は、朝起きたら部屋の戸に挟まっていたものだ。その単語は朋子あたりの入れ知恵だろうか。
カウンター脇にはそこそこ値段の張りそうな、本格的なかき氷器や様々なシロップが並んでいた。それは普段食べ物くらいにしか使い道の無かった給料を使って、羽月が購入したものだった。
しばらく驚きを滲ませていた朱里は、手元の券を羽月に差し出すと笑みを弾ませる。
「ヘイ店員さん、宇治抹茶のかき氷と、いちご練乳一つずつ! 一緒に食べよ!」
「承知しました!」
「……えっ、俺たちの分は?」
列を成していた男たちの声は、乙女たちには届かない。
「暫しせるふさーびすです」