食べ盛りの秋


「ハイそれでは第n回、何故我々に彼氏ができないのか談義を始めたいと思います!」
「イエェェェイ!」

 シャンシャンシャァァン! 部屋に入る前に受付近くで借りてきたタンバリンを、両手に一つずつ持って振りまくる。マイクを通して響いた朱里ちゃんの声と、安っぽいミニシンバルの音色の余韻が個室に溶け切ると、部屋に静寂と虚しさが訪れた。まだ一曲も入れていないモニターには、よくわからないアイドルグループが椅子に並んで何かを話していた。

「……よし、まずはドリンクバー頼もう」
「そうだね、せっかくなんだから元とらなきゃ」

 朱里ちゃんの提案に乗り、わたしは中央のテーブルに置かれていたメニュー表群の中からドリンクバーのラミネートを取り出した。部屋に沿ってL字に設置されたソファーの中央に身を寄せて、二人で覗き込む。

「うーん、私ココアにしようかな」
「じゃあわたしは……えーっと……」
「アハハ、ゆっくり決めていいよ」
「いや! 決める! えーっと……! ……わたしもホットココアで!」
「フフッ了解! 私電話するね」
「ありがとう、朱里ちゃん」

 ここのカラオケのドリンクバーはセルフサービスじゃなくて、一杯ごとに部屋に備え付けられた電話から注文するスタイルだった。さっき受付で色々書いたのはわたしだったから、今度は自分がと気を利かせてくれたのだろう。朱里ちゃん、なんてやさしいんだ。しかも美人だししっかり者で仕事もできる。正直、今回のような会を一緒に開いているのが信じられない。絶対モテるでしょ朱里ちゃん。大丈夫? 実はわたしに気を遣ってくれたりしてない? え、わたしはどうかって? 生まれてこの方一度も彼氏がいたことない真正喪女歴更新中ですが!?!? ガッデム!!
 内心荒れ狂うわたしをよそに、朱里ちゃんは壁に掛かった受話器を取ると、二人分のドリンクに加えて適当に軽食も注文してくれた。この間来た時も、大盛のものを二人で食べて割り勘したから、今回もそんなスタイルで行くつもりだ。

「さてと……それじゃあ本題に入ろうか」
「うんうん。まずやっぱり、何が原因かだよね」
「思うんだけど、私から見たら真琴ちゃんはめちゃくちゃ可愛いし、やさしいし、気が利くし、どう見てもモテると思うのよ」
「えっエヘヘッそ、そうかなァ!? そんなことないって! それを言ったら朱里ちゃんだって凄い美人さんだし、やさしいし、仕事もできてかっこいいし、モテモテじゃなかったら世の中狂ってるよ! っていうか世の中狂ってるって! え、マジで朱里ちゃんモテないの? どうなってんだホント」
「いやホントどうなってんだろうね世の中狂ってるわ。それで私さ、今回仮説を立ててきたのよね」
「へえ、どんな?」
「もう今日は私達しか居ないからはっきり言っちゃうけど……ズバリ! 『私たち完璧すぎて隙が無い説』!!」
「おっ……おお! なんか説得力ある! 気がする!」
「だってぶっちゃけ互いの評価がさ、お世辞抜きに可愛い、美人、スタイルが良い、やさしい、気が利く、明るい、仕事もできる、女の子らしさもある、料理もできちゃう、って感じでしょ?」
「なんか色々増えてるような」
「つまりよ、私達、高嶺の花なんじゃない!?」
「……確かに!!」
「失礼しまーす。ドリンクのお届けでェす」

 不意にノックと共に店員さんがやってきて、テーブルに乗り出す勢いで盛り上がっていたわたしたちは華麗に着席し閉口した。二度と会わないであろう店員さんとはいえ、最低限のプライドは守りたい。
 店員さんがいなくなり、足音が完全に消えてからわたしたちの談義は再開される。

「つまり、私たちはもっと隙を見せればいいわけだよ!」
「なるほど。つまり『オレには勿体ない……恐れ多い……』って思わせない程度の"抜け感"を作るってことだよね!」
「その通り! で、実際にどうすればいいかなんだけど!」
「うん!」
「何も案がありません!」

 自信満々に宣言され、思わずガクッと首が折れた。いや、無いんかい。会話が途切れたところで、朱里ちゃんは熱々のココアをちびちびと啜り始めたので、わたしもココアに口を付けた。最近はどんどん町も秋めいてきて、温かい飲み物が美味しい季節になってきた。はァ、ココアってなんでこんなに美味しいんだろう。開発した人は天才だと思う。こんなのいくらでも飲めてしまう。
 三口ほどゆっくりと冷ましながら飲んだところで、「あ、じゃあさ」と切り出した。

「適度に抜け感がある子を参考にするのはどうかな」
「それだ! 真琴ちゃんあったまいい〜! 適度な抜け感っていうと……」
「雪ちゃん……は適度どころじゃないね。朋子……もちょっと違うような……」
「羽月ちゃんは? あの子お仕事は完璧だけどちょっと方向音痴だったり天然だったり、まさに最高に最高の女の子じゃない!?」
「たっ確かに……! いやでもわたし羽月ちゃんみたいな圧倒的な若さによるきらめきも、橋本環奈ばりの顔面偏差値もないからな……」
「ウ……それは私にも刺さった…」
「あやめさんはどう? って思ったけど……完璧だよね……」
「顔よしスタイルよし仕事もばっちり料理もできるしっかり者! ……完璧だね……いや性格は大分難ありだけど」
「うーん……なんか難しいな……」
「逆にさ、私たちのせいじゃないってことは?」
「周りの見る目が無さ過ぎってこと?」
「そっ……いやそれもあるかもしれないけど、なんていうか、環境? 出会いがないこの環境が駄目なんじゃない!?」
「なっなるほど!?」
「毎日毎日毎日毎日同じ職場で食べて働いて寝て食べて働いて寝て! そりゃ出会いもないよ! やっぱり合コンとか参加するべきなんじゃない!?」
「確かに!! わたしだって来るお客さんはぶっちゃけオッさんばっかりだし若いイケメンの人とか全然来ないし近くの男の人と言えばくるくるパーのプー太郎と年下の少年くらい……アッごめん違くて、そんなつもりじゃ」
「いやいーよいーよわたしに気ィ遣わなくて。むしろもっと言ってやって!」
「アハハ……でも合コンかァ……わたし初対面の人とそんなに喋れる気がしないっていうか、合コンなんて開くツテもないっていうか……」
「スナックでは話せてるじゃない」
「いやあれはお客様じゃん! しかも慣れるまでも大変だったし……合コンって対等だからまた違うっていうか〜……」
「ああ〜でもわかるわァ。私も接待と合コンじゃ多分全然違うだろうなって思う……」
「あと……我儘なんだけど、合コンに参加するようなタイプの人とは合わない気がする……」
「うわっめちゃめちゃわかる……! なんていうかアレよね、合コンなんて俗世的なものとは縁がないような、イケメンで金持ちで優しくて爽やかで恋人作りとかに対して切羽詰まってないような余裕のある男の人と付き合いたい」
「分かりすぎる……全面同意なんだけどォ……」
「あ〜〜〜あ都合の良い男、地面掘ったら出てこないかな〜〜〜!!」
「空から降るでも可〜〜〜!!」
「失礼しァーす山盛りポテトフライとオニオンリングでェーす」

 いつの間にか立ち上がり、マイクをオンにして叫んでいたわたしたちは慌ててソファに飛び込んだ。部屋全体がちょっと揺れたが店員の男性は微塵も気にせずテーブルの端に料理を置いて帰っていった。湯気立つ料理は見るからにアツアツで最高に美味しそうだ。わたしたちはマイクを放り投げてお皿に飛びついた。アッポテトめちゃくちゃ美味しい。

「もしくはさ、わたしたちもっと妥協が必要なんじゃない? うま」
「う〜〜〜ん確かに……ちょっと理想が高すぎるっていうのもあるかもしれないわね……うま」
「朱里ちゃんの周りに誰かいないの? 土方さん……は怖いもんね。沖田くん……も顔くらいしかいいとこないし」
「わかってくれる!? もう本当あの二人最低なのよド厳しいわデリカシーないわで! なんであんなに女の子たちにモテるかマジで甚だ疑問なんだけど! 絶対付き合いたくないタイプ!」
「うんうんたまにはぶっちゃけちゃいなよ! わたししか聞いてないからさ!」
「も〜〜〜総悟くんなんかこの間も『オウ朱里、なんかケツでかくなったか』って! デリカシー無さ男過ぎるんだけど普通乙女に対してそんなこと言う〜〜〜!?」
「ゲエッ訴えていいよそれセクハラじゃん! 年下だからって容赦することないよ警察呼ぼ警察!」
「私らが警察なんだな〜〜〜!!!」

 朱里ちゃんは行き場のない怒りをどうにか飲み下すようにオニオンリングを貪り食らう。わたしも便乗してポテトを数本ずつ一気に口に詰め込んだ。美味い……美味い! チクショウ! 美味い!

「ふう……真琴ちゃんはいい人いないの? 常連さんの中でも比較的若い人とか……」
「うーんそれが特には……あんまり知り合いも多くないし……年の近い男性って言えばやっぱり銀さんくらい……」
「ああ……銀兄は……駄目ね」
「駄目だね」
「マダオだしプー太郎だし」
「そのくせお金遣い荒いしお給料は未払いだし」
「がめついしデリカシー無いし」
「糖尿予備軍だしだらしないし」
「パチンカスだし酒カスだし」
「品がないし甲斐性も無いし」
「スケベだしバカだし」
「子どもっぽいし図々しいし」

 古い布団を叩いた時の埃のように出てくる出てくる銀さんの悪口。なんかだんだん面白くなってきた。人の悪口で盛り上がるなんてよくないことだけど、あまり嫌な感じにならないのは朱里ちゃんが「本当に仕方ない人だ」とでも言いたげに小さく笑みを滲ませていたからで、多分わたしも似たような顔をしているからで。欠点ばかりの銀さんだけど、良いところも知ってるからで。嫌いなんてことは、無いからで。アレ、なんの話してたんだっけわたしたち。

「それにしても、さっちゃんは何であんなマダオのこと好きなのかしら。やっぱSとMだと相性いいのかな」
「あやめさん、昔はちょっとSっ気がある人だったんだけどね……」
「え!? Mじゃなくて!?」
「ホラ、なんかサドは自分以上のサドを見るとマゾになっちゃうみたいなこと言わない?」
「言うの!? どこ情報それ!?」
「スナックお登勢のお客さん……」
「酔っ払いの戯言じゃん! ちょっと真琴ちゃんに変な事吹き込んだのどこのどいつよ逮捕してやる!!」
「どうどう……でもやっぱりさ、分かり辛いけど銀さんの良いところを、ちゃんと見てるってことだよね」
「……そうねェ。ま、なんだかんだ銀兄は情に厚いし、やさしいし……」
「フフ、朱里ちゃんも銀さんのこと大好きだよね」
「……そう見える?」
「見えちゃうんだなァ、これが」
「……銀兄には絶対ナイショだよ」
「わかってるって」

 どこか照れたように、そして否定しない朱里ちゃんはとても可愛らしかった。なんでモテないの? 世の男の人はどこに目つけてるの? 尻にでもつけてる?

「そ、そ、それ言ったら真琴ちゃんだって銀兄のこと好きでしょ!」
「ま、まあ、嫌いじゃないけどさ……そういう、そういうアレじゃないじゃん! こういうアレとそういうアレとはまた別の話じゃん!」
「まあそうよね。あれ、何で銀兄の話してんだ私たちは……」
「また脱線しちゃった……あ、そういえば」
「なあに?」
「いや、あやめさん繋がりで一人思い出したんだけど」
「おっ!? 誰誰!? どんなひと!?」
「一応顔は……あんま見たこと無いけど、かっこいい? し……年はあやめさんくらいで……」
「うんうん!」
「めちゃくちゃ強くて、わたしも昔から憧れてて……」
「ほうほう!」
「わりとお金持ちだからいいお屋敷にも住んでるし、自炊もちゃんとできるし……」
「超優良物件じゃない!?」
「ユーモアもあって、意外とやさしくて……」
「最高じゃんゲットしちゃいなよ!」
「それで、ブス専…………」
「惜しすぎるんだけど!? 何そのいらない添加物! それさえなければ完璧なのに!」

 うがあああと頭を抱える朱里ちゃん。いや、仮にその性癖がなくても全蔵さんはやっぱりナイかな……なんていうか、朱里ちゃんにとっての銀さんみたいな、どちらかというとそういう身内のような感覚だし。向こうだってわたしのことは妹みたいに思ってるだろうしね。

「は〜〜〜一体全体どうすれば素敵な彼氏ができんのかな……」
「ね〜……もうお客さんにもしょっちゅう『真琴ちゃんもそろそろ良い年だし彼氏の一人や二人作ったら?(笑)』とか言われるわけよ。なんで笑われてんの? 完全にナメられてるんだけども」
「わかる!! 私も同僚に『朱里ちゃんももう23歳なんだから(笑)』とか言われるんだけど何笑ってんのよ毛ほども面白くないのよ私なんてまだまだ全っ然若いでしょうがむしろアンタたちのほうが自分の心配してあげるべきでしょうが!!」
「ね!? わたしたちまだ20代前半なんだよ!? なんでオッさんに急かされなきゃならないわけ!? 女は20後半になったらもう終わりなの!? そんなに若さが大事なの!? 若けりゃなんでもいいわけ!?」
「なんでこうも日本の男はロリコン揃いなのか分からないんだけどどうするもう海外行っちゃう!? それしかなくない!?」
「行っちゃう!? いいねェ! わたし日本語しか喋れないけど!」
「私も!! は〜叫んでたらまた喉乾いてきた!」
「おっじゃあそろそろアルコールも頼んじゃおうか!」
「いいねいいね!! 行っちゃいましょ!」
「今度わたしが電話するね!」
「ありがと〜! さァて、何頼もっかな〜!」
「あ、そうだ! この間お店で朱里ちゃんに似合いそうなマニキュア見つけてね……」
「えっ嬉しい! どこのお店!?」
「ハイじゃーん!」
「ってもう買ってくれてるし!」

 サプライズで買っておいたマニキュアを取り出すと、朱里ちゃんは驚いた後一気に喜びを滲ませてそれを手に取った。少し赤が強めのテラコッタは、朱里ちゃんらしさも秋らしさもあってきっと似合うと思う。仕事上あまり爪を飾ることはできないかもしれないけど、お休みの日にでも気が向いたら使ってくれれば嬉しいなァと思ってレジを通ったのだ。朱里ちゃんはしばらく嬉々としてそれを見つめた後、こちらに飛びついてきた。勢い余って後頭部を壁にぶつけて不細工なうめき声が出た。「ごごごごめん大丈夫!?」と全力で肩をゆすられ、魂も口からちょっと出た。

「ほんとごめんね〜……!」
「い、いやァいいよいいよ。あ、っていうか甘いものももう注文しちゃう? ホラ朱里ちゃんこれ、秋のスイーツ祭り!」
「うわ、本当だ! 美味しそう〜……!」
「は〜〜サツマイモパイ……マロンパフェ……」
「かぼちゃのパンケーキ……抹茶アイス……」
「全部一口ずつ食べたい……」
「わかる……」
「でも正直一個ずつでも普通に食べられそう……」
「わかる……」
「全然余裕だよね……舐めないでほしいよね……」
「わかる……」

 季節限定のメニュー表を二人で眺めながら、うっとりと秋の味覚に想いを馳せる。秋はどうしてこうも美味しいものが多いのか。乙女の天敵、体重計との仲がさらに険悪になることを予想しながらも、わたしはマロンパフェを、朱里ちゃんはかぼちゃのパンケーキを選んだ。クッ、あなどれん、食欲の秋。まあ年がら年中あなどれないんだけど。
 すでに総摂取カロリーが数字の化け物みたいになる計算だけど、そんなの知ったことか。せっかく久々に会えたんだから、我慢なんてしたらもったいない。

 まだ見ぬ彼氏にも想いを馳せてしまうけど、女の子同士で盛り上がるのが今は一番楽しいや。

「結局今日も結論出なかった」



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