いつかの冬


 頭から軽くシャワーで流し、濡れた髪の毛をくるくるとヘアクリップで纏める。久々にご対面する風呂蓋をガララと開ければ、閉じ込められていた白い湯気がもわりと広がった。
 ふちに手を添えて、左足右足と順に湯に沈めていく。冷えた足先は熱さでちょっと痛みさえ覚えた。ゆっくりゆっくりと腰を下ろし、肩下あたりまで浸かれば、全身の力がスウッと抜けていくのを感じた。

「ふ〜〜〜……極楽……」

 真選組は男所帯だ。百人近くいる隊士のうち、女性は私と朋子の二人だけ。そんなわけで、私たちは男共が生活する屯所とは別に、元々蔵だった場所を改造した女子寮で暮らしていた。──っていうか、数年前に私が入隊した時には女子寮すらなくて、紅一点だった朋子は当たり前のように屯所内で生活をしていた。いや、マジで信じられん。元々男に囲まれて育ってきたから別段気にもしなかったらしいが、何かよからぬことを考える輩がいたらどうするんだ。まあ、朋子ならささっと返り討ちにしてやるくらいの力はあるだろうし、鬼より怖〜い鬼の副長が屯所内の風紀に関して目を光らせているから、大丈夫だったんだろうけど。
 そんなこんなで私が来てから作られた女子寮だが、如何せん二人しかいないここに、多額の費用を掛けることができるわけもなく。ついでに、スペースなんかも限られており。設置できたのはトイレとシャワールームのみ。……つまり、浴槽がないのだ。冬マジで寒すぎて殺意芽生えるからね、毎日当たり前に湯船に浸かれる人は本当幸せを噛みしめたほうがいいと思う。マジで。
 一応屯所の方には大風呂があるし、幹部用の内風呂にも私たち女子は使用許可が下りていた。しかし何しろここは野郎共の巣窟。どれだけ普段男顔負けに働いていようと、私たち女は覗きの被害に遭うことがあるのだ。オイ警察。ちなみに、ホシは問答無用で風呂桶の角の餌食にした。

「お客さァ〜ん、湯加減はどうですかァ」
「もう最っ高ですよォ〜」

 戸の外から聞こえてくるちょっとトーンを上げた声に、気の抜けた返事をする。──唯一、屯所で私たちがゆっくり湯船を堪能できる手立てがある。それが、朋子と私で交互に見張り番をするというものだった。時間が合う日限定だけど、私たちはたまにこうして互いの極楽タイムを確保し合っていた。

「気持ちいい〜……やっぱ冬は湯船に浸からないと駄目だわ、冷えるし疲れ取れないし」
「わかるわかる。シャワーだけで済ますのマジでさんむい、正直苦痛だよね」
「施錠さえできれば、こうして代わりばんこで見張りなんかしなくても一緒に入れたりするのにね」
「ホントだよね〜。なんかこう、上手いこと勘定方のほうから改修費用横領できねーかな」
「いやできねーよ。警察の台詞とは思えないんだけど」

 わりとマジトーン気味の朋子にツッコミを投げつつ、お尻の位置をずらしながら背中を丸めて肩まで湯に浸かる。あー、マジで最高。冬場のお風呂(湯船つき)って入るまではめちゃくちゃ寒くて面倒くさいけど、一回入ってしまえばもう完全に天国だよね。しずかちゃんの気持ちがよくわかるわ。私もうここに永住する。

「でもさー、たまにはあたしと朱里で女同士、一緒に湯に浸かりながらガールズトークしてもいいよねェ」
「あ〜憧れるな〜。……ま、ほとんど愚痴になりそうだけど」
「いーじゃんいーじゃん。それで前に朱里が福引きで当てたアレ使ったりしてさ〜。まだ使ってないんでしょ?」
「ああ、柚子の入浴剤! そうそう、全然機会なくってさ〜!」
「ま、他の信用できる見張り立てないとだけどね」
「それなのよね〜……やっぱ山崎あたりかな」
「ですな。ザキは真選組屈指の安パイ」
「それね」

 顔に貼り付いた毛束をちょいちょい動かしながら、気の置けない同性の同僚と扉越しではあるけどだらだらお喋り。なんて贅沢な時間なんだろう。冷えた体には少し熱すぎたお湯も、今では心地よい温かさに変貌している。マジで天国。全然湯船から上がりたくないんだけど。このまま溶けたい。
 だけど私の後には朋子が待っている。仕方がなしに、芯までそこそこ温まった頃合いで上がり、髪の毛を洗い始めた。湯船の蒸気と熱を開放したことで最初よりは室内温度も上がったけど、やっぱりまだ寒いものは寒い。ささっと流して次はリンス。これは女子寮で朋子と共同で使ってるものを持ち込んだ。長い髪に浸透させ、ハイ流す。綺麗になった髪をクリップでまとめ直して、次はボディソープで一日の汚れを洗い落とす。ハイ流す。最後にこれまた寮から持ち込んだネットと洗顔料で顔を洗う。シャワーの温度を少しぬるめに調整して、ハイ流す。曇りかけの鏡で洗い残しがないか確認する。ハイ、オッケー。
 全身を清めたところで、再び湯船に己をイン。ぶっはあ〜〜〜、ホント極楽。思わず眠くなってくる。水滴のついた天井がぼんやり滲んだところで、朋子の「まだ〜?」という催促の声が聞こえてきた。

「ごめんごめん、あと五分〜」
「まあいいけどね、久々だし」
「さっすが朋子姉さん! 寛容! ね、次時間合った時はさ〜、久々に銭湯でも行かない?」
「おっいいねいいねェ〜! なんか秋頃に新しくできたやつあるよね、まだ行ってないけど」
「あ〜三丁目の! 行こ行こ! は〜楽しみだな〜……でもこれから風呂上がりの身で見張りするっていう地獄の冷え込みタイムがあるかと思うと……」
「つべこべ言いなさんなって。この間はあたしが先攻だったんだから」
「もう一人女の子が入ってきてくれればなァ〜、もうちょっと上手いこと回せそうなんだけど……」
「ね〜。目の保養にもなるし」
「でも仕事キツいし男ばっかりだし、よほど身も心もタフな子じゃないと心配ではあるけどね……」
「安定してるっつーとこくらいしかいいとこないからね。隊服夏はクソ暑いし。あでも副長様はイケメンだけど」
「や〜確かに土方さん顔だけはイケメンだけどさァ……ニコ中だしマヨ中だし、その上めちゃくちゃ仕事に関して厳しいしとにかく人遣い荒いし……そう! 聞いてよ朋子! この間だってうんぬんかんぬんうんぬんかんぬん」
「はァ〜お疲れ様ご愁傷様ッ……いやホンット土方さんはもうちょいやさしくしてくれてもいいと思うわ」
「本当にね!?」
「アッそうだあたしも聞いてよ! こないだもさ〜総悟隊長がうんぬんかんぬんうんぬんかんぬん」
「は〜〜総悟くんはホンット……もうちょい真面目になってくれてもいいよね」
「ホントにねェ!!」

 そんなことをぎゃんぎゃん言い合っているうちに、だいぶ深部体温も高まってきたので、名残惜しさに涙を飲みつつ湯船から上がった。戸を開いて朋子からバスタオルを受け取り、体を拭いてから脱衣所に出る。朋子は時間潰しに、局中法度で禁じられているジャンプを堂々と持ち込んで読んでいた。いやホントその胆力すげーよ。

「さーてと、読み終わったしあたしも入る準備しよっと」
「そんな大きい本よく持ってきたよね」
「着替えの袋に突っ込んどけば不自然じゃないしね。朱里は何持ってきたの?」
「いやあ、顔の手入れと髪乾かすので充分」
「ああそうだっけ。髪も長いしね」
「朋子は伸ばしたりしないの?」
「ん〜昔は黒髪ロングの大和撫子美少女でしたよ朋子ちゃんは」
「自分で言うかっ。でも朋子のロングかァ……ちょっと見てみたいかも」
「ま、気が向いたらまた伸ばすよ。逆に朱里はずっと長いよね。昔から?」
「私は…………あれ?」

 不意に言葉を切った私に、朋子が首をかしげるのが横目に見えた。いやでも、あれ、待って? ガサゴソと着替えを入れてきた袋を漁る、漁る、漁る……あれ? え? ウソん?

「げえっ……!」
「オウオウどしたの朱里サン。パンツでも忘れた?」
「朋子サンどうしよう!! パンツ忘れた!!」
「マジでか!?」

 温まった体がさあっと冷えていく心地だった。しかもこちとら本気で困ってるのに、朋子はゲラッゲラと全力で肩を震わせる始末。オイこら殴るぞ。

「ど、どうしようもしそこら辺に落としたりしてたら……!」
「まあまあ、運が悪けりゃ誰かに使われるだけだから」
「使うって何に!? 変な冗談やめてくんない!?」
「ハイハイわあったよ。朋子ちゃんが捜しに行ってあげるから落ち着きなさいな」
「さっさすが朋子姉さん!! 素敵!! 抱いて!!」
「今度ハーゲンダッツ10個奢りね!」
「地味にリアルな数値!!」

 朋子は外したシャツのボタンをかけ直して、外に出られる状態に戻してから颯爽と脱衣所を出ていった。その背中を見送りながら、大きなため息が口から漏れた。

「は〜……ちゃんと入れたはずなんだけどな……」

 自分のうっかり加減に嫌気が刺す。朋子がいなかったらどうなっていたことやら。男だらけの屯所をノーパンで徘徊? 下手なホラーより怖い展開じゃん。っていうか私が単なる被害者みたいな図だったらまだしも、絵的には完全に痴女だからね。億が一総悟くんにでもバレたらと思うと身震いさえする。しかもどこぞに落としている可能性もある。さらに誰かに拾われることを考えると……あな恐ろしや。
 まあ、今さら後悔しても仕方がない。とりあえずブラだけつけて、ちぐはぐだけど寒いのでバスタオルを体に巻き付ける。いや待てよ、朋子がここから部屋までを往復する時間を考えると、いっそ浴室に戻って温まり直したほうが──

「あ? 誰だ風呂の電気つけっぱなしにした奴ァ」

 不意に、聞き慣れた男の人の声がした。ガラリと戸を開けたのはもちろん朋子ではなくて──土方さんの鋭いつり目と、視線がかち合った。

「ぎゃっ!?」
「ウオオッ!?」

 スパァン! 勢いよく引き戸が閉められ、勢い良すぎて反動でちょっと開いたところをまた力強く閉じられる。

「てめっ見張りもつけねェで何を……!」
「ち、ちが、本当は朋子がいて、」
「あのアホなに仕事外でサボってやがんだァァ!!」

 よほどテンパっているのか、土方さんの怒りの方向は何やらおかしかった。サボっちゃ駄目なのは仕事のほうなんだけど。その上私にかける言葉もこれ以上見つけられなかったようで、怒りの籠った足取りがドスドスと遠ざかっていくのが聞こえた。

「は…………はァ〜〜〜……!!」

 ──最悪だ。最悪すぎる。上司にこんな姿を見られるなんて! なんとか大事な部分は隠せていたけど、こんなみっともない姿……!
 じわじわと羞恥が込み上げる。耳が熱い。なんだか耐えきれずにその場にしゃがみこんだ。ウオオ明日からどんな顔で接すればいいわけ!? もうホンット最悪! 誰のせいでこんなことに! パンツ忘れた私だよ!
 しばらくして戻ってきた朋子は、運悪く土方さんに鉢合わせしたらしく頭にたんこぶを作っていた。マジでごめんと思ったが、「なんでジャンプ持ち込んだのバレたんだ……!?」と上手いこと誤解してくれていたので、真相は黙っておくことにした。

「普通に部屋の中に落ちてたよ」



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