へべれけ女の猛攻


「いーこいーこォ」

 生暖かい手が、俺の頭をわしゃわしゃとかき回し続ける。女は普段からは考えられないくらいとろけた笑顔を見せていて、そのうっとりしたような手つきは、こちらを妙な気持ちにさせてきやがった。

「……あのなァなまえサン、銀さんもう20ウン歳の男なワケ。一寸先はもう三十路よ? いいこいいこはねーだろ」
「ぎんときィ、かあい〜ねえ」
「何!? カワイイ!? カワイイもねーだろ三十路手前の男っつってんの! つーかマジホント飲み過ぎな! お前明日後悔すんぞ! 絶対!」
「え〜もしかして照れてる? ぎんとき照れてる? ヒュ〜照れちゃってる〜!!」
「ウッゼ! 何この酔っ払いウッゼ!」

 ガンガンまくし立てても、なまえは悪びれる様子もなく、怯むこともなく、俺の頭を撫で続けた。指先がやわらかく頭皮をなぞる、慣れねェ、あるいは遠い昔にしか経験したことないようなその感覚に、思わず奥歯を噛む。オイオイ、なんなのこの状況。なんでこの銀さんが、コイツにベロベロに甘やかされなきゃなんないわけ? 骨の髄からムズムズするんだけど。ちょ、誰か助けて。しかし店主はちょうどカウンターを離れてるし、周りの客もそっちはそっちで盛り上がってこちらには目もくれねェ。いや、他人に正視されんのもそれはそれで嫌だからマシではあるんだが。ここがスナックお登勢じゃなくて適当な飲み屋で良かった、本当に。

「おとなは大変だよねえ〜。だ〜れもあまやかしてくれるひとがいないんだもんよ〜」
「何? だから代わりにお前がってこと? いやいやいや頼んでもないんだけど? 俺はたまにパフェに甘やかされるくらいで充分なんですけど?」
「ぎんときいいこだよ〜。ちょっとだらしないけど〜、いつもがんばってるし〜。いいこいいこ、よしよ〜し」
「だァァちょっやめっ」
「だれかのために体張れるの、すごいことだからァ。ぎんときはせかいでいちばんやさし〜ねえ。ハイ優勝〜」
「だーーッッッ! わァった! わァったから!」

 ああもう酒飲んだから顔あっちィ!! 酒のせいで!! つーか室内もっとエアコンガンガン効かせろや汗出てきただろーが!!

「でも、ぎんとき、あんまり、無茶したらだめだよ」
「ウオッ!?」

 ヒートアップする撫で回しから一転、頭を掻き抱くように寄せられ、顔面が胸のふくらみに収まった。厚手の着物越しとは言え、やわらかさが伝わる。オイオイセクハラか? つーか俺のほうが訴えられねェ? なんて反応する間もなく、トーンを落とした声が頭上から降ってきた。

「ぎんときがしんじゃったらさァ〜。新八くんも神楽ちゃんも、きっと心にさ、一生ふさがらない、穴が空いちゃうよ」

 着物に埋もれて、なまえの表情を窺うことはできない。だがその声は波立たず、静かで、するりと耳に入り込んできた。

「あのこたちのこと、おいていっちゃだめだからね……」

 どんな顔でそんなことを喋っているのか、推し測るすべは俺にはない。ただ、後頭部を押さえる手は驚くほど弱々しくて、どこか諦観のようなものが混ざっているように感じられた。本当は押しのけて離れることだってできるってのに、寂寥感を帯びた消え入りそうな声が俺にそうさせちゃくれねェってんだから、ズルい奴だ。だからたっぷり数十秒の時間が経って、なまえの手が自らゆっくり離れていってから、俺はようやくソイツの胸から顔を上げた。

「……わーってるよ。お前はホント小煩ェなァ……」
「お? ぎんとき反抗期? クソババーって言っちゃう感じのお年頃? お? お?」
「ウッゼ! この酔っ払い宇宙イチウッゼ!」

 ケラケラと愉快そうに声を上げるなまえに、「お前はどうなの?」なんて訊ける隙があるわけもなかった。

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