へべれけ女の手土産
「ふふ」
「…………」
「うふふふ」
「…………あのさァ、そんなにジロジロ見られっと食べにくいことこの上ないんですけど?」
向かいのソファからじーっと、それはそれはもう穴が空くほどに俺の顔を見つめてくるなまえに気付き、俺は思わず手を止めた。いやマジで見過ぎだってこれ穴空くって一個増えるって。自分の家で、こんなに居心地悪い思いをしたことも早々ない。せっかくコイツが手土産に持ってきたプリンを、コイツによって食べ辛くなっているこの状況、わけがわからなかった。
「ぎんとき、すごくおいしそ〜に食べるんだもん」
「あーそうですね……」
「むかしはさ〜、こ〜んなシャレたものなかったよねェ」
「あーそうですね……」
「ぎんとき、いつから甘党なったんだっけねェ」
「あーそうですね……」
すっかり酔っぱらっているなまえは、何故か自宅に帰るわけでもなく唐突に万事屋にやってきた。いや、元々ふらっとウチに寄ることは度々あったけど。こんな日に限って神楽は新八の、つーかお妙んとこに泊まりにいってやがるせいで、ストッパーがいないから困ったものだ。なまえは子どもらがいると、もちっとまともなんだが、ベロベロに酔ってんのもあるせいで、まるで歯止めが利いてない。
なまえは普段からなかなかに甘くてちょろいところがあるが、酒が入るともはや胸焼けしそうなほどに輪をかけて甘ったるくなる。もはや砂糖かクリームだ。いや、砂糖もクリームも俺の大好物だが、それに準ずる対応をしてほしいなどと誰かに願ったことは一度もない。むしろ普段から塩対応極まった奴らばかり周囲に蔓延ってる分、コイツの存在はもはや劇物みたいなモンだった。体に毒だ。坊さんが一休さんに水飴を毒だといった気持ちがよくわかる。嘘だ。坊さんは水飴を独り占めしたかっただけだ、確か。
「ぎんときィ、美味しいものたくさん食べてすこやかにお育ち」
「いや何急に? お前は俺の母親か?」
「わたしね、ぎんときがしあわせならしあわせなんだよねェ」
いや、よくンなこと言えるよな。俺なら、酒を浴びるほど飲んだって、万が一それが本心だったって、ぜってー無理。しかも本当に、幸せの海に浸ってそのまま溶けたみてーな、ゆるゆるの顔をしてやがるから、なんかもう何も言えねェ。
「いいこいいこ」
なまえの四本の指先が、俺のデコあたりを髪の上から撫でてきた。大人になろうがお構いなし、相変わらずのガキ扱い。壊れ物を扱うような弱い力がこそばゆいが、払いのけるのも面倒くせェしキリがないってんで、我慢してそのまま次の一口を運んだ。なまえと違って甘すぎず、卵感が強く、のど越しはなめらか。あ〜うめェ。サイコー。蓋に印字されてる価格はやっすい三連プリンなんかと比べるとずっと値が張るから、己じゃ早々買わないだろう。そんなモンを俺のためにわざわざ買ってくるコイツは、本当に、俺に甘すぎる。昔から色んなヤツに甘かったけど、その甘やかしを誰よりも受けているのは俺なのだと、とうとう自覚させられたのはいつの頃だったか。
「ぎんときはかわいいなぁ。なぁ〜んでこんなにかわいいんだろうねぇ?」
「いや〜ホントそういうのやめてくれます? なまえサン」
「もうホントね、わたしね、ぎんときがもうかわいくてかわいくてしゃーないのよ昔から。どうにかしてくれこの気持ち」
「いや知らねーよホントどうにかしてくれや!!!!」
「照れてる〜〜かわいい、ホントかわいいねえ〜ぎんときちょ〜〜〜かわいいよ」
「だーーーーーーっっっっ!!!!!」
額を撫でていたのが、とうとう頭全域に攻撃範囲を広げて、犬の顔相手かなんかのようにわしゃわしゃと愛で始めたモンだから、いよいよ我慢の限界を超えた。
「可愛い可愛い連呼しやがって! 男に対して言うモンじゃねーんだよコノヤロー!」
「やだァ〜ぎんとき古いよ、価値観がふるい。男女関係ないよそんなんもう。ハイぎんときはかわいい〜」
「うるせェェ! お前ちょっといい加減黙れ!!」
「やだやだ、わたしが言わないとぎんときは自分がどんなにかわいいかわからないままじゃん」
ふざけたことを抜かしながら、なまえはとうとうベタベタと引っ付いてきやがった。細っこくてやわい腕が腹から背に回り、俺のバカみたいに上がった体温がなまえに移っていくような錯覚に陥る。
「わからなくていいっつーの! つーか可愛くねーから!!」
「ほら〜わかってない。ぎんときはね〜マジでめちゃくちゃかわいいんだよ。天使もかくや」
「だァァァァ何っなんだよ! お前日に日にエスカレートしてる! ホント何!? 俺のどこらへんが可愛いわけ!?」
「ふわふわの天パとか〜、甘いもの食べるしあわせそ〜な顔とか〜、おばけがこわいところとか〜、素直じゃないところとか〜、それから」
「シャラーーップ!!」
顔が熱を持ちすぎて火でも噴きそうだった。ホント、ふざけんな、こいつ、何なんだ一体!
大声を出しすぎて息が上がっているのに気が付いた。対照的になまえは酒のせいで顔こそ赤いものの、飄々と余裕そうな態度は崩さない。本気なのか面白がってるのかももはや判断つかなかったが、何にせよタチが悪ィことだけは確かだ。誰か、ヘルプミー。
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