しらふ女に転がされる


 世の中には二種類の人間がいる。酒に強い奴と、弱い奴だ。
 そして弱い奴はさらに細分化できる。やりたい放題大暴れする奴と、眠るだなんだで大人しくなる奴。
 さらに暴れん坊将軍のほうも細分化できる。酩酊時の記憶が残る奴と、残らない奴。

「お前ホンット酷ェぞ。昨日なんか俺のこと可愛いだ天使だベタベタ撫で回しやがってやりたい放題だ。これに懲りたら、しばらく禁酒するこったな」
「え、別に覚えてるし懲りることもなくない?」
「…………」

 買い物に向かう途中、たまたま出会った目の前の女は、前者だったってわけだ。え、あれ覚えててそんな素知らぬ顔なの? 「それがなにか?」みたいな顔できるわけ? え? なに? 俺がおかしいの? 俺の感性と常識が間違ってた?

「お酒ね〜、ついつい酔うまで飲んじゃうんだよね〜」
「いやホント……いやいやいやホントさァ……自覚あんならいい加減にしてくんね? 勘弁してくんね? もうホンット、いっつも周りのオヤジからの生暖かい目線とか酷いわけ。とんでもねェよアレ。下手したら死にたくなるよアレ」
「月命日にはいちご牛乳供えに行ってあげるね」
「突然銀さんの(せい)を諦めないでくんない?」

 笑顔でさらっと俺を殺すなまえに口元が引きつった。何こいつ、俺のこと好きなんじゃないの? ……いや、自分で言ってまた死にたくなってきた。いや別に勘違いではねーけども。ったく、どいつもこいつも腑抜けた笑み見せやがって。オヤジどものニヤニヤした気持ち悪ィ笑顔まで思い出して、うっかり身震いした。「今日も絶好調だなァ!」「なまえちゃんはホントに銀さんのこと好きだねェ〜!」「見せつけてくれやがって!」そんな周囲の上擦った声が俺の全身、細胞に至るまでを所在なくさせているのを、この女はわかっているのだろうか。おかげ様で外で飲む時はコイツがいないか気を抜けないし、かといって俺のいない場所で俺のことをベラベラ喋られてもたまったもんじゃねーから、コイツが一人で飲むってのも気が引ける。どちらにせよ、迷惑極まりない。
 ハァと息を吐いて、それからなまえのそばを通り抜け目的地のスーパーへと向かう。もう少し遅くなるとだんだん混んでくるから、この時間にさっさと済ませるのが吉だ、コイツに構ってやる暇など俺には本来一秒もねェ。

「ごめんごめん、怒った?」
「……別にィ」

 小走りのなまえが俺に追いついてくるが、台詞に反してとくに悪びれる様子もない。楽しげにニコニコしてやがって。いいですね〜お前はのんきでよォ。

「銀時可愛いでしょ〜ってつい周りに自慢したくなっちゃうんだよね〜」
「だァァァァァッ!! それ!! それをやめろってんだよ!!」
「あらー、銀時は本当に照れ屋だなァ」

 飽きもせず「可愛い」を繰り返すなまえに叫んだ。いや、照れ屋って何? 俺のせいみたいに言わないでくんない? ぜってーお前のほうがおかしいだろ。何お前、あれシラフのテンションでもできるわけ? 最近どんどんエスカレートしてね? 頭どうなってんの? 首に妙に汗が浮いてくるが、なまえのほうは顔色ひとつ変えねェで佇んでやがる。なんなんだよコイツのダイヤモンドメンタルは。つーか牽制と戒めのつもりで出した話題だったのに、最終的に全部跳ね返って俺だけにダメージが来ている。想定外だぞ、こんなん。
 不意に周囲のことを思い出し、慌ててあたりを確認する。幸い通行人どもは俺たちの会話に気づいていなかった。が、うっかり知り合いにでも出くわしたらこんなん絶対からかわれるに決まっている。しかしたらればを理由に走ってコイツを振り切るのもなんだかバカバカしくて、行動に移す気にもなれない。

「買い物でしょ? せっかく会えたんだから私も付き添いたい。手伝いますよーっと」
「いやいーってやめろってむしろ迷惑だから。帰れ」
「まったまた〜照れちゃって」
「照れてねーっつってんだろ!」
「かァわいい。かわいいねェ銀時」
「なっ……ンググ……!」

 確かめるように、いとおしげに一文字一文字を紡いでいくなまえに、無性に叫んで走り出したくなる。この変に気持ち悪ィ心臓を置き去りにしたくなる。つーかマジでコレ取って、誰かコレ。この胸ン中のしんどいコレ、取って。

「何っ……お前……なんなの? 一体俺をどうしたいわけェ……?」
「私は銀時にさ〜、ずっとバカみたいに笑っててほしいのよ」
「それヤバい奴じゃね?」
「泣かないでほしいし」
「泣いたことねーだろ……」
「あと、んー、人に愛されて死んでほしい」
「だからなんで死ぬところまで考えられてんの? せめて生きてるところに想い馳せてほしいんですけど?」

 ツッコみつつ、コイツのとんでもなくド直球で照れも知らねェ言葉に、また首が熱くなる。ごまかすように目を伏せて首に手を当てたが、その手のひらも熱くて結局意味はなかった。そんなことをしていると、頭に僅かな重みが加わる。

「よーしよし」

 なんて、楽しげに笑って撫でてくる指が妙にこそばい。通りすがりの野郎の視線が流れるようにこちらに向くのが見えた。だけどなまえのほっせェ手だけは、どうやったって払いのけるすべを身に着けられなかったのを、きっとコイツは知ってやがる。とんだ性悪女だよ。

「銀時は可愛いなァ」

 だー、クソ、結局今日もこいつの手のひらの上かよ!!

back
topへ