廃病院に潜む影


 俺は吸血鬼下半身透明。読んで字のごとく、己の下半身を透明にできる能力を持つ吸血鬼だ。いや、正確に言えば他人の視覚に干渉しているわけなんだけど、それはひとまずおいておこう。
 埃とカビくささが鼻につく、真っ白で真っ暗な老朽施設。もとい人間どもに打ち捨てられた廃病院が、今の俺の活動拠点だった。最近、ここには幽霊が出るという噂が流れており、怖いもの見たさの人間バカが肝試し感覚でホイホイやってくる。もちろん、その噂も俺がSNSなんかを使って根回ししたものだ。大昔は人間に擬態して城に獲物を呼んで……というやり口がメジャーだったらしいけど、現代ではこういう情報戦が特に有効だと思っている。
 白装束を着て、三角巾(ちなみに幽霊のつけてるコレはかっこよく言うと天冠というらしい。俺も最近知った)付きの覆面を被り、能力で足元を不明瞭にするだけで、人間どもは俺を幽霊だと信じ込む。幽霊のフリをすれば、吸血鬼退治人ハンターの目だって欺ける。つまり、ここは俺の絶好の狩り場というわけだ。
 夏場は人間どものバカさに拍車が掛かり、心霊スポットもさらに賑わいを見せる。今日も今日とて奴らはのこのことやってきたので、俺は早速配置についていた。
 今日の獲物は女の子二人だ。片方が怖がって、もう片方にしがみつきながら歩いている。ヒヒ、いいねいいね。まずは二人を脅かして引き剥がすところから始めるか。あー、どっちかO型だったらいいな〜。俺O型の血が一番好きなんだよね。
 そんなことを考えながら、俺は用意していた腕ラジコンちゃん(自作。肘から下の腕を模したラジコンだ)をそっと床にセットした。長い袖の下でスイッチを押せば、腕ラジコンはカサカサと虫のように暗い廊下を這い出す。

「な、何? 何の音?」
「さあ……」
「あ……ヒッ、」

 片方の女の子が先に、地面を這う片腕に気がついた。彼女は搾りカスみたいなほとんど聞こえない悲鳴を上げて(余談だけど、洋画みたいな「キャー!」は腹筋だかを鍛えてないと咄嗟に出ないらしい。これまで来た奴らも、反射的に大きな悲鳴を響かせることはほとんどなかった。下手に人が集まっても困るので、俺としては万々歳である)、連れを置き去りにして一目散に逃げ出した。ってあーっ! そっち出入り口じゃん! これじゃ一人逃したも同然……配置ミスったなぁ。
 まあでも、もう一人のどんくさそうな子のほうは呆然とその場に残ってるし、いいか。俺は彼女も逃げ出してしまう前に、コントローラーをそっと床において(精密機器だからね、壊れないように繊細に扱ってやらないと)、勢いよく角から飛び出し、

「ウオーッ覚悟ォ!!」
「あ、どうもこんにちは」

 軽く会釈をするその子の横にダイブした。

「すみません不法侵入を……すぐ立ち去るので見逃してもらえませんかね」
「いやいやいや! ちょっ、もうちょい他に言うことあるでしょ!?」
「初対面で大変恐縮ですが」
「イヤ挨拶じゃなくて!!」

 クソッ、予想外の反応すぎて完全にペース持ってかれてる! 何この子マジでほんのちょっとくらい驚いてくれても良くない!? なに威風堂々受け答えしてんの!? めげそうなんだけど!!

「あ、その能力ですか? たぶん他人の視覚を撹乱してるんですよね。とてつもない力です、畏怖の念を感じます」
「スゥーーッ……っていや何急にやめてよちょっと気持ちよくなっちゃったじゃん!」
「やっぱり吸血鬼じゃないですか」
「グオオオしまったァー!!」

 完全に墓穴掘った! つーか詳しいなこの子本当何!? もしかしてパンピに偽装した退治人ハンター!? でもそれにしては弱そうっていうか俺のこと倒す気配もないよな……。
 改めて見ても、怖がってる様子こそないが、至って普通の人間だ。中肉中背、武装してる様子もなし。外見年齢は俺と同じくらいか? 若くて健康そうだ。
 その彼女が、まるで調子を崩さないまま「貴方は?」と尋ねてきた。なんかもう、背景とのミスマッチさが逆に怖くなってきた。心臓にどんだけ毛生えてんの?

「あ、あー……俺はここの管理者的な奴に雇われてんのよ。最近不法侵入が多いからさー、脅かして誰も来ないようにしてくれって、この能力を見込まれてね」
「それは……本当にすみません」

 その場しのぎの出鱈目話だったが、信じたらしい彼女は軽く頭を下げた。人間ども脅かすので演技はそこそこ慣れてるからね、さすがは俺。

「でもアンタ、一ミリも怖がらないし楽しくもなさそうだし……なんで来たの?」
「いやあ、着いてきてほしいって友人に頼まれて……断ったら一人でも行きそうだったから心配で」
「ふーん」
「あの、友人からめちゃくちゃRINE入ってるので、そろそろ失礼しますね」
「はいよー、もう来ないでよ」
「本当すみませんでした。以後気をつけます」

 彼女は今一度頭を下げてから、出入り口方面に向かって走り出した。くっそー、ここで襲いかかって、後ろから首もとに噛みつくことなんて余裕だけど、俺に敵意を感じたらこの子は吸対や退治人ハンターにタレコむかもしれない。そうしたら今後の活動にも支障をきたすだろう。平然と去っていくその背中があまりにも名残惜しくて、頭を抱えたくなった。爪、人間どもをより怖がらせるために尖らせてるから、そういうことすると刺さるんだけどね。
 は〜あ、残念。あの子、美味しそうだったのになぁ。