暴れ花奇譚


 スマホが震えたかと思ったら、緊急吸血鬼警報が出た。なんでも植物を操る高等吸血鬼バンパイアロードがこの近辺をうろついているらしい。速やかに避難するようにとのこと。月が綺麗に見えるこの時間に外出するのは、やはりなかなか危ないのだと再確認する。
 気づけば辺りにサイレンの音も流れていた。さっさと帰ろう。スーパーの袋を揺らしながら早足で家を目指す私の視界に、不意になにか引っかかるものが映った。

「やばいやばいよシンちゃんが!」
「どうしよ! 退治人ハンター呼ばねーと!」

 前方の公園入口から、大慌てで飛び出してくる小学生くらいの男の子が二人。明らかに怯えた様子だ。会話に退治人ハンターの単語が出てきたあたり、まさか、そこに例の吸血鬼がいるとでもいうのか?

「あの、大丈夫?」
「!! ねーちゃんどうしよ! シンちゃんが全裸のおっさんにィ!」
「シンちゃん全裸のおっさんになっちゃったの?」
「ちげーーー! 股間がお花の全裸の吸血鬼が突然出てきたんだよ!」

 なんだそれ吸血鬼っていうより変質者じゃん。よくわからないけど、とりあえずロナルドさんに連絡しよう。RINEを開いて、急いで公園名だけ打って送る。彼ならきっと、これだけですぐに察してくれるだろう。

「どーしよー! シンちゃんとクソザコ吸血鬼おじさんが全裸にされちゃうよおーっ!」
「えっそういう目的? ってかクソザコ吸血鬼って……」

 先日、階下のロナルドさんの事務所に移住してきた吸血鬼の顔がぱっと頭に浮かんだ。彼らの友達もまだ残されているみたいだし、私が退治人ハンターでもなんでもないとはいえ、このまま涙目のこの子達を放置してとっとと帰るのも寝覚めが悪すぎる。
 仕方がない。私は彼らに買い出しの袋を預けて、そっと公園のほうに近付いた。
 中の様子を覗き見ると、黒いマントを靡かせた大男が一人。後ろ姿でよくわからないけど、そこから伸びる足が裸足なあたり、彼が少年たちの言っていた露出魔吸血鬼に違いない。そこに相対するのは、少年らと同じ年頃の男の子と、それから見覚えのある痩躯の人。あの血色の悪さとツノみたいな髪型は──やはりドラルクさんで間違いなかった。

「あ、」

 花の匂いが鼻孔を掠めた。だけど見える範囲に花は咲いていない。不自然だった。そう思った時には、大男のマントの内側から植物の蔓のようなものが伸びていた。
 彼はそれをしゅるしゅると操り始めたと思えば、蔓で地面を蹴るようにして、瞬間移動のような素早い低空飛行でドラルクさんたちに接近する。うわ本当にほとんど全裸の露出魔だ。ほとんどというのは、パンツ代わりと言わんばかりに股間に花を生やしているから。なんかもう、純粋な全裸のほうがまだ変態性が低く見えてくる。
 逃げ惑っていた男の子のほうが、咄嗟に地面を手で浚って、急接近する大男の顔に砂を掛けた。彼が目を潰された一瞬の隙に、後ろに回っていたドラルクさんが大男に飛びかかる。大男は縦横無尽に操る蔦を背後に突き刺したが、そこに引っ掛かったのはドラルクさんの黒い外套だけ。ドラルクさんは上空に飛び跳ねて、大男の首もとに噛みつこうとする。
 しかし、大男のほうが一瞬速かった。彼はドラルクさんを蔓で串刺しにして砂山にすると、地面にへたり込んだ男の子に重々しい足取りで近付く。私はたまらず、公園内に向かって駆け出した。

「ちょ、ストップストップ」
「エン君!? 何故君がここに!?」
「ねーちゃんあぶねーぞ! 逃げろ!」

 男の子と砂のまま叫ぶドラルクさんの前に立ちはだかり、露出魔と対峙する。うわあ視線やりづらっ。蔓を操る能力を除いたとしても、彼は筋骨隆々でとても敵うとは思えない。えーとこういう場合どうすればいいんだ。ヘルプミーばあちゃん。

「……我に立ち向かうか、人間よ。面白い」

 厳格さに満ちた低い声だった。気品というのは全裸でも出せるものなんだな。彼の圧倒的な圧に押し負けないように、まっすぐに視線を定める。
 さてどうするか。危険度がめちゃくちゃ高い……というわけではなかったはずだが、それでも警報が出されるような吸血鬼だ。言葉は通じても、話が通じるかどうかは分からない。だけど記憶の中のイマジナリーばあちゃんが「まあとりあえずやってみ」と言うので、私は後ろの男性陣に見守られながらおもむろに口を開いた。

「えーと、貴方の目的は? なんで彼らを襲ったんですか?」
「無論。この町を我の花で埋め尽くすためだ」
「対象が人間や他の吸血鬼なんですか? 町並みとかじゃなくて?」
「……フンッ! 我のこの種を飲み、我の血族となった者たちを媒介にする」
「ド変態やん。あ言うてもた今のなし」
「エンくーーーん!!」

 股間の花束から力んで種とやらを生むものだから、つい本音が転がり出てしまった。いつの間にか砂から再生していたドラルクさんが叫んだ。

「でも花ってもっとロマンチックなものでしょう。無理やり植え付けるなんて、ちょっと情緒的じゃないですよ」
「ムン……確かに一理あるな。だがしゅを増やすは植物われの本能。邪魔立てするなら容赦はせん」
「あかーん果敢に出てきたけど説得失敗しましたごめん二人とも」
「エンくーーーん!!?」
「ねーちゃんバカなの!? それともアホなの!?」

 露出魔は種を摘まんだ手を付き出して、どんどんこちらへと近付いてくる。私は子どもと金箔おじさんを護るように両腕を広げながら思考を回した。実質不死身とも言えそうなドラルクさんはともかく、人間の子どもは何としても護らなければ。もう少し、もう少しだけ粘らなければ。
 だけど特に打開策も思い付かないまま、露出魔の太い腕が次第に私に近付いてくる。その指先に摘ままれた種が、顔面まで迫ったその時、目が覚めるような赤が視界の端で揺らめいた。

「──ぐあぁぁぁぁっ!?」

 『彼』は露出魔に繋がる蔓を鷲掴みにすると、そのまま勢いよく引いて彼を投げ飛ばした。地面に叩きつけられた巨躯は、次いで容赦なく撃たれた対吸血鬼用麻酔弾によって完全に倒れる。その一瞬の勝負を唖然と見つめていると、拳銃をしまった『彼』はこちらを振り返り、私の両肩を勢いよく掴んだ。力強っ。

「エン!! 無事か!?」
「あ、はい、ロナルドさんありが……」
「バカヤロービビらせやがって! あぶねーだろーが市民に怪我がなくてよかったです!」

 先ほどまでの惚れ惚れするくらいかっこいいヒーロー姿から一転、ロナルドさんは軽く半泣き状態だった。憤りというより焦りが滲んでいる。そりゃ目の前でみすみす市民に怪我させたとあっちゃあ、退治人ハンターの名折れということなのだろうけれど。
 それにしても、場所だけ打ったメッセージを彼はちゃんと汲み取ってくれたらしい。良かった。安堵から少し体の力が抜けた。

「ったく無茶しやがって……!」
「いやぁ、それならドラルクさんとその子を労ってください。今日のMVPですよ彼ら」

 目線を向けた先には、穴だらけでボロボロの服を身に纏ったドラルクさんと、すっかり腰が抜けた様子の男の子と。さらに奥から男の子の友達二人が駆け寄ってくるのも見えて、そういえば買い物袋を預けたままだったことをようやく思い出した。
 ドラルクさんは乱れた襟元を直しながら、こちらを見て口角を上げる。

「エン君が時間を稼いでくれたおかげでもあるよ、ありがとう」
「いやぁ、そんな」
「だが確かに、今回は私もなかなか頑張ったろう? ロナルドくん」

 私からロナルドさんへと視線を滑らせ、疲弊を隠すようにウインクして見せるドラルクさん。ロナルドさんはため息をつきながらも、「……ま、テメーにしちゃ少しはやったかもな」と素直に頷いた。彼はドラルクさんと組むことが本意ではなかったように見えていたけど、少しずついいコンビになってきてるのかな。

「さあ、活躍分払いたまえ! 百万円くらいかね?」
「やるよ現物支給だ」
「いらん」

 先ほどの露出魔が生やしていた花を鷲掴んで突きつけるロナルドさんに、ドラルクさんは即答した。