ミスラが一番


「……なにか怒ってます?」
「はあ、別に。怒ってませんけど」
「絶対嘘だ〜〜〜」

 少なくとも、突然部屋に乱入してきて、挨拶もそこそこに人の両頬を片手で掴んで体をベッドに押し付ける人は怒っている。こうなったミスラさんは、とにかく話を聞いて、それから上手いこと言って宥めるしかなかった。彼がちょっと力を加えれば、私の顎なんて容易く砕け散るだろう。仮に彼が魔法で治せるとしたって、一旦そんな地獄を見るのは御免だ。
 ベッドの上で身じろぎしながら、拗ねたようにこちらを見つめるミスラさんに口を開く。

「何に怒ってるんですか」
「あなた、言ってたらしいじゃないですか。一番強い魔法使いはオズだって」
「言っ…………てないですよ」

 言った。確かに言ったわ。でもそれは彼に対して言ったわけじゃない。カインくんやクロエくんたち若い魔法使いたちと、年長の魔法使いたちが強くてかっこいいみたいな話になって、その流れで転がり落ちた誰もが認める評価の一つだった。それが誰かを経由して、うっかりミスラさんにも伝わってしまったのだろう。
 彼は強さにこだわるし、自分の力に自信も持っている。誰かに、彼より上の存在がいると言われるのは気分が悪いだろう。だけどミスラさんのいないところで話したことなんだから、大目に見て欲しいものだ。

「言ってたんでしょう。俺のいないところで」
「また無茶言う〜」
「俺が最強です。あなたに一度、身をもって知らしめてやりましょうか」
「勘弁してくださいよ。というかミスラさんだって、認めてるからいつも下克上の姿勢じゃないですか」
「自分で言うのと人に言われるのは違うんですよ……なんだかむらっとしてきたな。ちょっとオズ殺してきます」
「待て待て待ってください」

 ぱっと顔から手を放した彼は、そのまますぐにでも空間移動しそうな勢いだった。離れていく身体を慌てて雑に掴むと、バランスを崩したのか取る気もなかったのか、ミスラさんは潰れたようにこちらに覆いかぶさってきた。ぐえ、と無様な声が出る。重い、マジで重い。苦しい。すらっとした細身の人だと思っていたけど、それこそオズさんよりも高い長身にはそれなりの体重があった。

「はあ……何してるんですか、あなた」
「うぐ……また魔法舎半壊になんてしたら、双子先生に怒られますよ……」
「このむらっをあなたに向けないでやっているだけ感謝してください」
「え、私下手したら殺される感じだったんですか?」

 なんて短気なんだ。酷すぎる。大体、ほかの人たちだってオズさんが最強だ〜って話をしていたはずだ。私にだけ制裁が加わるなんて不平等だ。いや、ほかの人が同じ目に遭っていいわけではないんだけど。
 ミスラさんが私の頭の両側に手をついて、のろのろと体を浮かせる。潰れた肺が酸素を求めて、深く呼吸をした。ミスラさんの香りが残っていて、なんだか悪いことをしているような気分になる。彼は何も気にしないのだろうけど。

「ケホ……、なんで、私の発言にはそんなに厳しいんですか」
「あなたの発言だから癇に障ったんですよ。あなた、俺がこんなに面倒見てやってるのに、俺以外を一番だなんて言うから」
「ええー……」

 正直、彼に面倒を見てもらった記憶というのはさほどない。確かに彼は魔法も強くて、頼めばきっとなんでもできるような人だ。だけど、こちらの頼みを聞き入れてくれるかはまた別の話。というか、こんなこと1500歳も年上の人に言うのもなんだけど、私のほうがミスラさんの面倒を見ているような気がした。駄々をこねるところを宥めて、原始人食いでベタベタになった手を拭いて、人が寝ているところに眠れなくて暇だと突撃してきやがったところをしゃべり相手になって……。

「あなたの一番は俺でしょう」
「何ですかその独占欲は……」
「あなたにとって、一番強くてかっこよくて頼れる魔法使いは俺でしょう。俺以外要らないですよね」

 ミスラさんは依然私にかぶさったまま、念を押してくる。かと思えば、またぱっと身をひるがえした。緑の瞳には、再び好戦さが混ざり始めている。私は今度こそちゃんと腹筋を使って上体を起こし、彼を引き留めるように手を伸ばした。

「ミスラさん、ちょっと……」
「試しに今からオズをぶっ飛ばしてきてやりますよ。ちゃんと見ていてくださいね」
「待って待って、ミスラさんが一番です、証明するまでもなくしっかり分かってますから」
「嘘くさいな……」
「え〜〜じゃあどうすれば信じてくれるんですか……」
「まず、その面倒くさそうな顔をやめて、俺をちやほや持て囃してください」
「そんな顔してな……ああ、いや、もう……ミスラさんはクールで強くて、いつも堂々としててかっこいいです。尊敬してます」
「もっとください」
「超かっこいい、イケメン、とびきり魅力的、たまに可愛い、よっ色男」
「俺があなたの一番ですか?」
「一番です、ミスラさんが私の一番です」
「なら、行動で示してください」
「こっ……え……?」

 行動? 行動って、何?
 十秒ほど考えて、それからそっと両手を宙に掲げる。控えめに叩き合って拍手を送ると、容赦なく頭を鷲掴みにされた。

「バカにしてます?」
「してませんしてません、これはあなたのかっこよさを称える惜しみない拍手のつもりで……」
「却下です。他。もっと分かりやすく俺が一番だって示してください」
「え〜〜〜……」

 ベッドに座って向かい合うミスラさんは、隈の深いたれ目でじっとこちらを見つめ続けている。一体彼は何を求めているのだろう。なんかもう、何をしても不正解な気がする。
 なかばヤケクソになって、彼の骨ばった大きな手に自分の手を重ね合わせた。もう片方の手で掬い上げるようにして、両手で祈りを込めるように彼の手を握る。少し驚いたように目を丸めたミスラさんを、深く見つめ返した。

「ミスラさんが、一番ですよ」

 口先だけではない、つもりだ。確かに普段はわりと散々な扱いだったり言われようだったりするけど、ミスラさんは私にとって、眩しいくらい強くてかっこよくて、大きな存在だ。たとえ祖母のことがなかったとしても、どこまでも自由に生きる彼の姿は、きっとこの先もずっと、私の記憶に焼き付いている。

「……ふふん、まあ、いいでしょう」

 満足げに笑みを含ませたミスラさんは、ようやく落ち着いてくれたらしい。やわらげた目元から、私への怒気やオズさんへの敵意は消えたように見える。まったく、小さい子みたいな癇癪はこれっきりにしてほしいものだ。手を放そうとしたら、「短い。俺への敬意や羨望はその程度のものですか」とか言い出したから、延長戦が始まった。あと何分やりゃいいんだこれ。