賢者とマナエリア
「晴れた日の木陰は、私にとってのマナエリアみたいなものです」
最近ようやく聞き馴染むようになった言葉だ。魔法使いたちの心が落ち着き、魔力が得られる、大切な場所。旅人さんは木の幹に背を預けて、陽光がキラキラと溢れる枝葉を見上げた。伏せた睫毛の金色が、光を浴びて美しいと思った。
「葉擦れの音に耳を傾けて、差し込む日差しが綺麗で、心が凪いで、頭がすっきりとするような。ここにいると、そんな気持ちになれるんです」
旅人さんは、魔法使いと人間の差異をただの個性の違い程度に受け止めている人だった。両者共に大した変わりはないと感じているようで、それはこの世界ではとても珍しいものらしかった。彼女は魔法使いのことをよく知っていたし、知っているからこそ成り立つ、彼女から魔法使いへの信頼があった。
旅人さんと共にいる時の心地よさは、彼女が何者も拒むことのない、それでいて深く追い過ぎることもない、ゆるやかな容受から来るものに思えた。それは、この木漏れ日に似ている気がした。
「賢者様にも、マナエリアはありますか?」
「私、は……」
私の、心のざわめきを落ち着かせてくれる場所。澄んだ気分を運んでくれる場所。あるいは懐かしみ、愛しむような、得難い場所。目を閉じて思い浮かぶのは、この世界のどこを探しても辿り着けない場所だった。
「この世界には……まだ、ないかもしれません」
「なら、きっとこの世界でも、賢者様の心を撫でてくれるようなマナエリアがそのうち見つかりそうですね」
旅人さんはそう言ってゆるやかに目を細めた。それは、爽やかな風が吹き抜けるような気楽なやさしさだった。私はそれがとても嬉しかったのに、ふいに目元が緩んだから、誤魔化すために私も目を細めて笑った。