ムルと夢の中


※会話のみ

「きみは本当に、おばあさんの石を他人に食わせていいのかい?」
「……ムルさん? なんか雰囲気変わりましたね」
「確かに、故人の意思を尊重するのは素晴らしいことだ。だけど決して、いついかなる時も故人が生者より優先されるべきというわけではないんだよ。おばあさんではなく、きみ自身はどうしたかった? 人間のきみは石食いの文化に少なからず抵抗もあるんじゃないのか? 本当は母なる大地に埋葬してやりたかったのでは?」
「……それは、」
「きみは、おばあさんの願いのために自分の願いを諦めてしまった。切り捨てられたきみの願いは、憐れな亡霊となり今でもきみのすぐそばで彷徨っている。どうして、どうしてと、うわ言のように囁きながら」
「……祖母は、どうせ石は土に還れないし、なら友人に食べてもらったほうがいいかなと言ってました。私も、万が一掘り返される可能性を考えても、そのほうが良いと思った。だからこうしたんです」
「だけど本当は、きみが出会ったこともない相手に石を食わせるなんてしたくなかったんじゃない? きみたち人間にとって石食いは、遺骨食いと同様に扱われやすく、それは往々にして残酷さを感じさせる」
「そういうのは、人それぞれが触れてきた文化によって変わるものですから。私は、そこまでおぞましいものとも思っていません。それに……あの人は待っててくれるらしいので、私はそれだけで充分です」
「それなら、もしその人よりもきみのおばあさんと仲の良かった友人がこの先現れたら、きみはどうする? 決断を早まってしまったことを後悔する? その人に告げたことを撤回してその新たな友人に石を渡す? 少しでもおばあさんの幸福度が上がるために動くのかい?」
「どうでしょう……その時にならないとわかりません。でも私はあの人のことを……部分的に除いて、好きなので、彼で良かったと思いますよ。そもそも、祖母は知人はたくさんいたけど友人はそう多くなかったらしいので」
「博打は好まないのか。だから、最初に出た目で納得するために柔軟に心の形を変えている」
「……まあ、そうなんですかね。あの、ムルさん」
「はい、どうぞ」
「私は私のために、私のできる範疇で祖母の願いを叶えようとしている。祖母が喜ぶ姿を想像したら嬉しいし、大事な人が喜ぶことをしてあげられた自分のほうが好きだから。弔いの本質って、故人よりも遺された者のためだと私は思うんです」
「なるほど、一理あるね。思念の残滓が残ることはあれど、故人に口や意思はない。つまりきみの選んできた選択肢で、きみの心は救われているわけだ」
「これは私の人生であって、誰かに囚われたり、誰かの願いのために生きてるわけじゃない。だって、それでもし私が傷ついたり絶望するようなことがあったら、その誰かのせいにしてしまうから。そうならないように、私は私を生きなきゃならない。……そうしてきたつもりだったけど、もしかしてあまりそう見えなかったから、色々訊いているんですか?」
「おや、きみからの質問は始めてだね。きみはどう思う? きみの言うように、俺の目にはきみの生き方に揺らぎが見えたのだと思う? だとすれば、少なからずきみにはその自覚があるということ?」
「いやぁ……まあ、でも、はっきりさせなくたって良い部分だと私は思います。悲しいから」
「悲しい? それはどうして? おばあさんがもうそばに居ない事実を改めて突きつけられるから? それとも、過去の自分の行動に何らかの後悔や引け目があるから? それに目を向けるのが怖い?」
「だって、正解があるものだけじゃないでしょう。感情だって白黒だけじゃない。無理に暴かなくたっていいものを軽々につつかれると、あなたに粗末に扱われてしまったような気がして、悲しいです」
「おや、興味深いね。きみは大切なおばあさんの話をしていても、俺に意識を向けるのか。それもきみ自身の心を守るため?」
「多分、私の中には私がたくさん考えて出した、私なりの答えがあります。だから、そこに誰かの言葉はなくてもきっと大丈夫なんです。ただ、それだけですよ」
「そうか……きみは強いね。ひとつ、誤解をさせたことを謝ろう。俺は聡明で強かで、いじらしいほど素直なきみが好きだよ。きみを傷つけたいわけでもない。ただ、他者の心を慮ること以上に、俺は俺の欲望を理性じゃ止められないだけなんだ」
「あなたが誰に対してもそうなのはなんか分かるし、別に大して気にしてないですよ。私も、何かあなたが冷たい人みたいに言っちゃってすみません。せっかく心配してくれたのに」
「……心配だって?」
「聞いてくれたじゃないですか、『きみ自身はどうしたかった?』って。多分、私が私にちゃんと聞いたか分からなかったから。私の代わりに、私に聞いてくれてありがとうございます」
「そうか……きみにはそう感じられたのか」
「はい。ただ、あなたが欲しかった答えは多分返せてないですけど……」
「いいよ。分かった。それじゃあきみが旅を続けることで、俺にくれる答えをもし見つけられたら、その時にまた教えてもらいに来るとしよう」
「はい。またいつか、縁が繋がれば」

「──さよなら、人生を旅するきみ。その旅路に幸多からんことを」