「そうなんですか? 拓人様」

 ああ、また、二人で話してる。

 少年サッカーの祭典、ホーリーロード。私がマネージャーとして所属する雷門中が優勝した、その後のことだった。突然、えるどらどだか何だか知らないが『お前たちからサッカーを消去する』とかなんかで、プロコトルオメガ……プコロトル……プトロコ……なんて組織が、私たち雷門サッカー部の前に現れた。
 彼らは強かった。日本を征した雷門を遥かに凌いでいたのだ。それでも、何度もひたむきに、諦めずに挑んでいくうちにこちらもだんだんと成長していき、とうとうその謎の不審者軍団に打ち勝つこととなった。

 しかしその後、今度はプロコト……なんとかの2.0だかなんだかが現れて、休む間もなく勝負を挑まれた。……というより、勝負せざるを得ない状況だったけれど。
 結果は案の定惨敗。思わず笑いたくなるほど、清々しいほどあっさりと、惨めに負けたのだ。その上、その新チームのキャプテンに円堂監督が捕らえられてしまった。
 円堂監督を助けるため、もっと強くならなければいけない。
 私たちは、ある人からの提案によりゴッドエデンという孤島に赴き、「化身アームド」とやらを極めたり、「マスターD」こと円堂監督の祖父、円堂大介が書いた“覇者の聖典”というのを探したりした。まあ結局その書いた本人(なんか石になっちゃったけど)から内容は訊いたのだけれど。

 それで、そこに書いてある“最強の11人”? とかいうものの1人に、なんと織田信長がぴったり当てはまると彼は言った。どうにも非現実的なことばかりに立て続けに襲われていた私たちは、もはや何の疑いもなくそれを承諾。ぼくのかんがえたさいきょうのイレブンを完成させるべく、織田信長の“オーラ”を取って、神童と"ミキシマックス"させようと過去へタイムスリップしたわけである。
 ―――にも関わらず、私は今、自分一人だけ、サッカーも円堂監督も未来も何も関係のないことで、心を悩ませていた。

「拓人様は本当にサッカーというものがお好きなんですね」
「はい。サッカーをしていると、本当に楽しくてたまらなくて」

 くすり、と小さく穏やかな笑みをこぼす神童。それから、そんな彼に微笑み返す女の子……この時代で出会った、お勝さんという豆腐屋の子。
 前から薄々気付いてはいたけど、お勝さんが神童と喋っているところを見て、私ははっきりと自覚した。してしまった。
 私は神童が好きなのだ。
 だけど、それと同時にもう一つ、気付いてしまった。そのお勝さんが、私と同じ気持ちを神童に向けていることに。
 勘なんかじゃない。根拠だってないけど、ある種の確信を持ってそう言えた。彼と会っている時の顔も、声も、仕草も、話す内容も。彼女が感じている想いの全てを、映しているように見えた。

 神童に想いを寄せている女の子は、現代にだってたくさんいた。告白だってしょっちゅうされてるし、茜ちゃんみたいにオープンに彼を好いてる子だっている。
 それなのに私は、どうしても、お勝さんだけは見てられなかった。彼女が神童と話しているところを、見てられなかった。
 お勝さんは優しくて奥ゆかしくて、物腰も穏やかだし、よく気のつく人だ。そして、彼と対等な会話ができた。
 だからだろうか。
 彼女はファンの女の子とは、一方的に想いを寄せている子達とは違った。彼の心の中に入っていけた。気持ちが双方向に向いていた。それが仮に、恋慕ではなかったとしても。

(もう、いやだ。もやもや通り越してイライラする。神童に、他の女の子と話して欲しくない)

 なんなんだろう、これは。すごく苦しい。気持ち悪い。吐き出してしまいたいほど、泣き出してしまいたいほど。苦しくてつらくてたまらなかった。
 思考がまとまらない。お勝さんと神童が出会わなければ、お勝さんがいなければなんて、最悪最低な感情がぐるぐると私を浸食していく。もし神童がお勝さんのこと好きになってしまったら。なんて、考えただけで胸がえぐられるほどの痛みに襲われた。

(わたし、そんなに神童のこと好きだったんだ)

 真面目なところも、優しいところも、少しメンタルが弱いところも、すぐに自分を責めてしまう、責任感の強いところも。
 こんなに苦しく思うくらい、全部全部、好きだったんだ。

(神童ぉ……そんなに楽しそうな顔しないでよ……あ、やば……)

 目頭がかあっと熱くなる。喉が詰まったように苦しい。お腹が痙攣するように引きつって、慌てて袖で目元を拭った。

「みょうじ先輩」

 ふいに、低い声に呼ばれ、導かれるようにゆっくり顔を上げた。

「剣城……」
「こんな所で、何やってるんですか」

 私を見下ろしていた後輩は、こんなにもデリカシーのない奴だったのか。女の子が泣いているのに、けろっと話しかけたりなんて、普通はしない。少なくとも、きっと、神童はそんなことしない。
 私は声を低くして、別に……と可愛げのない返事をした。ほら、こいういうところ。だから私は駄目なんだ。己の卑小さが、本当に嫌になった。

「ここ涼しかったから……ちょっと涼もうと思っただけ」
「……そうですか。それにしては、さっきからあそこの二人を気にしているように見えますが」
「そんなこと、ないし」

 きっと、剣城はすべて察しているのだろう。彼はサッカー部の中でも人一倍、鋭く聡い。もしかしたらそれは、フィフスセクターに与していた頃、周りにたくさん敵がいる時に培われたものなのかもしれない。

「……私はさ、」

 彼に隠し事なんて通用しないのなら、と。この時の私はどうにかしていたのかもしれない。今まで気付かなかったからこそ、秘めていられたこの想いを。誰にも、本人にも伝えず、ただただ彼と彼女の姿を見ているなんて、できそうにもなかったから。うっかり、口が滑ってしまったのだろう。

「お勝さんに、勝てるところなんてないって。そう、考えたら、なんかもう、嫌になっちゃって」
「……そんなことはないですよ」

 ぐ、と唇を噛みしめる。なんだ、なんなんだ。剣城に、おまえに私の何がわかるんだ。
 そんなことを考えてしまって、自分を刺し殺して、ぐちゃぐちゃのドロドロにしてしまいたくて、たまらなかった。この黒い気持ちごと、全部滅茶苦茶にして、無かったことにしてしまいたかった。
 ちゃんと頭ではわかっているのに。口が、とまらない。

「じゃあ、何? 私の一体どこが、お勝さんより上いってるっていうの? 仮に勝てるところがあったとして、神童は……神童は私といる、より、お勝さんといるほ、うが、ずっと楽しっ、そうにしてるんだよ?だったら、結局意味ないじゃん」

 唇が、震える。こんなこと、口にしたくないのに。言葉にして、再確認なんてしたくない、剣城に、自分の後輩に、こんなこと言いたくなんてないのに。
 消えたい。
 消えてなくなってしまいたい。

「……じゃあ、自分は神童先輩に嫌われてるとでも思うんですか」
「そんなっ、こっ……と……」

 ないって、どうしても言い切れない。神童は、私の好きな神童は、きっとこんな女の子好きじゃない。嫌い、かもしれない。だって私ですら、神童に何も言わず、あんなに優しくて素敵なお勝さんに嫌な感情を抱いて、後輩にこんな態度をとるような私なんて、死んでしまえばいいと思うくらい、嫌いだった。

「嫉妬なんてしてる暇があるなら、想いを伝えるなりなんなり、すればいいじゃないですか」
「……っ、剣城には、わかんないよ」

 頭が痛い。苦しい。吐きそうだ。酸素が足りないのに、このまま酸欠で倒れてしまえばとも思って、それでも私は、絞り出すようにそう呟いて、力の入らない足を無理やり立たせて駆け出した。剣城から少しでも逃げたくて、離れたくて。現実と、向き合わせようとしてくれた彼に、これ以上歩み寄ってもらいたくなくて。彼に気を遣ってもらうほど、私は出来た人間ではないのだと。最低の女なのだと、そう、嫌でも感じざるを得ないから。
 剣城の紡ぐ正論が、何度も、何度も何度も何度も、卑しい私を嬲るように殴った。ただただ、必死に逃げた。逃げられるわけないのに、死に物狂いで、林を駆け抜けた。
 最後に網膜に映した、剣城の全てを見通したような金色の瞳が、こびりついて取れなかった。

「……わかりますよ。俺だって、あんたと同じなんだから。
俺だって、あんたのことが――――」

 その呟きが、届くことは無い。


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