からりとした風が吹けば、干した洗濯物がそろって揺れる。白のワイシャツの揺れ方を頃合いと見て、羽月は下駄をつっかけ庭へ出た。
 邪魔にならないように括った赤茶色の長く細い髪が、風になびく。
 空を見上げれば高く遠く広く。先日までの暑さが嘘のように、気が付けば秋天。澄み渡る空にイワシ雲が浮かび、雲間の光が眩しくて思わず目を瞑った。
 大きな洗濯かごを担いでワイシャツに触れれば、しっかり渇いていることが確認でき、羽月は「大丈夫ですね」とつぶやき、物干し竿にかかったハンガーからワイシャツをとっていく。
 山になったワイシャツを大きな洗濯かごに放り込む。また物干し竿に向かい、山にしてかごに入れる。山にしてかごに。洗濯かごがワイシャツで山になってようやく羽月は足を止めた。最後にハンガーを一斉に回収。
「よいしょ」
 口ではいうが、それほど重たそうにはせずに軽々それらを持ち上げて、縁側にかごを置くと、そこで横になっていた沖田がわざわざアイマスクを片手で上げた。
「おい」
 一言、ちらりと目をそちらへ向けしばらく。
「なんでしょう」
 親指上げてくいと庭の方へ向けた沖田に、素直に振り返るといつの間にか落ちてしまった洗濯物が地面に散らばっていた。
「あぁああ!」
「まぬけ」
「う、うるさいですね。ああ、でも」
 拾い上げて軽くたたけば、地面に落ちた箇所も汚れはさほど目立たなくなった。
「ほら綺麗ですよ。お天気がいいおかげですね。地面が渇いておりますから、軽くはたけば泥埃もすぐに」
「呆れた呆れた、俺らは汚れたもんを着せられてお江戸を守ってるっていうわけですかい。それが女中のやることですかねぇ」
「ひどいことをおっしゃいますね。二度手間を防ぐためにたくさんもって時間を削減。馬鹿でもいろいろ考えてるんです。はたけば落ちるのですから、良いではありませんか」
「口ばかり動いて、手はまったく動いてませんぜ。時間削減が聞いて呆れますねェ」
 ああ言えばこう言う。いつもの流れが始まる空気は、季節はまったく関係ない。
 二人の視線が絡み、にらみ合いが始まるが、底抜けに明るい声が二人の間に入り込んだ。
「やっほぉ! いたいた羽月ちゃん、おっみや…げえっ!」
「人の顔見るなり、げぇとはなんでィ。朋子」
「総悟隊長は今日私と同じ時間帯の見回りでしたよねぇえええ!?」
「んなもんもう終わらせたに決まってるでさァ」
「や、時間で決まってるからぁああ! おかしいおかしい!」
「うるせぇですぜ」
「ぎゃぁあ! ちょ…まっまっ! 羽月ちゃんおたすけええ!! ぱきっとナイキのマークになっちゃうよぉおお!!」
 あっという間に背中に回り込まれて廊下にうつぶせにされた朋子は、背中に乗られると顎を沖田に引っ張られて手を廊下にバンバンと喧しく打ち付けた。
「このままマークになって会社の看板に張り付けてもらうってのもいいかもしれねぇなぁ」
「いいわけないでしょぉぉおお」
「時給いくらにしてもらいましょうかぃ」
「言うに事欠いて時給制!?」
「ところで朋子さん、おみやげって何ですか?」
 下駄を脱いだ羽月は、廊下に打ち付けられた朋子の傍に転がった袋を覗き込む。
 よたよたと解放された朋子はずれた眼鏡をかけなおし、ぺたりと座り込んで乱れた髪の毛を耳にかけつつ、受け取った袋から物を取り出した。
「じゃああん。あたしおススメの甘味屋のおまんじゅう。すごく甘くておいしいんだから」
「おい、その店…今日の見回りルートには」
「さあさあその洗濯物を片づけて、一緒に休憩しましょ。秋空高いこの時期は縁側でのお茶が一番おいしいんだから」
 ぱちんとウインクする朋子に、羽月も「いますぐ片づけますね」と意気揚々と立ち上がったが、目の前に鬼の副長の姿を確認すると思わずウインクを器用に決めた朋子の顔を見てしまった。
「へ?」
「おい」
 地を這う声が真後ろから聞こえて、朋子が振り返る間もなく頭をがしりとつかまれ、ぎりぎりと力を込められて「うがががが」と白目をむきそうな勢いで叫び始める。こんなことをする人間は一人しかいない。
「朋子。てめぇ何度言ったらわかんだ。戻ってきたら報告だ」
「う…ぐぐぐ。へ、へい。土方さん、異常ありませんでした」
 痛む頭を解放されるとついにばたりと廊下へ落ちた。
「大丈夫ですか? 朋子さん」
「ノ、ノープログレムよ。羽月ちゃん! さ、その洗濯物を片づけちゃおう」
 山もりのワイシャツの山を指差すと、羽月は大丈夫ですよと首を振った。
「あとで女中皆で一斉にアイロンかけをして、畳むのでとりあえずこのままで大丈夫なんです」
「じゃあ!」
「でも、そろそろお夕食の買い出しの時間なんです。今日の買い出し当番、私なので」
 それからでもいいですか? という言葉に「いいともー!」と勢いよく言おうとした朋子の首根っこひっつかんだのはまたも土方だった。
 今度は首が閉まったことでうめき声をあげた朋子の耳元に、唇を近づけて低い声で小さくいった。
「お前ついていけ、迷子になって夕飯が無くなってもいいのか」
「ハッ」
 そいつは大変だ。
「羽月ちゃん! あたしもついていくよ」
「でも朋子さん見回りの後ですし、ゆっくりお休みになられて下さいな」
「いやいや。今ね、土方さんに業務用マヨネーズの追加をダースで頼まれちゃったからむしろついていかせてください」
 迷子にさせてたまるか。
「一緒に行って、ちゃっちゃと買い物終わらせて、それからおまんじゅう食べようね! 大きくてあんこぎっしりで甘くておいしいんだよ〜!」
「それは楽しみですね。早く頂きたいですし、参りましょうか」
 山になった洗濯かごを持ち上げるだけだというのに、背筋をピンと伸ばし、綺麗な所作で副長である土方に「行って参ります」と声をかけた。
 そのあとを音を立てて朋子もついていく。
 残された縁側に、まんじゅうの入った袋と土方と沖田。


 雲居の空、イワシ飛ぶ空を見て「明日は雨か?」と土方。
「さぁてどうでしょうねェ」
「まんじゅう、くっちまうか」
「薙刀で袈裟斬りにされたいなら止めませんぜ」

 再び愛用のアイマスクをした沖田は、大きなあくびを一つ空へこぼした…。


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