先日、まさかの銀さんと『赤目』が知り合いだったかもしれない疑惑が浮上した。
 あの日は否定することもできないまま帰ってしまったが、あの曖昧な質問の感じ。多分きっと、銀さんは私の存在なんてもう綺麗さっぱり忘れてくれているに違いない。ああ、でもこれで、朱雀さんを探す際に銀さんを頼ることは難しくなってしまった。ような気がする。いや、それについても、私が元の世界に帰るための方法にしても、全部憶測と直感だけども。

 私は、本当に帰れるのだろうか。朱雀を見つけたとして、その瞬間元の世界に戻ってたりするのだろうか。そもそも、どうして朱雀を見つけ出せれば、って、思ったんだろう。でも、まるっきりノーヒントなんだから、私はあの時の不思議な直感に頼る他無いわけだ。ああ、なんだろうか、無性に不安になってきた。泣きそう。嘘嘘泣かない。だって今、買い物中だし。そうじゃなくても私はそこそこ涙腺が強いほうだと思っている。アニメの感動的シーンとかじゃないと泣かないから。あの花とか。

 さて、気を取り直し買い物だ。給料日までまだまだ日にちがある(あ、仕事受かりました)。私はそれまでに、こっちの私の所持金のみでやりくりしなければならない。いや、例えば万事屋ほど金欠ってわけでもないけど、いざ病気にかかったとかそういう時のために、セコくならなければ。
 安い物を厳選しながらカゴの中を満たしていく。喜ばしいのか悲しきことなのか、少しずつこの世界にも慣れてきて、食欲も徐々に戻ってきた。三キロほど減った体重は、近いうちに元に戻ってしまうだろう……え、いや別に落ち込んでないし。

(あとはー……あ、卵卵)

 夕飯は味噌汁に卵焼きに白米あたりの純和食で行こうと卵コーナーへ向かう。そして足を止める。目を見張った。

(おっ……妙さんじゃん…!!)

 卵コーナーにいた先客は、なんとお妙さんだった。ああ、あの新鮮な卵たちが彼女の手によってダークマターへと劇的ビフォーアフターするのかと思うと、ちょっと哀れに思った。卵を。
 平常心平常心と心の中で唱えながら、お妙さんへ、じゃなくて卵コーナーへ近づく。お妙さんは何個入りかで迷っているようだった。

 幾松さん、新八、銀さん、そしてお妙さん。これで、モブではなく名前を与えられたキャラクターに出会ったのは四人目だった。やはり、何度やっても慣れない。慣れるものじゃあ、ないのだ。心臓が異様なくらいに早鐘を打ち、熱が顔に籠る。
 近くで見たお妙さんは、肌はきめ細かいわ髪は艶々だわ目は大きいわで、同性ながら見惚れてしまった。しっかしとても十八歳には見えな……あいや老け顔とかそう言ってるわけじゃなくて大人の色気的な……いろ、い、……いろ…………徐々に視線が胸部へと下がっていく。アカンアカンアカン失礼だぞ私。この視線がバレたら確実に半殺しにされる。我に返った私は、慌てて十個入りの卵を一パックカゴに入れてその場を去った。

 嘘、去れなかった。

 背後に人がいるとは気付かなんだ。思い切りぶつかってしまい、結構大きめに「ブフッ」と声が出てしまった。慌ててすみません、と顔を上げるもそこにいたのはなんてベタなことか厳ついお顔のおっさーん!! FOOO!!

「痛ェじゃねェかお嬢ちゃんよォ…」
「す、すみません」
「謝ってすんだら警察はいらねェよ〜? あーこれ肋骨折れちまってるよ、どう落し前つけてもらおうかァ」

 いやアンタの肋骨どんだけ脆いんだよ。ミロ飲めミロ。美味しいし健康に良いぞ。あ、ミロも買っていこう。ちなみに私はあったかい牛乳で完璧溶かすよりも、ボソボソで粉っぽくていいから冷たいミロのほうが好きだったりする。皆どっち派? って今んなこと言ってる場合じゃねえ!

 さあてどうやってこの場を切り抜けるか。ぶっちゃけこんなおっさんに絡まれたのは、恵まれていたことに生まれてこの方初めてなもので、どう対処すればいいか全然わからない。それでもこうやって平然としていられるのは、多分、きっと。私の後ろにいるお妙さんが、助けてくれる、なんて甘いことを考えているからだ。
 大丈夫。きっと、絶対、大丈夫。彼女が本当に本物の"志村妙"であるのなら、絶対に、私は、大丈夫なはずなのだ。気丈で強くて逞しくて、ちょっと……いやかなり暴力的だけど、なんだかんだ優しいお妙さんが、この状況で動かないはずがない。

「オイテメー、聞いて……!」

 私に向かって伸びてきた腕を、誰かの手が捕らえる。そしてそのままへし折らんばかりの力でメキメキ握った。おっさんが思わず悲鳴を上げるその姿が実に滑稽で、しかし笑いというよりは、人体から鳴り響く不快な音への恐怖がこみ上げてきた。

「女性に手を上げるなんてどういった了見で? ……もっぺん寺子屋から人生やり直してこいやァァァ!!」
「ブゴォォォッ!!」

 おっさんの顔面が見ていて痛々しいくらいに変形する。思わず口を塞いだ。ああ、この世界ではこんな恐ろしい光景が日常的に繰り広げられているのか。ああ、これがリアルジャイアンパンチ。……ちなみに某イラストサイトの事典で見たことあるんだけど、このジャイアンパンチはアフリカゾウ二頭分の破壊力を有するらしい。ジャイアンというかそれでも生きてる被害者が半端じゃない。のび太くんすごくない?
 気絶したおっさんは、正義感の強いお妙さんにズルズルと引きずられる。多分店の外に置いてこようとしているのだろう。しかしその前に彼女に言う事が一つ。
 なるべく彼女の記憶に残らないように、どこにでもいそうな普通の女の子が言いそうな台詞は……、

「あ、あの……! ありがとうございました!」

 まさにこんな感じだと思う。やだ自分ってばこんなに演技派だったのか。
 お妙さんは「あら、いいのよお礼なんて。困った時はお互い様でしょ?」なんて美しい笑みを浮かべる。顔面崩壊しているおっさんさえ引きずっていなければ、百人中百人が惚れていたことだろう。
 ……さて、早くミロ探してレジ行こう。


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