ゆっくりと、落ち着いて。下手を踏まないように、墓穴を掘らないように。ばれないように、ばれないように。

「ここ、万事屋なんですよね。お金さえ払えば、なんでもやって頂けるんですよね」
「……ま、常識の範囲内で、ですけどねェ」

 彼の口調が急に切り替わったのは、私の真剣さを汲み、そして私を客だと判断してくれたからだろう。だったらよかった。ものが何であれ、捜し物の手伝いなんて誰が聞いても常識の範疇だ。
 忙しなく跳ねる心臓に気付かないフリをして、困ったような、少し切羽詰まったような、そんな顔を作って私は紡いだ。

「件の化け物のせいで崩壊した私の家に、どうしても取りにいかなければならない、とても大切なものがあるんです」

 もし、あれが──あの刀が、警察の目に触れたら? きっと大問題になるだろう。どこの家の箪笥か調べるなんて、よくわからないけどきっと警察の手に掛かれば造作もないに違いない。放置しておけるような代物じゃないことくらい、わかり過ぎるほどわかる。
 でも、どうやって見つけ出す? あの化け物のせいで、私の住んでいたアパートは完全に崩壊している。私という軟弱で脆弱な現代人が一人でそこを掘り返して見つけ出そうったって、そうは問屋が卸さないだろう。
 だから、彼の力が必要だった。もちろん元をたどれば、彼の追及から逃れるための、話題の転換であるのだが。

「ちょっと……わけありで、あんまり詳しく教えられないんですけど。誰の目にも触れないようにしたい、とても大事なものなんです……だから、万事屋さんに依頼します。捜し物、手伝って頂けませんか」

 ぽつりぽつりと、次第に勢いづきながらも。必死にそう伝えると、彼はしばし沈黙した。気だるげな、何も考えてなさそうな目をこちらに向けながらも、なにか居心地の悪さを感じさせる彼の"それ"は、本当に恐ろしい。

「ええ、まァ……承りますよ」
「えっ本当!?」
「ただし、その捜し物、教えてもらわにゃ、手伝うも何も」

 思わずタメになるも、次の一言で言葉が詰まった。そりゃそうだ。彼の言う通りだった。それでも、それが何であるのかを彼に伝えるわけにはいかない。考えろ、考えろ。どうにか、捜し物の正体を隠しながらも、彼に手を貸してもらえるような言葉を。

「……いえ、だいたいの場所はわかっているんです。ただ、ほらあの、現場検証? とか、なんか色々あるじゃないですか。多分。それに、きっと探し場所は瓦礫の山になっています。こんな非力な女一人じゃ、そこから見つけ出すのは厳しいんです」
「何、つまりお巡りさんの目を掻い潜りつつ、捜し物っていうよりは瓦礫を俺にどうにかしていってほしいと」
「……はい」

 少し躊躇しながらも、しっかりと頷く。果たして、大丈夫だろうか。こんな、明らかにきな臭い依頼を彼は受けてくれるのか。
 ドッ、ドッ、と体の奥が跳ねる。手に汗が滲んできた。

「……それでも、やっぱり捜し物が何なのかは、教えて貰わないと。こっちだって仕事選ぶ権利くらいある。うっかり法に触れるようなもん捜させられたら、たまったもんじゃないんでねェ」

 もはやぐうの音もでなかった。しかも、当たっている。見事なまでに大当たりだ。私の捜し物は彼の言う通り、まさしく法に触れるそれだった。
 この人は何も考えていないようで、本当に頭が切れる人間だ。私なんかじゃ、出し抜けるとは到底思えない。
 意表を突かなければ。誰も思い付かないような、在り来りじゃない、言い訳を。捻り出せ。考えろ。お前ならできる。考えろ、考えろ考えろ考え────……

「……アレな本です」
「……は?」
「即売会で売りさばくために自作したきわどい本です」

 ダメ押しのように二回告げれば、銀さんはいよいよ口をぽかんと開いて私を凝視した。うわ駄目だ死にたい。澄ました顔を取り繕ってはいるが、もしかしたら無様なほど真っ赤に染まっているかもしれない。というか、染まっていそうだ。辛すぎる。何が悲しくて、よりによってあの口を開けば下ネタばかりの下品な人に変態認定されねばならんのだ。屈辱的すぎて、羞恥で爆発しそうだった。いや、したい。爆散したい。できることなら。今すぐに。
 顔を上げているのが辛くなり、苦し紛れに俯きながらどうにかお茶をすする。しかし、幸か不幸か私の必死さが伝わったらしく、彼はしぶしぶといった風に口を開いた。

「あァもうはいはい、わかりましたよ。依頼、承りましたよっと」

 そう面倒くさそうに言い放った彼は、了承してくれたようだった。……そ、っか。了承してくれたんだ。彼は、本当に、こんな怪しげな女の怪しげな依頼を。いや、もしかしたら、彼は私を知人であるかもしれないと思ってる風だったから、そのよしみでもあるのかもしれないけれど。
 それでも、ああ、本当に、この人は。目の前で困っている人を、どうしたって放っておけないのだろう。拾い上げてやろうとしてしまうのだろう。だから、だから貴方は、誰よりも"主人公"なのだ。







 それから意外すぎるくらいに、事は滞りなく運んだ。
 事故現場の人が捌けたところを見計らって、私たちはそこに乗り込んだ。せめてもの粉塵対策に使い捨てマスクをし、瓦礫の山の前に立つ。そして、二秒で見つけた。

「あった」
「マジでか」

 この悲惨な光景とは不釣り合いなほど、よく澄んだ夜の空気に、ぽんと口から滑り出た声が溶けた。それを受けた銀さんが、するりとなめらかに銀魂語でツッコミを入れる。
 「あれです。あの、箪笥の中に」私が見つけたのは、あの禍々しいお札が貼られた段のある、箪笥だった。まさかこんなに、文字通り秒で見つかるなんて誰が思ったよ。禍福は糾える縄の如し、なんていうが、突然『この世界』に一人で放り出されたこと、化け物に追われ死にかけたことが『禍』だとすると、今隣に立つこの人に助けてもらったこと、お登勢さんに世話を焼いてもらったこと、そして今、すんなりと問題が解決したことが『福』とでもいうのだろうか。……あまり、割に合わない気がしたけれど、下手な期待は捨てた方が良いのだ。見返りを求めていては、理不尽に押しつぶされて身動きが取れなくなってしまうから。

 箪笥は仰向けに倒れるようにして上を向いていたが、その上には屋根の残骸などが積まれていて、やはり私一人では到底どうにかできるものではなかった。銀さんは面倒くさそうに頭を掻くと、腰の木刀を引き抜きぬがらそこに近付いていく。それからその棒切れたった一本──とは言え、彼はその洞爺湖印の木刀で、何度も何度も大事な人たち、大事でもない人たち、何の関係もない人たちを、助けていくことになるわけだが──で、一つずつ大きな瓦礫をどかしていってくれた。その、月明かりに照らされた姿に、思わず息が止まる。彼は今、何を考えながら手を動かしているのだろうか。私にはわからなかったけれど、誰かのために何かをしているその姿は、私の目にはほんとうに美しく見えたのだ。
 しばらくして、彼はベルトに木刀を戻しながらこちらへ戻ってきた。少し疲れたように肩を回す彼を見て、深々と頭を下げる。

「あの……万事屋さん。ありがとうございました。本当に……ありがとう、ございました」
「ま、依頼ですからねェ」
「もう、大丈夫です。ここからは私一人でも問題ないので、もう帰って頂いて結構です。先程前払いしましたが、足りなければ後日必ず持っていきますので、こんなに夜も更けてますし、どうぞお帰りになってください」

 一応、後日またしっかりとお登勢さんにも、お礼を言うつもりだった。それから、今着ている着物もお返しする予定だ。つまりもう、問題はない。ほぼ解決したも同然だ。あとは彼が、何も聞かずに帰ってくれるのを待つだけだった。
 しかし私がどれだけ暗に「帰ってくれ」と頼んでも、彼はそう簡単にそれを聞き入れてはくれなかった。

「俺にすら見られたくねぇもんなの?」

 やっぱり彼は、私ごときの嘘なんて簡単に見破ってしまうのだろう。捜し物の正体を、静かに窺う。その声色は、私を咎めているわけではないらしかった。喜怒哀楽を読み取れない、不思議な声だった。機械越しに聞いたこの声を、昔は心から好きだったが、何も隔てることなく耳に届くと、これほどまでに恐ろしく感じるとは思いもしなかった。
 目の前の人の感情が、まったく分からないのが怖かった。今は静かでも、これからどんでん返しのように叱責されるかもしれないことが怖かった。あるいは、見放されたようにため息を吐かれるかもしれないことが怖かった。きっと、彼がこの後どんな反応を見せても、私のこの恐怖が拭い去られることはないのだと思う。
 私は迷いながらも、しっかりと意思を示すように「はい」と頷いて見せた。

「お前これからどうすんの? ここ家だったんだろ? 今日寝るとこあんの?」

 ──そんな反応は、予想もしてなかった。喉からまた何かがせり上がりそうになる。
 ああ、優しいな。これは彼の、優しさだったのか。私を心配してくれてるのだとわかった時には、人目も気にせずしゃがみ込んで、地べたに手をついていよいよ泣き叫びたくなった。依頼はこなしたはずなのに、どうしてまだ、私なんかを気にかけてくれるんだろう。やっぱり、知り合いだと思ってるから? 違う、違うの。私は貴方の知り合いなんかじゃない。そんな優しさを掛けてもらえる権利なんて持ってないんだよ。そうやって優しさを掛けられれば掛けられるほど、私は悲しくて苦しくて涙が滲み出そうだった。吐き出しそうだった。いっそ死ねたら良かった。返せるものが何もないのに、一方的に与えられるのは言いようがないほどつらかった。

「……大丈夫です。当てはありますので」

 嘘だった。当てなんてあるわけがない。それでも私は、彼が私に与えようとしてくれる優しさを突っぱねる。冷たい声色で、目も合わせず、笑顔も無しに。これじゃあ嫌われて、失望されて、二度と関わりたくないと思われてもきっと仕方がない。
 大好きな人からそう思われるのは心臓を削り取られるくらいつらいのだろうけど、誰に対しても、優しさの欠片を分け与えてくれる彼の世界に、私という存在が少しでも割り入ることの方がずっとつらかった。私は、彼に、この世界の彼らに、釣り合う人間なんかじゃない。
 いつの間にか下がっていた視線は、いつまでたっても上げる勇気が出なかった。しかし視界に映る彼の黒いブーツが、ようやく動き出すのが見え、詰まっていた息をこっそりと吐き出す。どうやら、やっと帰ってくれる気になったらしい。
 ゆっくり顔を上げれば、彼は私に背中を見せたまま、外したマスクを引っ掻けた手を軽く振って「じゃ、気ィつけて帰れよ」と告げた。私もマスクの中で熱と湿気が籠りっぱなしだったことに気がつき、それを外した。外しながら、彼の背中が小さくなり、とうとう見えなくなるまで、私はずっと見つめ続けた。
 彼がいなくなった途端に、膝から力が抜けて、そのまま強く膝を地面に打ち付けてしまう。体の奥にまで突き抜けるような痛み。ああ、血は出てないだろうけど痣にはなってしまったかもしれない。いや、それより借り物の着物が汚れてしまったかも。どこか遠くでそう思った。

「……っ……、うあっ……」

 漏れかけた嗚咽を、必死に呑み込む。ようやく、繋がりかけた誰かとの縁を断ち切ったのは、私だ。泣くなんてお門違いだ。ああ、ああ、なんて愚かなんだろう。
 あの人は気分を害してしまっただろうか。何も持っていない、与えられない私なんかによって、強く必死に生きている彼のやさしい心が、ほんのわずかにでも嫌な思いをしてしまっていたらと思うと、あまりの申し訳なさにやっぱり吐き出してしまいそうだった。消えたくなった。自惚れかもしれないけれど。自惚れだったら、彼が微塵にも気にしてなんかいなかったら、凄く凄く嬉しいけれど。それを確かめる術は私にはない。
 目尻に浮いた場違いな雫を拭って、ゆっくり立ち上がる。筋肉痛は疲労も混ざっていたようで、一番酷い時よりはもう多少マシになってはいたが、やっぱりまだまだ痛くてしんどかった。おぼつかない足取りで、あの人が救出してくれた箪笥によろよろと向かう。残った理性で綺麗な洋服を何着かひっつかみ、同じ段に雑に畳まれていた風呂敷に包むと、最後に最下段の刀をくるんだバスタオルごと取り出して、私は逃げるようにその場を離れた。


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